審査委員長を務められた福田進一さんは、日本のクラシックギター界のレジェンドともいうべき存在。ジュニアグランプリに輝いた15歳の押山一路さんとの対話を通して、世代や国境を超えるクラシックギターの魅力を語っていただきます。ヨーロッパなどと比べ「世界でも発展の仕方が特殊」という日本のクラシックギター界の現在地とは? おふたりにお持ちいただいたギターや、クラシックギターをはじめたい人にも参考になる、押山さん愛用アイテムをご紹介いただきました。
(構成/原典子、撮影/伊藤圭、編集/メルカリマガジン編集部)
クラシックもフォークもエレキも一緒だった
福田 9歳のときから通っていたピアノ教室の2階に、たまたまギター教室があったのがきっかけです。ピアノ教室は男子が僕ひとりだけだったので寂しくてね、11歳の夏からギター教室に行きはじめました。でも、その当時はまわりにクラシックギターを習っている子なんていなかったから、ハ長調の音階が弾けただけで天才扱い。発表会でも曲の最後まで弾ける人がいないんです。笑い話のようですが、僕が子どもの頃はそんな時代でした。
――日本のクラシックギター人口は、いつ頃から増えていったのでしょう?
福田 クラシックギターというより、長い間日本ではフォークギターもエレキギターも全部ひと括りにされていた印象です。そういう意味では、最初のギターブームが1960年代後半から70年代初頭。ビートルズが初来日した1966年にはすごく流行っていましたね。誰もがこぞって『禁じられた遊び』のテーマ曲を弾いたり。とはいえギターは大人の楽器といったイメージがありましたから、子どもが習っているのはちょっとヘンに思われました。不良のはじまりみたいな(笑)。押山君は14歳でしたっけ?
押山 実は、つい先日15歳になりました。
福田 そうなんだ! ということは、僕とだいたい50歳違うんだな。今はクラシックギターをめぐる状況もまるで違いますからね。
押山 もともと父がクラシックギターをやっていて、息子にも弾かせたいと思ったようで、小学校1年生の夏からはじめました。最初は父に教えてもらっていたのですが、それだけでは足りないので近所のギター教室に通って、その後、今の先生(ギタリストの新井伴典さん)についています。
――自然な流れで、気がついたら弾いていたという感じですね。
押山 好きとか嫌いとかを超えて、ギターがもう生活の一部になっているようなところがあって。毎日、学校に行く前の朝の時間と、帰ってきた夕方に練習するのが日課なので、クラシックギターをやっていない自分がイメージできないかもしれません。最初は弾けなかった曲も、練習してだんだん弾けるようになってくると嬉しいですね。
押山 いません。「ギターにクラシックの曲なんてあるの?」と聞かれたり。やっぱりギターというと、エレキとかフォークのイメージが強いみたいです。
福田 そこだけ僕が子どもの頃と変わってないんだよなあ。
演奏会の数が圧倒的に多いのは日本
福田 少しずつ浸透はしてきているのかもしれません。そのあたりの判断は難しいところですが、もしそうであったら嬉しいですね。というのも日本のクラシックギターは、発展の仕方がヨーロッパとはまったく違って特殊なんです。ヨーロッパでは1960年代までにほぼすべての音楽大学にギター科が作られ、アカデミズムの世界が確立されていますが、日本ではいまだに東京藝術大学にもギター科がありません。そういう意味では、大きく遅れをとっています。日本ではもともと古賀政男さんらの尽力でギターが歌謡曲や演歌で使われるようになり、大衆に広く浸透していった反面、クラシックギターの文化は消えていってしまったのでしょう。
押山 福田先生は海外のコンクールの審査員やマスタークラスもなさっていますが、海外の若いギタリストたちはどんな感じですか?
福田 すごいファンタジーのある音楽を奏でるジュニアのギタリストがたくさんいますね、フランス、スペイン、アメリカなど世界中に。大学生にはあまりいなくて、13~15歳ぐらい、ちょうどあなたぐらいの年齢の世代に素晴らしいギタリストがたくさん出てきています。
福田 そう、自分だけの音色を持っているというのかな。
押山 きれいな音色を出すのは難しいです……。
押山 ありがとうございます。
ギターは今生きている人の音楽
押山 作曲者の頭のなかにあるイメージや意図を、楽譜から自分なりに汲み取って、解釈して弾いてみたりするのは、楽しいなと思う瞬間です。
――たしかに、同じ曲でも演奏者によって解釈が違うのはクラシックならではの面白さかもしれませんね。
押山 たとえば先日、大阪のコンクールでマリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコが作曲した「悪魔の奇想曲」を弾いたのですが、この曲はギタリストのアンドレス・セゴビアが編曲したヴァージョンで演奏されることが多いんです。けれど僕は今回、テデスコの原典版の楽譜で演奏しました。両方を比べると、原典版にはセゴビア版にはない音や休符があったりして、「なんでここに休符を入れたんだろう?」などと推理したりするのは面白い作業でした。
──日本でクラシックギターという分野そのものが育った証かもしれないですね。では最後に、クラシックギターの「推し」ポイントをお聞かせいただけますでしょうか。
押山 あらゆる曲が弾けるのがクラシックギターの魅力だと思います。小学校5年生のとき、ラファエル・アギーレさんが僕の大好きな『スター・ウォーズ』のテーマ曲をクラシックギターで弾いているのをYouTubeで見つけて、毎日パソコンの前に座って、どうやって弾いているのかを研究したのが良い思い出です。そうやって編曲すればいろいろな曲が弾けますし、ギターのために書かれたカッコいい曲もたくさんあります。「メルカリコンサート」の本選で弾いた現代のレオ・ブローウェルや、古典のフェルナンド・ソルも、どれも弾いてみるとカッコいいですね。
──まさに歴史を作っていくことができるという。素晴らしいですね。
福田 次の歴史は若い世代が作っていってくれることを楽しみにしています。
福田進一さんのギター
ロベール・ブーシェのギター
フランス最高峰のギター製作者によるもの。1982年に作られた遺作のシリーズのなかの1本。ヴァイオリンと同じメープルで作られている。ブーシェはモンマルトルで46歳まで画家だった人物だけに、細部に至るまで美的デザインが貫かれている。「これより大きな音が出るギターはたくさんあるけれど、このギターはコンサートホールの空間で弾くと本当に良く響く。みんなが耳をそばだてて聴き入ってしまう音色というのが、ブーシェのすごいところ」。
押山一路さんのギター
サイモン・マーティーのギター
クラシックギターをはじめたい人必見! 押山さんの愛用品
福田 進一(ふくだ・しんいち)
ギタリスト。大阪生まれ。1977年に渡仏し、アルベルト・ポンセ、オスカー・ギリアの両名教授に師事した後、81年パリ国際ギターコンクールでグランプリ優勝、さらに内外で輝かしい賞歴を重ねた。以後35年に亘り、ソロ・リサイタル、内外の主要オーケストラとの協演、エドゥアルド・フェルナンデスとのデュオをはじめとする超一流ソリストとの共演など、その活動は留まることを知らない。19世紀ギター音楽の再発見から現代音楽まで、そのボーダーレスな音楽への姿勢は世界中のファンを魅了している。平成19年度、日本の優れた音楽文化を世界に紹介した功績により「外務大臣表彰」を受賞。さらに平成23年度の芸術選奨「文部科学大臣賞」を受賞上海音楽院、大阪音楽大学、広島エリザベト音楽大学、昭和音楽大学、上海音楽院(中国)、アリカンテ大学(スペイン)各音大のギター科客員教授。さらに東京、アレッサンドリア、ハインスベルグ、コブレンツ、全米ギター協会など、主要国際ギターコンクールの審査員を歴任している。
押山一路(おしやま・いちろ)
中学3年生。7歳から父の手ほどきでギターを始め、9歳から新井伴典氏に師事。2019年第41回ジュニア・ギター・コンクール中学生の部第1位及び最優秀賞、第44回GLC学生ギターコンクール中学生の部第1位及 びGLC賞(最高賞)。2021年メルカリコンサートギターオーディション クラシックギター部門ジュニアグランプリ、第45回ギター音楽大賞大賞部門第2位。