趣味2021.07.29

ジェンダー格差をそのままにして、イノベーションは生まれない。 カケルメルカリ08:スプツニ子!

ファッション・音楽・アートなど、さまざまな分野で活躍しているトップランナーを招いて、これからのメルカリのが進むべき方向を考えていくトーク企画「カケルメルカリ」。

第8回はアーティストのスプツニ子!さんをゲストにお招きし、「これからのキャリアやジェンダーの価値観、そして働き方ってどう変わる?」をテーマに話を伺った。

スプツニ子!さんは世界各地で、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた作品を発表。2013年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰し、現在は、東京藝術大学デザイン科准教授を務めている。
メルカリでは、約3年前からD&I推進を強化。2020年12月にCEOの山田進太郎をチェアパーソンとした社内委員会「D&I Council」を発足し、今年4月には人事制度「merci box」に、卵子凍結や0歳児保育の支援制度を試験導入した。

聞き手は、そんなmerci boxの生みの親であるメルカリ取締役会長の小泉文明と、メルカリでD&I Leadを担当する品川瑶子。ブランディングチームの西丸亮もモデレーターに加わって、これからのキャリアやジェンダー、そしてメルカリの在り方を考えていった。

(執筆/菅原さくら、撮影/伊藤圭、編集/メルカリマガジン編集部)
※対談・取材は飛沫防止シートの使用や除菌を徹底した上で行っております。

スプツニ子!

英国ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学科および情報工学科を卒業後、英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程を修了。RCA在学中より、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた映像インスタレーション作品を制作。2013年よりマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教に就任し、Design Fiction Group を率いた。現在は東京藝術大学デザイン科准教授。著書に「はみだす力」。

小泉文明(こいずみ・ふみあき)

早稲田大学卒業後、大和証券SMBCにてミクシィやDeNAなどのネット企業のIPOを担当。2006年よりミクシィにジョインし、取締役執行役員CFOとしてコーポレート部門全体を統轄する。2013年12月株式会社メルカリに参画。2014年3月取締役就任、2017年4月取締役社長兼COO就任、2019年9月取締役President (会長)就任。2019年8月より株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シー代表取締役社長兼任。

品川瑶子(しながわ・ようこ)

D&I Team, D&I Lead。2018 年株式会社メルカリに入社。HR部門で約半年間採用オペレーション・人員計画管理を担当した後、Legal へ異動。Legal Operation Management 担当として、電子署名の導入など Legal 分野の DX 推進を主導した。2020 年 7 月より Women@Mercari の Lead を兼任。2021 年 1 月より HR部門へ戻り現職。フリーランスの整理収納アドバイザーでもある。1 児の母。

女性への構造的な差別が、イノベーションを妨げる

ジェンダーやダイバーシティの話は、とても複雑で根が深い。社を挙げてD&Iに取り組んでいるとはいえ、どうしてもメルカリ内で知識の差が出てしまう。そこで今回はトークセッションへ入る前に、スプツニ子!さんから15分ほどのピッチをしてもらった。スライドを見ながら、あらためてD&Iの必要性や現状の課題を洗い出していく。
スプツニ子! 私はアーティストとして作品をつくりながら、MITや東大・藝大などの大学で教員をしてきました。MITは「新しい課題の発見や解決のためには、多様な人材を入れて、多様なアンテナを立てる必要がある」という意識を持っているチーム。そこで、これまでMITの歴史の中で割合が多かった白人男性以外の人材を、意識して積極的に採用していこうというアファーマティブアクション(※)に取り組んでいました。一般企業でも、役員に多くの女性を登用する企業は、実際に業績が上がっています。グローバルの証券会社ゴールドマンサックスなどは「最低でも1人は女性取締役がいなければ、その企業の上場は支援しない」と2020年に発表しているんです。米大手投資ファンドのブラックロックも企業に女性取締役が最低2人いることを推奨しています。

小泉 D&Iの重要性は、すでに研究やデータで実証されているということですよね。

スプツニ子! そうです。日本ではダイバーシティがチャリティのように見られることがあるけれど、本当は全然そうじゃないんですよ。むしろ、ダイバーシティがない組織にはさまざまな弊害が起きる。多くの日本企業に心当たりがあると思いますが、似た者同士が集まると「暗黙の了解」「縦割りの人間関係」みたいなものが生まれてしまって、逆に議論が活性化しないんです。それに、地球規模で見れば優秀な人はたくさんいるのに、似た者ばかり集めようとしていては、多様な人材に力を発揮してもらうこともできません。それでは国際競争力を持てないのは明白ですよね。アメリカでは、ダイバーシティはもはやイノベーションのために不可欠だと考えられています。そんなアメリカから2017年に日本へ帰ってきたとき、正直ショックを受けたんですよね……(笑)。一応先進国のはずなのに、まさかこんなに違うと思わなくて! それから数年経っても、いまだにジェンダーギャップ指数は低いし、医科大が組織的に女性受験者を減点していたことも、現代とは思えない人権侵害と性差別です。事件を知った世界中に衝撃が走ったのに、関係者は「女性は結婚・出産で辞めてしまうから……」と、言い訳にもならない言い訳をしていた。生まれ持った性別や属性によって、生き方やキャリアを誰かに勝手に決めつけられ、チャンスを奪われるなんて、本当にひどい話だと思います。
小泉 いまの日本の一番の課題は何だと思いますか?

スプツニ子! アンコンシャス・バイアスだと思います。メルカリでも国内に先がけて、ワークショップをやっていますよね。日本は本当にこのバイアスが多いです。「女の子の出すお茶はおいしいなぁ」「きみは下手な男よりも、よっぽど優秀だね」なんて、褒めているようで「お茶は女が出すものだ」「女は男ほど仕事ができない」っていう決めつけの裏返しでしかありません。あとは、女性が出産したときに職場で言われやすい「これから仕事はほどほどで子育て優先にしていいよ」という言葉も、気遣いしているつもりでその女性の将来のチャンスを奪う事があります。私は15年前はプログラマーをしていましたが、当時のクライアントから「男性の担当エンジニアがつくんですよね?」などと言われる事もありました。女性に技術のことはわからない、と思われていたんですね。こういうテーマの話をすると、日本では「男性とか女性とか関係なく、能力がある人がやればいい。女性活躍推進なんて逆差別だ」と言われる事があるんですが……確かに、今の世界がジェンダー平等を完全に達成できたユートピアなら、それでいいと思います。でも、現状、残念ながらまだ多くのアンコンシャス・バイアスや偏見が根強く残っている社会で、そういった理想論を言うのは、いま実際に困っている人を無視しているのも同然で、罪深い。だから、それがあたかもフラットな言葉のように使われるのは違和感がありますね。日本人はEquality(平等)を重視しがちだけれど、現状の差別やバイアスを無視したEqualityはEquity(公平)じゃないんです。女性たちはスタート地点で、キャリアの世界で様々な偏見を受けたり、家事育児の負担が重かったり、いろんなハードルを抱えているんだから、まずはそこを解消してあげないと、本当の公平には繋がらないと思います。だから、みなさんにぜひ覚えてほしいのは「構造的差別」という言葉。「ひとりひとりに差別意識はなくフェアに評価しているつもりでも、そもそもの社会構造が差別的であるために、マイノリティにとって不利な状況が生まれてしまうこと」を指します。
続いてスプツニ子!さんは、国内外のさまざまな事例を紹介。日本のジェンダー後進国ぶりが、まざまざと見えてくる……。

スプツニ子! 女性への構造的な差別は、意外なところにも影響を及ぼしています。たとえば、政治や医療の世界での男性比率が多い結果、女性の健康に大切なテクノロジーが普及しづらくなっていること。それを鮮やかに描き出しているのが、ピルとバイアグラの承認スピードです。避妊だけでなくPMSや生理痛の改善にも効くピルは「女性の性生活が乱れる」という謎の理由から、米国承認の40年後まで日本では承認されずにいました。承認時期は、国連加盟国ではラスト。しかも最後から2番目の北朝鮮より、5年も遅れての承認でした。なのにバイアグラは、米国承認時に副作用で100人以上亡くなっていたにもかかわらず、世界に先駆けてたったの半年で国内承認を受けたんです。どんなテクノロジーが普及していくかには、どんな人がパワーを持っているかが大きく影響してしまうんですね。無痛分娩の普及率も興味深いです。フィンランドは普及率90%、フランスも80%以上と、ヨーロッパではとっくに主流になっていて保険も適用されるのに、日本には「お腹を痛めて産んでこそ母親」という根性論がいまだに根強いせいか、いまだに保険適用外で麻酔医も少なく、いまでもたった6%の女性しか活用していません。

小泉 常識はアップデートされていくし、どんどんデータも変わっていくから、男性も女性もみんなで学び続けなくちゃいけませんね……。
スプツニ子! 今回メルカリがはじめた卵子凍結支援も、appleやGoogleといった海外の大企業では2014年くらいからトレンドになっています。20~30代の優秀なテック系の人材は、仕事と同じくらい大切に、自分自身の家族やライフプランのことを考えるようになっているんですね。そうした状況で彼らが不安なく働くには、もし出産適齢期と言われる時期に仕事に打ち込んでも妊娠の選択肢をなくさないよう、若いうちに妊娠しやすい卵子を保存しておくことも大切だったりする。妊娠出産のタイミングは個人の自由ですし、これは全ての人に必要な技術というわけではないけれど、「もしそれがあなたにとって大事なら支えます」というのがグローバル企業のスタンダードになりつつあります。私自身も仕事が大好きだし、自分の選択肢を広げるという意味で卵子凍結をしました。……ここからはメルカリに媚びてるみたいになっちゃうけど(笑)、その点「merci box」って本当にいい制度ですよね。日本ではまだメルカリでしかやっていないようなサポートが、たくさん詰め込まれている。これからも日本のベンチマークとして、メルカリのダイバーシティ施策をばんばん応援していきたいと心から思ってます!

品川 ありがとうございます、うれしいです。つねづね叫びたいと思っていることがすべて美しく盛り込まれているピッチで、感動しました……!

※アファーマティブアクション…性別や人種などで社会的に差別されている人たちを、さまざまな機会で意識的に採用・登用する措置

メルカリらしい制度、D&Iとは?

D&Iに関する知識をインプットしたところで、トークセッションを開始。まずはメルカリらしい人事制度として知られ、2021年には不妊治療や卵子凍結の支援もはじめたmerci boxについて振り返る。
西丸 まずは2016年にスタートしたmerci boxについて、小泉さんに伺いたいです。国内で前例がないこの制度は、どんな背景から生まれたのでしょうか。

小泉 そもそも、メルカリは「グローバルなマーケットプレイス」というミッションを実現するための組織だから、サービス自体が多様性を持たなければいけないという意識が強くありました。そのためには、多様な社員たちがみんなで「Go Bold」「All for One」「Be Professional」に働かなければならない。そういうベースを考えたとき、働きたくても働けなくなるような環境の問題や精神的な不安は、組織がちゃんと取り除くべきだと感じたんです。それまでの日本企業の福利厚生はアップサイドばっかりで、家賃補助などをなるべく公平に与えていく考え方でした。でもmerci boxでは、ダウンサイドに目を向けたかった。これまでマイナスだった部分を直してコンディションを整えることで、全員がミッション実現に向けて思いっきり走れる組織にしたいと考えたんです。

スプツニ子! 私は最近、日本企業で福利厚生を担当している方のお話を聞く機会が多いんですね。そうした方々はまさに小泉さんのおっしゃるとおりで、本当に強く「平等意識」を持っていらっしゃる。でも、ピッチでもお話したみたいに、まずは構造的差別をなくすことだと思うんですよ。いまは何かしらのマイナスを抱えているけれど、それがなくなればもっとパフォーマンスできる人をちゃんと見ていくことが、本当に大切なんです。現状の空気ってなんというか……私、子どもの頃、日本の小学校に通っていたんですけど、小学校で「そんなの不公平で~す」とか言い合っていたホームルームなんかを思い出します(笑)。それと同じようなことが、残念ながら大人の社会でもあるのかなって。表面的な平等ばかり考えていると、本質的な公平さの問題を見逃しちゃうんですよね。
小泉 確かにそうですね。あと、日本の組織は、マネジメント層と社員に上下関係がつくられて、いわば「縦の関係」になりがちなんです。でも僕はメルカリで、マネジメント層と社員を「横の関係」にしたかった。社員にはまずそれぞれの人生があって、そのパートナーとして僕たち会社が選ばれるというか……社員の人生の一部の時間をいただいて、会社も社員も自己実現を目指しているような関係がいいと思ったんです。そうすれば、社員たちの働きがいを強めたり、働き方を妨げるペインを取り除きたくなったりするのは、当たり前なんですよね。

西丸 近年のmerci boxでは、卵子凍結や0歳児保育の支援を導入したほかに、病気やケガのときに有休を使わずに休める「Sick Leave」の対象範囲が拡大されて、家族やペットのケアにも使えるようになりました。(品川)瑶子さん、利用する社員としてはいかがですか?

品川 私は4歳の息子がいるので、彼が熱を出したときなどにありがたく使っています。merci boxはダウンサイドリスクを引き上げて、誰もがバリューを発揮できるようにするための制度。だからなのか、メルカリにおいて、制度を使うことには後ろめたさがまったくないんです。「これを使ったら、私ばかり優遇されていると思われるかも」とか悩まないで済む。さまざまな属性の人たちが、それぞれ思いきり働くために集中できる制度だなと感じます。
独自の人事制度を充実させてきたメルカリが、最近さらに注力しているのがD&Iだ。メルカリらしい多様性の在り方を探っていくうえではD&I Councilの存在が欠かせない。D&I Leadを務める品川曰く、チームが目指すのは「D&Iを組織のなかで閉じずに、プロダクトアウトすること」だという。

品川 D&I Councilでは、組織とプロダクトの両面から、課題の抽出と解決のためのアクションを考えています。日本企業のD&Iって、女性活躍推進に限られていたり、人や組織をどうするかという話に閉じられたりしがち。でも本来持ちたいスタンスは、D&Iの考え方をどうプロダクトアウトしていくかってことだと思うんです。私たちが、組織の多様な視点を拾い上げられる開発体制をつくっていく。それがきちんとプロダクトに反映されて、メルカリを使っているお客様に届き、社会にもいい影響を与えていく……。そういう、組織の空気が広く世に染み出していくようなイメージを持っています。
それからもうひとつよく話すのは、D&Iを耳ざわりをよくするためだけに使わないこと。D&I推進によって管理経営にメリットがあったり、人材マネジメントが有利になったりするのは、ひとつの側面でしかありません。本当に大切なのは、構造的な差別や機会の不平等をきちんと是正すること。そこをしっかりクリアした結果、組織やプロダクトがよくなっていくのが本質だし、社内でもそこを見失わない伝え方をしていきたいなと思っています。
西丸 経営陣とのディスカッションでは、どんな議題が上がるんですか?

品川 構造的な機会の不平等を見える化するところが一番難しい、って話はよくしていますね。たとえば、女性がどうして少ないのかとか、言語の壁があるのはなぜかとか、そういう理由がすべて本人に起因すると考えてしまう人もいます。でも、いろんなタッチポイントで不公平に除外されている人がいるからこそ、いまの現状がある。その理解を全員同じように深めていくのはやっぱり難しいし、これからの課題ですね。

アンコンシャス・バイアスに向き合って、対話を深めていく

世の中の空気が少しずつ変わろうとしていても、組織の問題はなかなかなくならない。スプツニ子!さんが直面した大学でのエピソードを紹介しつつ、話題は「組織内のジェンダー格差をどのようになくしていくか」へ。

スプツニ子! 大学はレガシーな組織なので、結構ショッキングなことにもたくさん出会います。たとえば、藝大ってオープンなイメージがあるかもしれませんが、私はデザイン科の歴史で初めての女性教授だったんです。学生の7割近くが女の子なのに、デザイン科の10人の教授はこれまでずっと全員男性でした。毎年決める学年のリーダーも、男の子が組長、女の子が副組長という暗黙のルールがあって、それを知った時は本当にびっくりしちゃいました。でも「なんでそんなルールがあるの?」と突っ込んだら、すぐにルールが変わったんです。藝大が積極的に変化していきたかったっていうのもあるけど、日本のそういう場面で若干ラッキーかもしれないのは、海外生活が長いせいか、私が「なんで?」と言っても宇宙人的な扱いで許してもらいやすいことかもしれない(笑)。見た目がもっと日本人らしくて日本育ちだったら、いま以上に抑圧されていたかもしれません。

品川 首もげ(るほど同意)です……!

スプツニ子! そうですよね? 割と今は「ガイコクジンだから仕方ないな」って許されてることもあるような気がします。それでもばんばん言っちゃってるから、根に持った方にあとで後ろから刺されることは何回かありますが(笑)。だから、思うことがあっても言えない女性がいるということをもっと理解して、男性側も女性の話を引き出してくれたらいいなって思います。
品川 あとから「女なのに生意気だ」という感情的なマイナス評価を受けてしまったり、「評価を下げてやる」みたいに報復されるのが怖くて、言わずにいる場面は実はたくさんあります。小さいときからそういう感覚をなじませて大人になると、言わないのが当たり前にもなっちゃうし。

小泉 いわゆる「空気を読む」ってやつね。

スプツニ子! そう、空気を読むことを学んじゃうんですよね……。「女性がいる会議は長い」と森喜朗さんが言ってましたけど、定量的な研究で男女の発言量を比較すると男性の方が圧倒的に長く、多く発言するんですよ(参考資料)例えば、デンマークやフィンランドみたいに議員の男女比が同じくらいの国でも、女性議員は発言が少ないんです。たくさん話すことで「自己主張がはげしい」と思われたり、イヤな目に遭った経験から、女性はつい話さなくなってしまうみたいで。

小泉 女性は、そういう処世術のようなものを嫌でも身につけてしまってるんですね。そこで僕らにできることは、やっぱり意見を聞いて対話をすること。一人ひとりをちゃんとケアして能力を引き出さなければ、組織も引っ張っていけないし、イノベーションも生まれませんよね。改めて、そこは意識していきたいと思いました。
スプツニ子!  ハーバード大学ケネディスクールのイリス・ボネット教授が書いた「ワークデザイン 行動経済学でジェンダー格差を克服する」という本が、定量的なデータ解析をもとにダイバーシティの課題を解決していて、すごくいいですよ。

品川 知ってます! めちゃくちゃいい本ですよね。みんなにおすすめしてます。

スプツニ子! いいですよね。私がこの本でとくに印象に残っているのは「ものすごく優秀で、いい大学を出てシリコンバレーで成功している、情熱的でアグレッシブなベンチャーキャピタリスト」という経歴を、2つのグループの前で読み上げて「この人物のことを好きですか? 一緒に働きたいですか?」って聞く実験です。1つめのグループには、その経歴を持つのは男性の「ハワード」だと伝え、2つめのグループには女性の「ハイディ」だと伝える。そうしたら、ハワードの評価はとても高いのに、ハイディはなぜか嫌な女だと思われてしまったんです。まったく同じ経歴なのに、女性が成功していてアグレッシブだと嫌われやすいという……衝撃じゃないですか? そういうアンコンシャス・バイアスが存在することにぜひ気づいてほしいし、この本を読んだらみんな、驚くことがたくさんあると思います。
品川 (深くうなずく)それって「昇進を打診しても女性は引き受けたがらない」という話にも繋がってると思うんですよね。人の上に立つと、嫌われたり生意気だと思われたりするリスクがあるから、気が進まない。私もたぶんそのうちの一人だし、同じような気持ちで控えめにしている女性はたくさんいるんじゃないかなと思います。

小泉 僕、西村大臣のもとで政府の大企業改革の委員もやってるんですけど、その議論の場でまさにそんな話題が出ました。「女性を引っ張り上げたいのに断られる」って、大企業でものすごく多いらしいですね。「この人みたいになりたい」「こういう道もあるんだ」っていう女性のロールモデルをしっかり提示しないと、多くの人が選択肢に気づけないから、なんとか方法を考えていかなきゃいけないなって思います。

スプツニ子! ロールモデルがいれば、絶対に自信が持てますよね。私は子どものころ日本で育ったから、すごく不安でしたもん。大学の先生にも政治家にもビジネスマンにも、女性がいない。じゃあ私は、大人になったら一体どこへ消えてしまうんだろう……って心細く思ってました。
西丸 そんな状況で、瑶子さんはD&I Leadとしてこれからどんな取り組みをしていきますか?

品川 これまでの3年は、組織にどう浸透させていくかにフォーカスして活動をしてきました。そしてここからは、アプリにどう反映させていくかに注力したいと思っています。たとえば、身体的な障害がある方も難なく使える機能にアップデートするとか、アクセシビリティの向上に目を向けていきたい。一方で、採用や登用・異動・アサインなどのいろんなところに潜んでいる構造的な機会の不平等に、みんなが自然と気づける体制をつくっていけたらと思いますね。それにはやっぱり、HRデータの活用が必要。いまみたいに一部の人間だけがデータを見て不平等を見つけるんじゃなく、リーダーシップ層が自由にデータを見て仮説を立てて、課題を抽出してアクションプランまで考えられるような組織にしていきたいです。……すごく時間がかかりますけど(笑)。

西丸 具体的なスキルや方法はこれから磨いていくとしても、数値目標だけを追わないのは、メルカリらしいD&Iのスタンスですね。
品川 そうですね。目標数値だけを置いてしまうと、本質を見失って「数字達成だ!」みたいな組織になってしまうことが危惧されるので。ただ、「女性従業員比率何%」みたいな目標を置かないことで、逆に「本気で取り組んでいないんじゃないか?」という批判が社内外に一定あることは理解しています。だからこそ、いろんなタッチポイントで定量的なKPIをおき、データドリブンに改善策を立てていくつもりです。「女性が足りないから数合わせで採用・昇進させちゃおう」といった、数字合わせの誤魔化しに走ることができない、サステナブルな仕組みを作りたいんです。

小泉 瑶子さんが話してくれたとおりですね。僕なりにひらたく言うと、D&Iって「誰もが笑顔で居場所があること」だと思うから、引き続きそういう組織をつくっていきたいです。

西丸 スプツニ子!さんが仮にメルカリの社員だったとしたら、メルカリのD&Iにこれから期待することはありますか?

スプツニ子! 私は会社に就職したことがないので、制度についてどこまで分かっているのかなって感じなんですけど……(笑)。しいて言うなら、多様な家族のサポートもやっていけたらいいと思います。海外だと、LGBTの女性カップルがさまざまな制度を利用して子どもを授かることができたり、セクシャリティにとらわれないいろんな家族の形があるんですよね。今後はそういう多様な生き方や家族のサポートも、とても大切になってくると思います。でも、まずはすでに育児も卵子凍結も様々な支援があるし、とても良いんじゃないですか? 日本の企業は、率先して新しい制度を取り入れているメルカリのことを、ちゃんと見ているはず。「メルカリがあっちの方向を指してるぞ」っていうのは影響があると思うから、誰もが輝けるような未来にメルカリがダッシュしているのは、すごく心強いです。そのまま、どうか日本ごと変えていってほしいと思っています。

スプツニ子!
英国ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学科および情報工学科を卒業後、英国王立芸術学院(RCA)デザイン・インタラクションズ専攻修士課程を修了。RCA在学中より、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた映像インスタレーション作品を制作。最近の主な展覧会に、2019年「未来と芸術展」(森美術館)「Cooper Hewitt デザイントリエンナーレ」(クーパーヒューイット、アメリカ)、「BROKEN NATURE」(第22回ミラノトリエンナーレ,伊)、2017年「JAPANORAMA」(ポンピドゥーセンターメス、仏)2016年「第3回瀬戸内国際芸術祭」(ベネッセアートサイト直島)、「NEW SENSORIUM」(ZKMアートセンター、ドイツ)、「Collecting Future Japan – Neo Nipponica」(ビクトリア&アルバート博物館、イギリス)など。2013年よりマサチューセッツ工科大学(MIT) メディアラボ 助教に就任し Design Fiction Group を率いた。現在は東京藝術大学デザイン科准教授。VOGUE JAPAN ウーマンオブザイヤー2013受賞。2014年FORBES JAPAN 「未来を創る日本の女性10人」選出。2016年 第11回「ロレアル‐ユネスコ女性科学者 日本特別賞」受賞。2017年 世界経済フォーラム 「ヤンググローバルリーダーズ」、2019年TEDフェローに選出。著書に「はみだす力」。

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