第7回のゲストは、ソングライターの水野良樹さん。1999年に「いきものがかり」を結成し、2006年にメジャーデビュー。作詞・作曲をした代表作には『ありがとう』『YELL』『じょいふる』『風が吹いている』など、多くのヒットソングが並ぶ。執筆活動でも活躍し、2019年には実験的プロジェクト『HIROBA』を立ち上げた。“考えること、つながること、つくることをもっと豊かに楽しむための場”を生み出したいと、さまざまな取り組みを発表している。
そんな水野さんを招いた今回のテーマは「やさしいインターネットの時代。サービスとエンタメはどこへ行く?」。聞き手を務めるのは、メルカリ取締役会長兼鹿島アントラーズFC代表取締役社長の小泉文明だ。エンターテインメントにおいて新たなチャレンジを続ける水野さんと「インターネットの今後について、サービス/エンタメそれぞれの視点から論をかわしてみたい」という小泉たっての希望から、企画が実現。異なるジャンルに長年身を置く二人が語る「やさしさ」とは何か。メルカリの宮川直実がモデレーターとなって、二人のトークを深めていく。
(執筆/菅原さくら、撮影/玉村敬太、編集/メルカリマガジン編集部)
※対談・取材は飛沫防止シートの使用や除菌を徹底した上で行っております。
水野良樹(みずの・よしき)
1999年に「いきものがかり」を結成、2006年にメジャーデビュー。作詞、作曲をした代表作に『ありがとう』『YELL』『じょいふる』『風が吹いている』など多数。さまざまなアーティストに楽曲を提供するほか、雑誌やウェブでの連載執筆、著書の刊行など幅広く活躍している。
小泉文明(こいずみ・ふみあき)
早稲田大学卒業後、大和証券SMBCにてミクシィやDeNAなどのネット企業のIPOを担当。2006年よりミクシィにジョインし、取締役執行役員CFOとしてコーポレート部門全体を統轄する。2013年12月株式会社メルカリに参画。2014年3月取締役就任、2017年4月取締役社長兼COO就任、2019年9月取締役President (会長)就任。2019年8月より株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長兼任。
昔のインターネットは、まさに「個のエンパワーメント」だった
水野 メルカリも僕らも「個人をエンパワーメントすること」がポイントになっているのは、大きな共通点だと思います。僕らはテレビに出たりライブをしたりしているぶん、どうしても「大衆」みたいな、ぼんやりとした対象に作品を投げかけているように見えがちなんだけど、実際は聴いてくれる一人ひとりに向き合う感覚を持っていて。そうやって主軸を「個人」にしている視点は、リンクするところが多い気がしました。
小泉 僕はインターネットのサービスに20年くらい関与してきているけれど、インターネットの歴史って、まさに「個のエンパワーメント」だったと思うんです。たとえばミクシィでは、コミュニティ機能が活発で。LGBTのユーザーから「はじめて楽しく仲間を見つけられた」なんて聞くとすごくうれしかったし、コミュニティというものは、ネットの良さを一番享受できる場所だったんじゃないかなと思います。でもこの数年は、その牧歌的なムードがなくなってきているように思うんです。言葉尻だけを取った言い争いとか、匿名ゆえの暴力的な発言とか……大好きだったインターネットが、ちょっと嫌いなほうに進んじゃってる。だからこそ、これからのネットやコミュニティには「やさしさ」が求められていると思っています。今日はそんなところを、水野さんとお話してみたいと考えていました。
「本来会えなかった人に会える」ネットの希望は、いま
小泉 そのとおりですね。僕らが若いころは、マスメディアの文化にふれて生きていました。同じ音楽を聴いて、同じテレビを見て、一方的に与えられるコミュニティのなかで各自の好きなものを表現していたんです。それがインターネットの登場によって本当に好きなものにコミットできるようになり、コミュニティは多様化した。うれしい一方、近年では水野さんがおっしゃるようなことも確かに起きてきています。
水野 自分でキャリアのストーリーを立ち上げないとだめだな、と思っていたんです。先輩たちがいくつかの(キャリアの)ひな型をつくってくれていたけれど、そのままいまの時代に通用するかというとそうでもなくて……自分たちのライフプランを提示していきたかった。当時の僕は、いきものがかりというストーリーの下で生きていくしかなくなっていて、もちろんそれはそれですばらしいけれど、一人の作家としての能力は狭まってしまう気がしていました。だからこそ一歩外に出て、自分の中にいろんなストーリーを取り込んでみたくなったんです。
小泉 でも、僕からするといきものがかりは、どんな状況でもヒットを出すパワーを持っているように見えていました。それでも放牧に至ったのは、業界の変化やそれに伴う自分たちの課題を見越していたからですか?
水野 うーん……単純に疲れたっていうのもあると思いますけど(笑)。ただ、僕らが一番ヒットしていた2010年代前半って、ちょうど音楽業界が変わりはじめた時期でもあるんです。ダウンロードがはじまって、握手券のようなノベルティ手法でのCD販売が隆盛して……そんな状況で、音源をただ販売するだけでいいんだろうかという課題意識はありました。そこを打破するアイディアもいろいろ出してみたんですが、ありがたいことに僕らは当時ヒットしていたので、逆にそういう細かいアクションができなかった。僕なりに「先頭集団で走らせてもらっているときに取り組んだほうが世の中を変えられる」と言ったつもりではあったんですが、なかなかうまくいかなかったですね。その間にも時代はどんどん変化していくし、ついていけなくなる予感もあるし……そこに肉体的・精神的疲労もあいまって、放牧という決断に至りました。ただ、僕らが放牧したころ登場したアーティストが、ちょうどいま最前線に来ているんです。その結果、3年休んでいただけで僕らはもう遅れているなってすごく感じた。そのくらいシーンが変わりました。
水野 たとえば、一回り下くらいの世代のKing Gnuは、ほぼデジタルネイティブで、しかも熱心に学んでいるから音楽的素養がものすごく深いんです。そういう人たちがCDという媒体にまったくとらわれず活動しているのを見ると、視野が違うなって強く思いますね。
小泉 でも、水野さんもきっといろんな音楽を学んでいますよね?
水野 いや、僕なんかは全然ですよ。それに僕らが思春期のころは「1960年代のこのジャンルのこの曲が聴きたい」と思ったら、CD屋さんに行って詳しい人に聞いて、自分でも調べて、お金を貯めてCDを買わないと聴けなかったんです。でも、いまの世代のアーティストたちは、ワンタップで当時未公開のライブ映像なんかが観られたりする。アクセスできる情報もその量も全然違うから、思春期のころに深堀りしていたものの深さも比較にならないわけです。……もう、なんとか頑張ってついていくしかないですよね(笑)。もちろん、僕たちなりのものを何か提示したいなっていつも思っていますけど。
自分の物語をつくっていく時代だからこそ、やさしくありたい
水野 そうですね。やっぱりTwitter、一言つぶやくだけでも難しいですもん……(笑)。どうやったら心地よさがつくれるのかは真剣に考えていかないといけないですね。
宮川 それって、ネットに限った話でもありませんよね。
小泉 結局、物語を与えられるほうが考えなくていいから楽は楽なんですよね。それにネットの世界は自由に表現できるけれど、そのぶん反発も見える化されるから、強くないと生きられない。僕や水野さんは叩かれても慣れているからいいかもしれないけれど、それって異常値だと思うし(笑)。「強さ」を得るのってすごく難しいから、そこを「やさしさ」みたいな言葉で補って、みんなに居場所がつくれればいいなと思います。強くない人にもちゃんと居場所が確保されているというのが、次の時代のインターネットで大事にしたいことですね。
小泉 やっぱり「想像力」だと思いますね。相手に対してもそうだし、物事に対してもそう。自分と違う考えの人も受け入れて、そのうえで自分の考えを確立させていくのが大事なんでしょうね。
水野 あとは「寛容」とか……やっぱりTwitterとかには「この人とはどうしてもわかりあえない」「これが限界だな」って思う人がいるんだけど、そこでどう対応するかですよね。攻撃しあっていては「やさしさ」とはいえないし、おっしゃるとおり想像力も大事だし。そこで僕は、逆説的だけど自分を大事にすることかなと思っています。
宮川 自分を大事にする、ですか?
水野 はい。自分を大切にすると、同じように自分を大切にしないといけない個が立ち上がってくるから、「大切にしたいものは違っても同じ空間で生きていかなきゃいけないよね」って思える。道徳の授業みたいなこと言っちゃうけど、何周も回ってやっぱり大事だなって(笑)。
誰もが持っている「素数」を拾うのが、ポップス
水野 (笑)。いきものがかりが一度目のピークを迎えた2010年くらいって、初音ミクやAKBなどのアイドルが出てきた頃なんですね。その流行って、さっき話した「自分の物語を立ち上げること」とすごく近い。それまでの音楽の楽しみ方は、才能を持ったライターやシンガーがつくったものを、ただ享受するだけでした。でも初音ミク以降は、個別のストーリーをつくることがリスナーの楽しみのかなり重要な部分を占めるようになった。
小泉 なるほど。
水野 AKBも、応援する楽しみがエンタメとして昇華されていました。でも、現在はまた状況が変わって「やっぱりすごい奴がつくったすごいものはいいね」って時代が来ているように思います。セレクトされた音楽から、誰でも自由に関われる音楽を経て、またセレクトされたほうに進んでいく流れです。無理やりこじつけるなら、自由でオープンなインターネットからクローズドに進んでいく……その収縮と似たものがある気がします。
宮川 いきものがかりはJ-POPのなかでも意識的に「王道のポップネス」を歩んできた、誤解を恐れずにいうと最大公約数の「やさしさ」を追求してきたんじゃないかと感じています。水野さんご自身はどう思われますか?
水野 ポップスは、違う文化圏で違う価値観を持っている人たちが一緒に感動できる、普遍的なものを追いかけていくジャンルだと思っています。その普遍的なものを表現するときに、いま言われたような最大公約数的な考え方は、僕もどこかで持っていました。だけど最近は、最大公約数じゃなくて「素数」だなと思っているんです。うまく論理立てて喋れないんですが……なんというか、最大公約数よりももっと小さいもの。たとえば「人間はかならず死ぬよね」っていう本質的なことに触れられるかどうかが、ポップスの大きな要素である気がしているんですよ。その要素を書くにあたって、マスメディアが強かった時代には最大公約数的なやり方でOKだったんだけど、いまは違う。選択肢が増えてみんなが自分の物語の作り方を悩んでいる時代には、誰もが持っている本質的な部分、それこそ素数みたいなものを拾ってあげられるかどうかが大切になってきたんです。
水野 そこで「器」という表現を使ったことに、当時の僕の限界があるなとは感じたりもしますが……。でも、いま僕らの音楽やメルカリのサービスが目指すものって、本質的なものを具現化したり、誰かのスイッチを入れたりすることだと思うんです。音楽でいえば、曲が持っている情報量よりも、人間が持っている情報量のほうがはるかに大きいじゃないですか。5分の曲の情報量なんてちょっとだけど、20年間生きてきた人にはそれだけの物語があるわけです。そんな人が音楽を聴くことで、その人自身も気づいていないような感情や物語がどんと立ち上がる瞬間がある。「俺こんな景色を見てたんだ、こんな気持ちがあったんだ」って思い出すきっかけになれるのが、曲。だからいまは、いろんな人のきっかけになるようなものをつくっていきたいと思っていますね。
小泉 確かに『YELL』とか、僕もスイッチ入りますね。
水野 ありがとうございます(笑)。
2021年、サービスとエンタメはどこへ行く?
小泉 僕はいま鹿島アントラーズの経営をしていますが、コロナの影響も受けて、「会場に来ること」へのハードルはめちゃくちゃ上がっていると感じています。数万人がわざわざ同じ場所へ足を運ぶ意味や価値、まさしく何かしらの素数になるようなものを僕らがきちんと理解し、定義し、表現しないといけないなと考えています。でなければ、ライブ配信で見られるのにわざわざ来なくてよくなっちゃう。メルカリのカスタマージャーニーじゃないけど、お客さまが会場に来るまでのジャーニーをしっかり考えなきゃ、そのうち選ばれなくなると強烈に感じます。
水野 そうですね。これまで「集まること」で、お客さまにどれだけのハードルを越えさせてきたかに気づきました。そもそも音楽業界は、音源での収入が少なくなったとき、一斉に複製不可能なライブへと流れていったんです。でも、ライブは時間的な余裕があって、肉体的に健康じゃないと成立しない。実はめちゃくちゃハードルが高いコンテンツだという当たり前のことに、改めて気づいたんですよ。だからやっぱり、これからはライブ以外の収入源を考えていかないといけません。ただ、ライブの現場は一年先まで持ちこたえられるかというのが実情なので……復活を果たして落ち着いてから、もう一回真剣に向き合いたい問題です。
水野 むずいっすね~(笑)。
宮川 いきものがかりでいえば、最新アルバム『WHO?』のCD購入者特典として、テクノロジーを駆使した配信ライブをされていましたよね。生ライブのようにできなくなったこともある一方、新しいチャレンジもされている印象です。
水野 エンタメ業界って、与えられた制限をクリアしていく状況には慣れていると思うんです。「配信しかできないんだったら、逆にこんな演出ができるね」みたいに、制限をテコにした工夫が得意な人たちも、いっぱいいる。だからそこには希望しか感じていません。むしろ、そうなってくると必要なのは法や商習慣の整備ですね。たとえば厳密に言うと、僕らはレコード会社と専属実演家契約を結んでいるので、少しでも録音が絡むと人前では簡単に演奏・配信できないんです。こういう現状では、ステークホルダーが前に進みたいと思っていても、何かをやるときにいちいちルールを確認して「いいですか?」「OKです!」と言い合うだけでワンテンポ遅れちゃう。自由な発想をどんどん伸ばすためにも、これからは環境を整備していかなきゃいけないと感じます。
小泉 自分一人で表現できる人にとって、事務所やマネジメントの価値を再整理するタイミングも来ていると思いますね。サッカーはチームだからそうなりにくいけれど、それでもチームの意味と一人ひとりを際立たせる意味は考える必要がある。一人でも表現できる人を組織が制限していたらやりづらくなっていくだけだし、バランスは探していかないといけませんね。
水野 いやぁ……コロナでとんでもないときに独立しちゃったなぁと(笑)。まだ冷静になるほどの余裕もないですね。ただ、いろんな決済をメンバーがすることになった分、フットワークは軽くなりました。スピード感があるのはやっぱり強みだと感じています。でも、スピードを出すゆえの風も自分たち自身で受けなきゃいけないから、世間知らずの僕らからすると大変なことも多いです。
小泉 そうですよね……。でも、さらなるご活躍を楽しみにしています!
宮川 最後に、メルカリについて水野さんが感じることを率直に伺ってみたいです。
水野 うち、妻が結構メルカリ使っているんです。子どもって成長が早いから、育児アイテムの売り買いですごくお世話になっています。
小泉 ありがとうございます、社員たちが喜びます。
水野 (カメラに向かって)皆さん、お世話になってます(笑)。メルカリって、消費行動に大きなインパクトを与えましたよね。何かを売ったり買ったりする消費活動って、自分の人生を紡ぐにあたって根幹にある行為だと思うんです。いままでは大企業がセレクトしたラインナップや値付けに支配されていて、そこから選ぶしかなかった人たちが、メルカリによって自分にカスタマイズした消費行動をとれるようになった。そこでこれから大事になるのも、やっぱり「やさしさ」のようなことなんじゃないでしょうか。自由化によって生まれた弊害や圧を、どう無害化していくか。そのあたりをうまくとらえていけたら、さらに素敵な未来につながっていくんじゃないかなと思います。
水野良樹(みずの・よしき)
1999年に「いきものがかり」を結成、2006年にメジャーデビュー。作詞、作曲をした代表作に『ありがとう』『YELL』『じょいふる』『風が吹いている』など多数。さまざまなアーティストに楽曲を提供するほか、雑誌やウェブでの連載執筆、著書の刊行など幅広く活躍している。