ホーム2021.12.24

幻の味になった南インドの定食「ミールス」を追いかけて──メルカリ食堂 玉置標本

心に残る料理やレシピ、キッチンアイテムを紹介いただく「メルカリ食堂」。
第6回はフリーライターの玉置標本さん。これまでメルカリマガジンで家庭用製麺機家庭菜園など、趣味にまつわる記事を執筆していただきましたが、今回は南インドの定食「ミールス」について。レシピを覚えるきっかけになった出会いや、人とのつながり、そしてメルカリで買った食材、レシピをご紹介いただきます。
(執筆・写真/玉置標本、編集/メルカリマガジン編集部)

南インドの定食「ミールス」との出会い

思い出と呼ぶにはまだ新しすぎる、食にまつわる話を書かせていただく。

同人誌作りが趣味で、これまでに生き物を捕まえて食べる体験をまとめた本や、昭和の時代に使われていた家庭用製麺機に関する本を年に1~2冊のペースで頒布してきたが、今年の11月に完成した最新作は南インドの定食である「ミールス」のレシピ本だ。

いきなりの南インドである。以前から南インド料理が大好きだったかというとそんなことは一切なく、次はミールスの本を作るぞと決めた今年春の段階で、食べた経験が人生で一回だけ。作ったことなど当然ない。にわかもいいところだった。

同人誌『作ろう!南インドの定食ミールス』

私が初めてミールスを食べた経験は2017年まで遡る。ある友人から「ダジャレ好きのおもしろいおじさんがいるから会ってみない?」と紹介されたのがきっかけだ。その人は沼尻さんという口髭を生やした方で、情報通りにおやじギャグを連発する愉快なおじさんだった。

それからしばらくして、実はその人が「ケララの風II」という南インド料理店をやっていると聞き、まったくイメージのできない南インド料理とやらを取材させていただくことになり、そこで出されたのがミールスだったのだ。

ダジャレ好きのおじさんと紹介された沼尻さん

衝撃的だったミールスの味

ミールスというのは単一の料理を指す名前ではなく、南インドの食堂でよく食べられている庶民的な食べ放題ランチ。パラパラに炊かれたインディカ米を中心に、野菜と豆で作られたおかずがいくつも並べられた食事を指すそうだ。簡単に言えば日替わり定食である。
本場インドのミールスは、肉や魚を使わないベジ料理で食べ放題が標準ということで、ケララの風IIのミールスもそのスタイルを踏襲していた。

おかずの味付けはスパイスとココナッツと塩がベースで、ライスとよく混ぜて食べると、どれもシンプルであっさりした味付けだけど物足りなさがまったくない。さらにおかず同士が混ざり合うことで、更なる広がりが待っている。これは知らない食べ物だ。
知らない味過ぎて一口目ではピンとこないおかずもあったが、二度、三度とおかわりをすることで、この料理への理解度が深まっていき、さらにおいしく感じられていくのがまた楽しかった。

人生で初めて食べたミールス

これまで本格的インド料理といえば、マトンやチキンのカレーをナンで食べるものだと思っていて、もっといえば野菜だけのおかずではご飯が進まないと思っていたので、このミールスとの出会いは衝撃的だった。また沼尻さんの存在にも強く惹かれるものがあり、メニューに載っていない南インド料理を作ってもらう食事会、多摩川の土手で摘んだ野草を食べる会、さらにはオリジナルのカレーラーメンを作る会など、頻繁に遊んでいただく仲となった。

食べられる野草を摘む沼尻さん

あのミールスがもう二度と食べられなくなってしまった

ケララの風IIには営業時間外に行くことが多すぎて、2度目のミールスを食べる機会を先延ばしにしていた。食べようと思えばいつでも食べられるのだからと。だが沼尻さんは2018年11月19日に突然店を閉めて、翌年から店名を「ケララの風モーニング」と変えて、ティファンと呼ばれる南インドの軽食(豆のドーナツや米粉の蒸しパンなど)の店に切り替えたのだ。

「ケララの風モーニング」のティファン。これはこれでおいしいのだが……

大人気だったミールスをやめることにした理由は、100人前以上の食べ放題料理を作るのが体力的に厳しくなってきたことと、行列ができて近隣に迷惑をかけてしまうから。そして何の予告もなく店を閉めたのは、駆け込み需要で殺到されても困るからとのこと。
確かにミールスの終了を事前に知らせたら、私のように「いつかまた食べにこよう」と思っていた人が集中して大行列となっていただろう。

こうしてケララの風IIのミールスは、二度と食べられない幻の味となってしまった。もう食べられないとなると余計に食べたくなるが、それはこちらの勝手な都合である。いくらでも機会はあったのに来なかった私が全部悪い。「作り方を見たければ仕込みの時間に来てください」とまで言ってもらっていたのに。

ミールスを習えばまた食べられるだろうか

店名は変わっても、変わらず沼尻さんとはよく遊んでいた。春の七草を摘んで七草インド料理にしてもらったり、私が畑で育てた蒟蒻芋でコンニャクを一緒に作ったり、100年前のラーメンを再現したり。
こういったイレギュラーな料理もおいしいが、やっぱり沼尻さんのミールスをもう一度食べたい。さてどうすれば食べられるだろう。別にドラゴンボールを7つ集めなくても、シンプルに「作ってください!」とお願いすればいいだけの話なのだが、それはなんだか申し訳ない。沼尻さんにとってミールス作りは様々な想いを込めて終了させた生業なのだ。

インドのスウィーツであるファルーダを食べる沼尻さん

沼尻さんにミールスを作っていただくためには大義名分が必要だ。ならば「食べるために作ってもらう」のではなく、「レシピを同人誌として残すために作ってもらう」というのはどうだろう。ケララの風II時代に作り方を見せてもらわなかった後悔もあるし、いつでも食べたくなったら自分で再現できるようになるかもしれない。

だがミールスはカレーやビリヤニのような一皿で完結する料理ではなく、料理の集合体である。1日や2日で簡単に教われるようなものではない。そこで沼尻さんに毎週同じ時間にミールス教室を開催していただき、ミールスに興味のありそうな友人を誘って共に学び、そこで習ったレシピを同人誌にまとめさせてくださいという提案をした。インド旅行に行く計画が諸々の事情で中止になって、その悔しさをどこかにぶつけたいという想いもあった。

料理人にとってレシピの公開はとてもセンシティブな部分なので、このお願いをすることはとても緊張したが、沼尻さんは即答で快諾してくれた。これは後で知ったことだが、沼尻さんとしても自分が培ってきたミールスのレシピを、何らかの形で残しておきたいという想いがあったそうだ。

南インド料理虎の穴『ケララの風』ミールス教室がスタート

こうして今年の3月から6月まで、緊急事態宣言による中断を挟みつつ、全8回に渡って「南インド料理虎の穴『ケララの風』ミールス教室」と名付けられた会が開催された。我々生徒が手を動かすのではなく、沼尻さんが「短時間で、楽をして、ソコソコの味で作る」をテーマにアレンジした家庭用ミールスを、1回につき3~4品作るのを見学して学ぶスタイルだ。

沼尻さんは「ノープロブレムクッキング」を提唱しており、細かいことは気にしない主義なので、基本的にすべてが目分量。同じ料理でも気分次第で味付けや作り方が違ったりするので、1回見たくらいで覚えるのは絶対無理。それに習っている私が南インド料理の素人なので、料理名も材料の名前もわかっていないし。そこで記録用に購入したGoProをおでこにつけて動画を撮りつつ(ものすごく役に立った)、首からぶら下げたデジカメで写真を撮影した。

大人になってから、全く知らない分野の勉強をするという経験は本当に貴重なことだ

調理実演の後にはもちろん試食タイムが待っている。事前に用意いただいた料理と合わせて完成させたミールスを、調理人の解説付きでたっぷりいただけるという最高に贅沢な時間。一緒に習った生徒の何割かは完全にこっちが目的のようだ。

久しぶりに食べた沼尻さんのミールスはやっぱりおいしく、このレシピを無形文化財としてしっかり記録せねばという使命感、そして私にまとめられるのだろうかという不安感が、一口食べるごとに強くなっていった。

肉や魚を使っていないのに満足感がすごい。いくら食べてもまったく胃がもたれない

習ったレシピをどうにかして書き起こす

沼尻さんから一通りの料理を習い終えたら、今度は撮影した動画を何度も見直して、レシピ(文章)としてまとめていく。すべてがノープロブレムで進んでいく調理なので、この作業がまあ大変だった。例えるなら音楽の素人が、アドリブ満載の演奏を観て、そこから採譜するような話である。

ノープロブレムクッキングにはプロブレムが山積みだった。材料の切り方、火加減、スパイスを入れるタイミングなど、すべての意味を理解しないと正しいレシピを書き起こせない。とにかく全部の発言、行動、おおよその分量を書き起こし、沼尻さんが無意識でやっている作業を文字化、数値化していく。

「塩を入れるときは背中を反ると(ソルト)おいしくなる!」など、本にはこうしたダジャレもふんだんに盛り込んだ

素人ながらどうにかレシピの形になっていったのは、本業であるライターのインタビュー記事制作で学んだ「本人が言ったことをそのまま文字にするのではなく、本人が言いたいであろうことをより分かりやすく伝える」というスキルが役に立った気がする。

そして役に立ったといえばメルカリの存在である。沼尻さんのミールスを再現するにはカレーリーフというフレッシュハーブが必要不可欠。乾燥したスパイスや豆ならいくらでも手に入る時代だが、生ものであるカレーリーフは新大久保や御徒町、あるいは沼尻さんの店までいかないと手に入らず、売り切れていることも多い。もしかすると、とメルカリで検索したところ、手軽な値段(送料込みで600~1,000円程度)でいくつか販売されていたのだ。

おそらくカレーリーフの木を持っている人が、使い切れない分を出品してくれているのだろう。料理に使わなければただの枝葉だが、欲しい人にとっては貴重なお宝ハーブ。これぞウィンウィンの関係、両者を結んでくれてありがとう。

ちなみに国内の主なカレーリーフ生産地は沖縄だが、沖縄からカレーリーフを出荷するには植物防疫官の検査を受ける必要がある。そのため、メルカリでは沖縄以外から出品されてるものしか見つけられなかった。

今年だけで7回もカレーリーフを買っている

※メルカリへハーブを出品するときの注意点
・ハーブに乾燥などの加工を加えると手作り食品になるため、 許認可証や食品表示6項目の画像掲載が必要です。
・「有機/オーガニック」を出品時に記載する場合はJASマーク掲載が必要です。

いろんな出品者から購入したが、毎回摘みたての新鮮なものが届いた

旅先でミールスを作るために、匿名配送で現地の友人宅に送ったことも

実際に作ってレシピを仕上げていく

とりあえずのレシピができたら、実際に作って手順や分量を確認していく。食材やスパイスの量は「適量」、加熱時間は「火が通るまで」と習った通りに書きたいところだが、沼尻さんの味を知らない人にとっては不親切すぎるので、すべてにちゃんと数字を入れた。ただし最後の塩加減は各自の舌に任せるものとして。

何度も試作を繰り返し、沼尻さんの味が再現できるレシピを一品ずつ作り上げていく作業は、難しくも達成感に満ちていた。塩は小さじ1/3か1/4か、加熱は3分か4分かを延々と迷うのが楽しい。それなりに慣れてきた終盤になると、いわゆるゾーンに入った状態となり、レシピを書いた時点で味が想像できるようになってくる。すると初期に作ったレシピが気に入らなくなってまた修正と試作を繰り返す。

ミールスを食べ飽きてラーメンと融合させたりもした

こうして試作と試食を繰り返してよくわかったのは、ミールスは少量のおかずをたくさん並べてこそおいしい食事であるということだ。もちろん単品でもおいしいおかずばかりだが、あくまでチームプレイが本領の味。カレーのようにソロでライスと戦える力強さはない。要するに家庭向けには不向きすぎる料理なのだ。本場である南インドでも家庭ではまず作らないらしい。

そんなことは最初からわかってやっているのだが、たまには途方に暮れることもあった。掲載するレシピはドリンクを含めて全18品。さらに同じレシピで野菜を変えたバージョンも作るので、トータル100回以上は作っただろうか。

恐怖の卒業試験と最終チェック

試作開始から3か月、どうにかすべてのレシピを完成させたところで沼尻さんに試食をしていただいた。ミールス教室の卒業試験である。

このプロジェクトの目的は私が作れるようになることではなく、書き起こしたレシピさえあれば誰でもあの味を再現できるようにすること。そこで私が自分で作るのではなく、一緒に習ったクラスメイトにレシピ通りのミールスを作っていただいた。そして無事に沼尻さん夫婦から、栄えある合格を勝ち取ったのだ。

試験を前に緊張する生徒代表の3人

生徒だけで作った卒業試験のミールス

そして後日、レシピの総仕上げとして広い調理室を借りてミールス教室のクラスメイトと全メニューを一気に作り、説明がわかりにくい部分、迷っていた分量などを調節して、寄稿いただいた漫画やエッセイと合わせてデザイナーにお渡しした。

私の同人誌はデザインを友人に毎回丸投げしており、こっちが張り切るとあっちが大変になるという普遍の法則がある。ミールスという未知のジャンルが楽しすぎて原稿量が今までに比べて倍増したため、「これは同人誌のボリュームではないです!」という悲鳴がデザイナー側から上がったものの、今回も最高の本を作成いただいた。ありがたや、ありがたや。

本の裏側はコミック雑誌になっていて、オカヤイヅミさん、おぐらなおみさん、ラズウェル細木さん、スケラッコさんなどに漫画を寄稿いただいた

1人3品程度を作ってもらい、全レシピの最終チェック。人に作ってもらうことで気が付く点も多かった

ちゃんと全部おいしかったが、おかずの数が多すぎると味がよくわからなくなるという気づきもあった

ミールス教室の卒業発表会をやろう

こうして『作ろう!南インドの定食ミールス』という同人誌は完成し、プロジェクトは無事に完了したのだが、思い返すとミールス教室は大人の習い事だった。英語で言えばカルチャースクール。そうなると卒業発表会がしたくなる。ほら、ダンススクールでもピアノレッスンでも最後に必ずあるだろう。

『作ろう!南インドの定食ミールス』は沼尻さんのファンブック。同人誌の主題が「家庭用製麺機」から「沼尻さん」に変わったといってもいいだろう

そこで本が完成してすぐ、沼尻さんと生徒が友人を招いての「素人ミールス発表会」を開催した。我らの学び舎である「ケララの風モーニング」をお借りして、生徒が2日に分かれてミールスを作り、招待したご来賓の皆様に食べていただいたのだ。

やはり料理は誰かに食べてもらってこそ、そしてレシピは作ってもらってこそ。この日は私を含めた生徒全員が、満足感に溢れた良い顔をしていたと思う。

盛り付けを手伝ってもらったりしたけどね

最後に全員で「ソルト」のポーズ

そして現在、他店の味を私の舌が覚えないようにと封印していたミールスの食べ歩きを、ゆっくりと進めている。沼尻さんに影響を受けてオープンした店、インドから来日したシェフが腕を振るう店、どれも違う味ですごくおいしい。

1年前までは料理の名前もスパイスの特徴もよくわからなかったが、沼尻さんが作るミールスを徹底的に理解したことで、自分の中に確固たる味の基準が確立され、どこで食べても高い解像度で味わうことができるようになった。これはうれしい副産物だ。ただ副作用として、ミールスの淡い味付けに舌が慣れすぎて、ラーメンの味付けがわからなくなるという問題も起きているが。

今でも強く思うが、ミールスは家庭で気軽に作るタイプの料理ではない。材料をそろえるだけで一苦労だ。だからミールスのレシピ本なんて普通に考えれば必要ないのだが、「趣味の料理同人誌における最高傑作ができたぞ!」という確かな手ごたえを感じている。ミールスを実際に作ってみればわかるのだが、日常生活から明らかに遠い料理だからこそ、学ぶ楽しみ、苦しむ喜びに満ち溢れている。外国人が作った幕の内弁当のレシピ本みたいなかっこよさがあるのだ。

「店で食べたほうが安いし早い」は最大級の誉め言葉。
無駄で無謀で無茶なことこそが、趣味の料理における最大の醍醐味だ。
本が売れるかどうかは知らいないけど。



数あるミールスのおかずから、簡単に作れて、わかりやすくおいしい料理のレシピを2品紹介する。
■キャベツのトーレン(ココナッツ炒め)

【材料】(フライパン1個分)


キャベツ 500 g
塩 大さじ1


油 大さじ2
マスタードシード 小さじ1
唐辛子 5本
チャナダル(あれば) 小さじ1
ウラッドダル(あれば) 小さじ1
カシューナッツ 大さじ2
カレーリーフ(あれば) 10枚 
タマネギ 50 g
ターメリックパウダー 小さじ1/2
コリアンダーパウダー 小さじ1

計量してカトリ(インド料理などでおなじみの食器)に入れておくと調理が断然楽になる


ココナッツシュレッド 1/2カップ
水 100cc
【作り方】

1.Aのキャベツを1センチ幅に切って、塩で揉んで30分置く
2.フライパンでBを上から順番に炒める
3.2に1とCを入れて混ぜ合わせ、フタをして弱火で3分ほど蒸し焼きにする。
完成!
■ジャガイモのイステゥ(ココナッツ風味のシチュー)

【材料】(小鍋1杯分)

A
ジャガイモ 300 g
ココナッツミルク 50 g
水 300cc

B
タマネギ 100 g
ショウガ 30 g


ココナッツミルク 50 g
塩 小さじ1
カレーリーフ(あれば) 20枚

【作り方】
1.Aのジャガイモを1.5cm角に切って、ココナッツミルクと水で沸騰してから4分煮る
2.Bのタマネギを薄切り、ショウガを細切りにして、1に加えてさらに3分煮る
3.Cのココナッツミルクと塩、そして手で揉んだカレーリーフを加えて、一煮立ちさせる
完成!
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WRITTEN BY

玉置標本

(たまおき・ひょうほん)アウトドアや料理系の記事が多いフリーライター。好きなものは食材採取全般と家庭用製麺機。

好きなものと生きていく

メルカリマガジンは、「好きなものと生きていく」をテーマにしたライフスタイルマガジンです。いろいろな方の愛用品や好きなものを通して、人生の楽しみ方や生き方の多様性を紹介できればと思います。