2020年2月14日にフランスで初めて新型コロナウイルスによる死者が報告されてから、わずか1ヶ月後の3月17日に都市封鎖(いわゆるロックダウン)が導入された。3月上旬まではフランス人の多くが、この新種のウイルスはアジア諸国に留まるものだと疑わなかった。しかし、9月の段階では世界で8番目だった国内感染者数は増え続け、11月半ばにはヨーロッパ圏内でイタリア、スペイン、ドイツ、英国を追い越し、アメリカ、インド、ブラジルに続いて4番目となってしまった。現在、10月30日から導入された2度目のロックダウンとともに、フランス全土は第2波の最中にある。
今年はコロナ禍のもと開催された2度のパリ・コレクション、そしてパリのアートシーンや食文化に、いまどのような変化が起きているのか。現地からのレポートでお届けする。(文・写真/横島朋子、編集/メルカリマガジン編集部)
パンデミック前の2019年は「フランス革命」の年だった
実は、前年の2019年はフランス人にとって反政府運動が勃発した「フランス革命」の年だった。燃料増税の廃止を求めて全国2,000箇所で約29万人が稼働する大規模のデモ(2018年11月17日)を発端に、フランスが抱える多様な問題の改善を要求する、反マクロン政府運動に発展。「黄色いベスト」という名のデモ隊が、毎週末パリを横断しているというニュースが日本でも流れていたことだろう。やがて過激派「ブラック・ブロック」が参加し、銀行や老舗カフェを襲う、有名ブランド店の窓を壊して商品を盗む、といった政府や富裕層への抵抗運動がエスカレート。警察の強硬な態度を誘発し、パリの街は緊張感漂う異様な空気に覆われていた。
デモの最中の2019年4月には、パリのシンボルであるノートルダム大聖堂が炎上し大被害を受ける。尖塔が崩れ落ちた時の人々の落胆は深刻だった。さらにクリスマスを控えた12月5日、同様に年金制度への不満から鉄道、学校、病院、弁護士、警察、郵便、ガス・電気会社までに至る大規模なゼネラル・ストライキが始まる。恒例のノートルダム大聖堂でのミサもなく、交通機関の麻痺により田舎の家族にも会えず、パリは例年になく静かなクリスマスと年始を迎えた。ようやく2020年2月にストが緩和されつつあると知った市民が「通常の生活に戻れる」とその喜んだのも束の間、コロナ禍がすでにフランスにも忍び寄っていたのである。
最初のロックダウンで地方へと移動したパリジャンたち
2020年3月上旬頃から、新型コロナウイルスがイタリアに広がり始め、あっという間にフランスへと及んだ。ロックダウンが実施される前日の3月16日は、感染者は6,633人、死者は148人。収束を期待しての発令だった。当初、現在のペストと言われたことも影響し、アルベール・カミュの小説『ペスト』がヨーロッパでも売れたという。ロックダウン中のパリでは1日1回、最長1時間1km以内の外出に制限され、いずれの場合も「外出証明書」の持参が必須だった。開いている店舗は、スーパーを含む一部の食品店のみで、外出の理由は、食材の買い出し、犬の散歩、ジョギングなど、生命と健康の維持に不可欠なものに限られた。筆者はロックダウン中毎日のようにスーパーに通ったが、思いのほか客が少なく、地方へと旅立ったパリジャンが多いことを知った。本来、週末は地方のセカンドハウスに行く習慣のあるフランス人にとって、外出禁止時のパリ滞在を避けるべく、周到に移動した様子だった。この最初のロックダウンは5月11日に解除されたが、その後の夏のバカンスにより、感染者数は増加していった。
コロナ禍のパリ・コレクションで生まれた「Phigital」(フィジタル)
2020−21のファッションウィーク秋冬コレクションは、2020年2月24日から3月3日に開催された。この時期はまだパリでの新型コロナウイルスの話題は少なく、ごく一部のメゾンがショーを直前にキャンセルしたものの、多くは予定通りスケジュールをこなした。そして、次なる2021年の春夏コレクションは9月28日から10月6日に開催。すでにフランスもコロナ禍にあり、あらゆるイベントはキャンセル、延期、または厳重な対策の下で実施されることになった。2015年にパリで起きた同時多発テロ以降、ショーの会場はオフィシャルに告知されず、関係者と招待客のみが知らされるなど、パリ・コレは社会情勢を敏感に反映し開催されてきた。今年のWithコロナの時代には、そんなパリ・コレから「Phigital」という言葉が生まれた。ハーフ・フィジカル、ハーフ・デジタルを示し、本来のショー形式で人数を制限するブランドと、招待客なしのデジタル配信で行うブランドが半々でショーを開催したのだ。前者はDior、KENZO、Hermès、LOUIS VUITTON、CHANELなどで、後者はBALENCIAGA、agnès b.、Maison Margiela、MIU MIUなど。日本からはYohji Yamamotoがショーを実施、ANREALAGE、beautiful people、Mame Kurogouchiがデジタル参加した。
サステナブルな選択肢を広げたファッション業界2020
デジタルショーの一例として「バレンシアガ」を紹介したい。配信ではコリー・ハートの「Sunglasses At Night」の曲に合わせ、黒いサングラスをかけたモデルたちが夜のパリをランウェイに見立て闊歩する。この映像は深夜に数日間かけて撮影したそうだ。アーティスティック・ディレクターのデムナ・ヴァザリアは、「パンデミックの渦中にてファッションの意味を自問していた」とWWDジャパンに語った。その上で「何が不可欠でサステナブルかということをより探求」したと明かし、「パンデミックの中で恐怖から気をそらすために、人々は新しいものを今まで以上に求めていると感じた」と話している。結果、今回のコレクションは古さやダメージの中にある美しさとテクノロジーやハイテクな要素が共存するものとなり、ユニセックスかつワンサイズにすることで生産モデルの環境への影響を軽減させた。サステナブルを追求し、現在抱えている社会問題への意識が顕著なコレクション発表だったといえる。
続いてフィジカルなショーを代表して「ルイ・ヴィトン」に触れたい。近年はブローニュの森にある「ルイ・ヴィトン財団」を会場にしていたが、今回は1870年創業の老舗百貨店「サマリテーヌ」の最上階にて開催。同百貨店は2001年にLVMHが買収した後、2005年に安全面の問題を克服すべく改修工事のため休館。その後15年を経て、高級ホテルを含む複合施設として今年オープン予定だったがコロナで遅延。アールヌーヴォーの美しい建築様式の百貨店でのショーは感慨深いものだった。本来であればすでに再開業し、この場所での開催は不可能だったはずで、コロナ禍だからこそ実現したショーであったと言えるだろう。ルイ・ヴィトンも昨今「ルイ・ヴィトンの終わらぬ旅」と銘打ち、サステナビリティをテーマに5年、10 年先を見据え環境保護問題に取り組んでいる。フランスのファッション業界において、素材、制作段階における「サステナブル」を大きな課題としていることが感じられるコレクションだった。
ショーを管轄するLa Fédération de la haute Couture et de la Mode(オートクチュール&モード連盟/FHCM)は、今後新たなショーの発信の場としてデジタル・プラットフォームを作り上げたと発表。ロイターによると「ファッションウィークは例年多大なる経済効果をもたらすが、今年は経済的打撃があったものの、環境汚染やゴミの量も少なく、環境にやさしい開催形式を考えるという点で副次的な効果があった(デザイナー、クリストフ・ジョス氏のインタビューより)」と報告している。コロナ禍にあって、パリ・コレはファッションにおけるサステナブルな選択肢のあり方を大きく更新させた。
サンローラン、バレンシアガ、ルイ・ヴィトン…有名メゾンのwithコロナ
パンデミック以前はマスクとは無縁だったフランス人だが、いまやマスクは必須であり、着用していないと罰金となる。市販の医療用マスクがまだまだ高かった感染拡大初期は、ハンドメイドの小洒落たマスクを街で見かけたものだ。ユニフォーム(制服)を好まず、オリジナリティを求めることをアイデンティティとするパリジャンらしい。そのうち有名ブランドでもマスクを製造開始。サンローラン、バレンシアガなどのケリング・グループのマスク製造を筆頭に、LVMHがパフューム&コスメ事業において除菌ジェルを生産し、医療機関に無償提供するなど、コロナ禍における有名メゾンの活躍も著しい。そのLVMHのルイ・ヴィトンが10月30日に約10万円のフェイスシールドを販売予定だったが、2度目のロックダウンにより延期された。
観光都市パリにおける美術館のいま
ルーヴル美術館では、バーチャルリアリティ「Mona Lisa:Beyond the Glass」の無料アプリとVRマスクで、どこにいてもモナリザの世界に身を置く体験ができるようになった。ヴェルサイユ宮殿もアプリを利用してプロジェクトアートを自宅で鑑賞できるようになり、コロナ禍で旅行や外出が難しい中、アートや観光地のデジタル化は一気に広がった。さらにパリ市内の14の美術館を統括するParisMuséesのサイトでは、美術館収蔵のアート作品15万点以上を無料ダウンロードできるようになった。フランスを代表する名画がクレジット表記なしで完全オープンソース化だというから驚きを隠せない。外国人観光客に限らず、地方在住者や学校教育にとっても重要な存在である美術館。ロックダウン時の自宅における作品鑑賞システムは、今後「ニューノーマル」になっていくのかもしれない。
ついに星付きレストランも登場、ひとつ上の宅配サービス
フランス料理は、2010年にユネスコの世界無形文化遺産に指定されたように、長年培われてきた芸術作品でもある。クラシックなビストロで昼からワインを飲み、がっつり肉を頬張るという従来の時代から、昨今のべジタリアン、bio、ビーガンといった新しいコンセプトの時代においても、フランス人の食材への拘りは変わらない。飲食店における不況は世界共通の課題であり、Uber eatsなどの宅配業者が活躍する中、肉屋、魚屋、八百屋といった生鮮食品屋と一般消費者をつなぐ宅配サービスが人気を博している。「エピスリー」は、ロックダウンで販売先を失うかもしれない、質のよい小さな生産者を支援するサービスだ。仏厚生労働省の協力のもと、衛生管理に力を注ぎ、商品を入れる容器にもプラスチックは使わないなど環境への配慮も行き届いている。その信頼性から、パリのMOF(国家最優秀職人章)の各種店舗も加盟するほど。人気パティスリーのクリストフ・ミシャラク、セバスチャン・ゴダール、ヤン・クーヴルールなども参加している。衛生的かつサステナブルに、美食をおうちで嗜むのがパリの新たなルーティンといえるのだろう。
2020年10月30日に始まった2度目のロックダウン後、ついに星付きレストランが宅配サービスを開始した。スターシェフ、ヤニック・アレノがディレクションする「パヴィヨン・ルドワイヤン」の豪華な料理を自宅で味わえるなんて、昨年は誰も予想しなかったであろう。
新たなロックダウン...パリの人々が再びカフェのテラスに集う日は
最初のロックダウン解除後、レストラン再開の条件は「テラス」での営業だった。通常の条件は緩和され、道いっぱいに、または車道を隔てた反対の歩道にまで座席を広げるほど、パリの街がテラスでいっぱいになった。筆者が住む左岸のカルチェラタンのムフタール通りは、12時から22時まで車の出入りを禁止し、コロナ禍でも人々がのんびり飲食を楽しめるように臨機応変な対応をしていた。パリのカフェのテラスがいつになく賑わっているのは、ロックダウン後に見られる光景として輝かしいばかりだった。人とのコミュニケーションが大好きなフランス人が、意気揚々と外に繰り出し、会話を楽しんでざわめいていたのは、つい最近のこと。2020年10月30日のロックダウン再導入が数時間後に迫る中、前日の29日夜までバーのテラス席で飲酒を楽しむ人々もいた。
この2度目のロックダウンは、11月28日より緩和され、12月15日、1月20日の3段階を経て解除される予定だが、今後の感染状況により変更もありうる。パリジャンたちが再び街に集う日はいつになるのだろうか。
道路を挟んだセーヌ川沿いまでテラスを広げる。プレートを掲げて信号待ちするサーバーの姿も印象的だった
横島朋子(よこしま・ともこ)
大手企業退職後に渡仏し、フランス中を旅する。それをきっかけに帰国後は地球の歩き方フランス関連本の編集・ライターとして活動。のちにフランス好きが高じて移住。その後は数々のガイドブック、ファッション雑誌、タレント本、テレビロケなどに関わりジャーナリスト&コーディネーターとしての活動を広げている。2020年に、カメラマン井田純代とプレス・パリジェンヌを設立。presseparisienne.com Instagram:@presse_parisienne