趣味2020.09.25

氣志團・綾小路 翔が掴んだ、新しい音楽への決意「意地でも虹かけたろ!」

新型コロナウイルスのパンデミックによって変化を迫られつつある音楽業界。「集まる」ことが制限され、ライブエンタテインメントは大きな打撃を受けています。

そんな中でも、新たなエンタメの形を生み出すべく奮闘しているのが、氣志團の綾小路 翔さんです。緊急事態宣言下の5月6日には、アーティストが自宅からパフォーマンスを届けたフジテレビの“家フェス”番組「STAY HOME, STAY STRONG〜音楽で日本を元気に!〜」の実行委員長をつとめるなど、これまでにない状況で数々の挑戦を繰り広げてきました。

また、「奇跡しか起きない」と自負するメンツが揃うロックフェス「氣志團万博」は、これまでバンドの地元・木更津の袖ケ浦海浜公園で主催してきましたが、コロナ禍を受けて今年は9月26日に「氣志團万博2020 ~家でYEAH!!~」としてオンラインでの開催が決定。

果たして、この先に音楽は、エンタメはどこに向かうのか――。

岐路に立つ音楽やミュージックカルチャーの行く末をさぐるメルカリマガジンの新連載「新しい音楽」。その第1回として、綾小路 翔さんに、紆余曲折を経て実現に至ったという今年の「氣志團万博」開催までの裏側から、来年にむけての決意まで、その目に見える未来をたっぷりと語っていただきました。(取材・執筆/柴那典、撮影/Genki Ito [symphonic]、編集/坪井遥、メルカリマガジン編集部)

今年の夏は何もできないかもしれない

――今回、氣志團万博を初めてオンラインで開催されるわけですが、そこに至るまでにどんな思いがあったかをお伺いできればと思います。まず、最初のきっかけはどういうところにありましたか?

綾小路 翔さん(以下、綾小路):今年2月の頃ですね。僕らが最後に観客のいるところで演奏したのが2月1日で、その後にもいくつかのイベント出演や、対バンなどが控えていたんですが、未曾有の事態が巻き起こって軒並み中止になってしまった。

その頃はまだ「夏には終息してほしい」みたいな希望的観測も世の中にはあったと思うんですけれど、自分はどちらかというと「とにかく最悪の状況を想像しながら考えよう」というタイプで。かなり早い段階で自分の中では「今年の夏は何もできないかもしれない」ということを考えてました。

結局、5月から6月は対バンの全国ツアー、7月から9月は氣志團単体での全国ツアーを予定していたんですけれども、これもほぼ発表できないまま、全て延期という形になってしまった。いろんなものが急に中止になっていく中で「氣志團万博、どうなるんだろう?」という話がメンバーの中から出てきた時に「全く違う考えで準備しておかないと、何も対応できない可能性があるね」という話をしました。

――かなり早い段階だったんですね。

綾小路:早かったと思います。3月の終わりには「これはもう切り替えた方が早いんじゃないかな」と思って、話を進めていて。ただ、具体的になるにはもう少しかかったんです。

4月にリモート会議で会社の方々に集まってもらって、運営スタッフの皆さんに僕がやりたい内容を話したら、意外と感触が良くない。みんな、あんまりノッてこないんです。「新しいことをやろう」「これはむしろチャンスなんだ」と、明るいノリで意気揚々と夢みたいなことを語ったんですけど、実際にはいろんな懸念事項があったみたいで。

なんだよ、こんな時にクリエイティブが動かないでどうするんだ!

――その段階ではどんなアイデアを考えていたんですか?

綾小路:単純にお客さんは入れられないだろうなと思って、いつもやってる会場(千葉県袖ケ浦市袖ケ浦海浜公園)で、無観客にはするけど、そのまんまやろうと思ってました。わけわかんないこともいっぱい言ってましたよ。「芝生をグリーンバック代わりにして、そこにお客さん映し出すのはどうだ」とかね。

とにかく、青空と潮風の感じを思い出してもらいたいし、出演者の皆様にはだだっ広いところで不安なく歌ってもらったほうがいいんじゃないか、と。そういう話をしたら、皆さんが「これはちょっと予算が厳しいんじゃないか」と。

――予算のハードルがまずあった。

綾小路:「僕は有料でやるつもりだから」と言ったら、「まだオンラインっていうものが根付いていないので、集客が読めない」と。チケットの値段も当時はどうつけていいのかが誰にもまだわからない。そういう中で今までと同じ規模、同じ環境というのはちょっと怖いという声も出てきて。

僕なんかは「なんだよ、こんな時にクリエイティブが動かないでどうするんだ!」と思っていたんですけど、とにかく話が進まない。本来だったら4月の時点でアーティストの発表があったんですけれど、出演の話をしていた方々にもあの時点でいろいろな考えもありましたし、一回、白紙とまでは言わないですけど、仕切り直しましょうみたいな感じでした。

――それがまさに、ステイホームと言われていた4月のことだった。

綾小路:そうですね。ただ、その時に、ちょっとだけ状況が変わったのが、その4月のタイミングでフジテレビから「ちょっと翔さん、一回会えないか」と言われたんです。5月6日に放送した「家フェス『STAY HOME, STAY STRONG〜音楽で日本を元気に〜』」の企画が来たんですね。

これは素晴らしい企画だし、何より面白いと思って「是非やらせてほしい」とすぐにお返事して。そこでいろいろ話し合う中で「むしろMCだけじゃなく、実行委員長のようなことをさせてほしい」と言ったんです。「テレビ的にどうかわからないんですけど、もうちょっと背負わせてほしい」と。僕はテレビの人じゃないから決してMCが上手いわけでもないですし。でも自分にしか出来ないことがあると感じて。で、制作にも関わらせてもらったんです。
――あの時期にはライブだけでなく音楽番組の収録も途絶えていましたので、「家フェス」はとても稀有な例だったと思います。

綾小路:
そうですよね。僕自身も、あの時期に最も元気をもらえたのがあの番組でした。

あの番組のおかげで、テレビ局の方だったり、他の事務所さんやレコード会社の皆さんからも「君は面白いことをやるね」みたいに声をかけてもらえるようになりましたし、周囲のスタッフや、バンドをやってる仲間たちも「やっぱり音楽でできることあるじゃん」っていう風に思ってくれるようになって。少し風向きが変わったところもあって、そこからもう一度真剣に氣志團万博の話を始めたんです。

今こそ俺たちみたいな人間の出番

――どういう風に話が進んでいったんでしょうか?

綾小路:僕は屋外でやりたかったんですけれど、まず袖ケ浦海浜公園は、行政から「今はまだ返事が出せない」と。この状況の中で、いくらお客さんを入れないとしても誰かが来ることもあるだろうし、そもそも我々は東京から行くわけで。あの時期でしたから、ちょっと判断できないということになって。土壇場でダメになったらどうにもならないので、どこか別の場所を探そうということになったんですね。

そこでまたいろんな方々にご協力いただいて。小林武史さんが木更津で農場をやられていて、「ここだったら音もよそにいかないし、誰にも接触せずに来れるし、何をやってもいいよ」と言っていただいたり、フジテレビさんにもいろいろな場所を紹介していただいたり、本当にたくさんの人たちの助けがあったんです。でも、結果的にはライブハウスでやろうということになった。
予算のこともあったんですけれど、それ以上に、いろいろ長引いていくうちに「あれ? ライブハウス、大丈夫か?」って思ったんです。今年を乗り切ったからといって、来年に元通りになるという保証はどこにもないわけだし、ライブハウスがどんどん閉店していってしまう話も出てきて。安全安心の世界になった時に、僕たちが戻る場所がなかったらどうすんだろう? って話になった。

当初は全く頭になかったんですけれど、「やっぱりライブハウスでやろう」っていうことになったんです。

――本当に、紆余曲折あったという感じですね。

綾小路:そうですね。でも、そもそも出ていただける方たちが取り合わせも含めて面白いというのが氣志團万博の醍醐味みたいなところもあるので。予算繰りをやり直して、今度はどれだけの音でやれるのか、どのプラットフォームが一番いいのかとか、そういうところに立ち戻ってやり始めた感じです。

――やること自体は決めていたけれど、それをどういう形でやるかということにすごく葛藤があった。

綾小路:正直、実はちょっと途中で心折れかけた時もありました。自分はみんなに楽しい音楽を届けたいと思っているだけなのに、こんなにいろんなハードルが立ちふさがるのかと思って。寝っ転がって「これもできない! あれもできない!」って癇癪起こしそうになるようなときもありました。

本当にいろんなことを考えましたね。他のフェスが開催中止を決断している姿を見て心細くなったり、戦々恐々とした事態は長いこと続いてはいたんですけど、でも、「ここまで綾小路が折れるなら協力する」と言ってくださった方もいて、最終的にはやれることになった。

どこかで腹をくくれたのは、うちの事務所で配信イベントの「ズームイン!!SMA!」をやったりする中で「やっぱり、音楽っていいよな」と思えたことが大きくて。最初の頃は「俺たちが今何もやるべきことはない」って思ったりもしたんですけど、「いや、やっぱり今こそ俺たちみたいな人間の出番なんじゃないか」っていうところに立ち返ることができたという。
――オンラインライブを有料でやるということにも意味がありますよね。

綾小路:僕らは音楽をピュアに信じて、愛してここまで来てますけど、でもミュージシャンとして生計を立ててる身としては、ちゃんと仕事にもならなきゃいけない。僕らだけじゃないですよね。僕らを取り巻く環境、音響の方、照明の方、楽器の方、舞台を制作する方、みんなの生活もすごく重要な事だと思うんで。オンラインで有料のライブというものをしっかりと根付かせることも大事だと思ったんです。「これはひとつの新しいカルチャーなんだ、エンタテインメントなんだ」っていうことを形にすることも我々の義務なのかな、と。

みんなの好きを肯定したいし、みんなの好きが少しでも増えたら最高

――6月以降には多くのアーティストが有料のオンラインライブを開催してきましたが、「氣志團万博」のように、いろんなアーティストとやり取りして皆さんに出ていただくという形のオンラインフェスの旗振り役をやっているミュージシャンって、なかなか他にいないと思うんです。そういう経験に関してはいかがでしょうか?

綾小路:本当のことを言うと、そもそもそこがフェスのネックだったんです。

氣志團万博を8、9年やってきて、まず大変だったのが、バラエティに富んだメンツを集めることが意外と集客につながらないっていうところ。今の時代、みなさん好みが細かく分かれてきている。好きなものにはとことんいきたいんです。でも、30分しか観られない、しかもわざわざ遠くまで行く、他によくわかんない人が出るというのは、意外と躊躇する人も多くて。人気者が集まれば全部上手くいくっていうわけでもないんです。むしろ同じ仲間とかジャンルでまとまっているほうが、沢山の人が集まったりするんですよね。

でも、僕は全部バラバラの世界の人たちにお声をかけたりするんで、最初はなかなか苦労したんですよ。 「こんなはずはないんだけど」ってことがすごくいっぱいあったんです。でも長年かけて、ももいろクローバーZと10-FEETが義兄妹ぐらいの関係になっていたり、和田アキ子さんの歌をthe GazettEのファンが聴いて泣いていたり、奇妙な世界が生まれるようになって。
――「あそこに行かないとわからない」みたいな体験が氣志團万博の売りになってきた。

綾小路:そうですね。僕はとにかくそれをみんなに体験してほしいっていう、意味不明なお節介野郎で。

ここまで何の偏見もなく雑食で過ごしてこれたのは自分の唯一の宝だと思うんです。テレビできらめくアイドルに夢中になりながら、ゴリゴリのハードコアバンドも一緒に聴いてて、何にも違和感なかった。今も若い人たちの文化が知りたくてヒップホップとかレゲエのパーティーに行ってみたりもしますし。本当に、好奇心のおかげで人生が豊かになったと思うんです。

本来、僕には何の音楽的な才能もないですし、ルックスなんて見ての通りですけど、ただ好きなものが多すぎて、そのおかげで人生がすごく明るくなった。氣志團万博も、好きなものをごちゃごちゃに混ぜて新しい動物作れないかなって、キメラみたいな奇妙な動物作ってるようなものですよ。生物の理を無視した行動をとってるんで、そのうち神様に罰される、地獄の業火に焼かれる日がくるとは思うんですけど(笑)。

――ここ数年を振り返っても、だんだん「氣志團万博」という場所が「あそこに行けばまったく知らなかった面白いものに会えるかもしれない」というブランドになっていったように思うんです。そういう、いろんなカルチャーのハブになったという実感はありますか?

綾小路:最初の頃は「今年は好きな人が出ないから行かない」という声も多かったんですけど、この数年間、決して氣志團ファンじゃない方からも「新しい出会いを楽しみにしてるから今回も行くね」という声が増えてきて。それは何より嬉しいですね。

とにかく体験してもらいたいんです。みんなの好きを肯定したいし、みんなの好きが少しでも増えたら最高だろうと思うんで。それで、ビビリながら皆さんにお声をかけていった。すぐに答えてくださる方もいれば、何度ノックしても開かない扉が時間をかけて開いたこともありましたし、まだ今はつながる術すらわからないけど諦めてない人たちも沢山いますし。
要するに、好きなものが一個でもあると人生が豊かになるっていうことなんです。本当にたった一つ好きなものがあるだけで、そのことを考えているだけで幸せになるし、辛いことも乗り越えられる。それが増えたらもっと楽しいだろうなっていう。

「余計なお世話だよ」って言われたら本当にそれまでなんですけど、僕の好きな人たちをみんな見てよ、と。絶対好きになるわけないと思っていたようなものを好きに変えてみせるんで。

――タイムテーブルを見ても、すごいラインナップですよね。他のフェスにはありえない並びになっている。この感じをオンラインでどう体験してもらうかというのは、大きな課題ですよね。

綾小路:闇鍋みたいになっていますからね(笑)。高級食材から、我々のような珍味まで詰まった闇鍋なので。みんなが箸を出してくれるかどうかっていうのはあるんですけど。でも、やることは出てくれる皆さんにお任せしてたら何の心配もないので、あとは僕がストーリーテラーとして何ができるかということだなと思ってます。

氣志團万博は例年は2日間とか3日間やってたのが、1日間で15組というミニマムな形にはなりますし、テレビだったら「FNS歌謡祭」であれだけの豪華メンバーが無料で観れる時代に、チケット代をとって、少し不便なことをやってもらったりしなきゃいけないっていうのは、そこの時点で大変なことではあるなとは思ってるんですけど、でも、それを上回る感動が必ずあると確信しているので。

雨が降っちゃったからには、意地でも虹かけたろ!

――今回の氣志團万博は、言ってしまえばイレギュラーな形であるわけですよね。そして、いつになるかまだわからないですが、いずれ今回の事態を乗り越えた未来が訪れると思います。ただ、以前のままに戻るとは考えられないと思うんですね。人々の価値観や習慣も変わっていくでしょうし。そうなった先にはどういう形を考えていますか?

綾小路:本当にこればっかりはわからないですよね……。ただ、今年に氣志團万博をやるのには理由があります。当日まで何が起こるかわかりませんし、いろんなトラブルとかミスとかも起きると思うんですけど、少なくとも僕らがやることによって、一つの結果が出て、ノウハウが生まれるだろうなと思っているんですね。
来年がどうなっていくかはわからないけれど、僕らがそのデータやノウハウをみんなと共有して、みんながそれに対して「じゃあ今度はこんなことができるんじゃないか」っていう新しい面白いことを考えていったら、どんどん進歩していくと思うんですね。なので、まずは初めの一歩を飛んでみよう、と。

もしかしたらこれでものすごい負債を抱えた僕が、来年マグロ漁船に乗っている可能性は大いにありますけれど(笑)。でも、マグロ漁船からインターネットを見て「ああ、あんなこと考えたんだ」「すげえことやってるヤツいるじゃん、俺も少しは役に立ったのかな」と思えば、それも一つの達成感につながるんじゃないかと思っているんで。今は目の前のことしか考えてないんですけど、そうやって次につながることが希望としてありますね。

今度出る新曲が「No Rain, No Rainbow」っていうんです。「止まない雨はない」とか「明けない夜はない」ってよくいうけど、「本当に止む? この雨」みたいな気持ちにみんながなっている。でも僕は、「雨が降っちゃったからには、意地でも虹かけたろ!」みたいな気持ちに今はなってるので。

――逆境がゆえにポジティブになっている。

綾小路:怪我の功名というか、これが起きたからこそできることをもっともっと考えたいと思うし。だからこそ、もしこの雨が止んで、虹がかかって、みんなでまた再び同じ場所で会えるようになったとしても、今までのことが当たり前だったわけじゃないっていうことを忘れちゃいけないなとも思うんです。同じ場所で、同じものを分かち合えることが、これだけ幸せなのかと。

ああやって人が集まることって、当たり前のことじゃなかったんだということを知ることができた。それをむしろ財産にしなきゃいけないなと思ってるし。それを踏まえて新たなことをやっていければいいと思うし、このあと普通にコンサートができるようになった後も、今回で培ったことを活かしていければと思いますね。

今ようやくまた、自分がやりたいことが見えてきた

――氣志團として、綾小路さん自身として、この先どんな風に音楽と向き合っていくかということについてはどうでしょうか。

綾小路:僕らなんかも、メンバーが15年ぐらい前に買った重いMacを使いながらリモートレコーディングみたいなことをやったりしてるんです。そりゃスタジオで録るほうが音は良いですけどね。でも「これはこれで面白いもんだね」っていう、まさに発見の日々です。離れているからこそ生まれたものとかもありますし。

あと、僕自身は、誤解を恐れずに言えばですけど、実はこの期間にすごく救われたんです。なにしろ、丸8か月、人前で合奏していないっていう状態は、自分の人生で考えても中学生以来なんですよ。こんなにライブをやってないことって、ないんですよね。実は、そのことで「なんでこんなに気が楽になったんだろう」って感じてすごくホッとしたんです。

これまで十数年いろんなことにプレッシャーとかストレスを感じて生きてきてたんだと思って。あとは、認めたくはなかったけど、完全にインプットのタイミングがなくて、そこそこ空っぽで生きてきた。だから「どうしよう、こんなんで本当にいいのか」とか、漠然と未来に不安を抱えたりしていたんです。それこそ、何でもないところで友達に「今の夢は?」と聞かれた時に、答えられなくなっちゃったり、ごまかしちゃったりとかしてる自分に、うっすら気付いていた。
だからこの期間は、最初はボケーッとしてました。今まで興味なかったこと、テレビゲームやったり、テレビドラマを観たり、読みそびれてた本を読んだり、誰にも会えないから山奥に一人で行って焚き火でもするかと突然のアウトドアに目覚めたりとかして。

意味不明なんですけど、最初の2か月、3か月は、氣志團万博のことを考える以外、ほとんどなんにもやってなかったんですよ。ありがたくもたまに仕事はあったんですけど、髭も剃らずに暮らして、「初めてちゃんと寝てんな」という日々で。でも、そのおかげで、今ようやくまた、自分がやりたいことが見えてきたんです。

――いろんなことを再発見することができた。

綾小路:やっぱり、こうやってどこにも行けなくなったからこそ、何をやるべきかということを考えましたし。「もしもまた移動することが自由になったら、全世界、いろんなところで演奏しにいくぞ!」って思いましたし。会ってない人に会いにいきたい、やらないで死ねないことが沢山あるって思うようになった。

音楽にしても、ここ数年は、オファーをいただいたり、アルバム制作のタイミングだったり、そういう時にだけ曲を作るようになってたんです。でも、今は誰にも頼まれてもいないのにずっと一人で曲を作ったり、デモを友達と送り合って楽曲制作してたりして。次にやるイベントのタイトルだけをずっとメモってたりもしてるんですよ。これって、氣志團を始める前の妄想だけしていた頃と同じ感覚なんです。

あの頃は「バンドやりたい」って漠然と思いながら、実際にはメンバーはいなくて、ただただイベント名とか曲名とか考えていた。あの「ごっこ」が楽しかったんですよね。それを今再びやってる感じです。ずっとその妄想を叶えるためだけの人生だったのに、いつしか妄想することをやめていた。

この妄想をどうやって実現するかは、ここから考えていけばいい。僕ら氣志團は来年にデビュー20周年というタイミングなんですけど、下手したらデビュー20周年なのにツアーもできないかもしれなくて。でも、だとしたら、そうじゃない何か面白い企画考えよう、みたいな。今はそういう感じで頭を巡らせてますね。

綾小路 翔(Show Ayanocozey)

孤高のヤンクロックバンド、氣志團の誇り高き團長。1997年、千葉県・木更津にて氣志團結成。その大胆かつ破廉恥な風貌とパフォーマンスで話題沸騰。2001年メジャーデビューを果たす。ジャンルレスにアンダーグラウンド、オーバーグラウンドの両サイドを行き来する、天下無双のツッパリクリエイター。2012年より、地元千葉県・房総の地で「氣志團万博」を開催。
他のフェスとは一線を画する、ありえないメンツを集める続ける前代未聞のフェスは毎年5万人を動員し、今年は9月26日(土)に『氣志團万博2020~家でYEAH!!~』と題して、初のオンラインでの開催が決定している。

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メルカリマガジン編集部

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