福里真一さんはこれまで、サントリー「BOSS」の「宇宙人ジョーンズ」やトヨタ自動車の「こども店長」など、多くの人の記憶に残っているであろう名CMをいくつも手がけてきた。本人が本インタビューの中で言及しているとおり、自分たちの日常と地続きにある世界観は老若男女を問わず共感を呼んでいるが、その手腕は「メゾンメルカリ」でもいかんなく発揮されている。
タモリさんが管理人を務めるマンション・メゾンメルカリには多種多様な人たちが暮らしていて、みな各々のやり方でメルカリを活用している……ファンタジーのようで現実の写鏡のようにもみえるこのCMは、はたしてどのようなプロセスをへて生み出されたのだろうか。CM全般の裏側も含めて、福里さんに詳しく訊いていく。
なお、今回はメルカリCBO兼CMOの野辺一也とMarketingマネージャー星賢志が聞き手を、またContentsマネージャーの宮川直実が進行を務めた。
(執筆/長畑宏明、撮影/玉村敬太、編集/メルカリマガジン編集部)
※対談・取材は飛沫防止シートの使用や除菌を徹底した上で行っております
福里真一(ふくさと・しんいち)
1968年鎌倉生まれ。一橋大学社会学部卒業後、 1992年電通入社。2001年より「ワンスカイ」所属。 いままでに2000本以上のテレビCMを企画・制作している。 主な仕事に、吉本総出演で話題になったジョージア「明日があるさ」、 樹木希林らの富士フイルム「お正月を写そう」、 トミー・リー・ジョーンズ主演によるサントリーBOSS「宇宙人ジョーンズ」、堺雅人らのCRAFT BOSS「新しい風」、 トヨタ自動車「こども店長」 「ReBORN」 「TOYOTOWN」、 ENEOS「エネゴリくん」、東洋水産「マルちゃん正麺」、 ゆうパック「バカまじめな男」、LINEモバイル「LINEモバイルダンス」、メルカリ「メゾンメルカリ」など。
野辺一也(のべ・かずや)
株式会社メルカリ メルカリジャパン CBO 兼 CMO 執行役員 VP of Business Operations/学生時代にIT系ベンチャー創業。事業売却後に外資系コンサルティング会社にて事業戦略・マーケティング等のプロジェクトを担当。2007年に株式会社リヴァンプ立ち上げに参画。2013年から株式会社ローソン上級執行役員マーケティング本部長、オイシックス、ロイヤリティマーケティング(ポンタポイント運営会社)などの社外取締役も務める。2019年2月より、現職。
星賢志(ほし・けんし)
株式会社メルカリ マーケティングマネージャー 数社でのオフライン/オンラインのマーケティングリードを経て2018年にメルカリにジョイン。TVCMなどMass領域のMarketingを軸に、テレビ局連動の番組制作やSNS、OOH等を絡ませた立体化など幅広いコミュニケーション戦略を展開している。個人としてサステイナブルなベンチャー企業のCMOも兼任。
「CMプランナー」という仕事の中身やいかに。
福里 いや〜、正直言ってやりづらいですね(笑)。ふだんはこちらからメルカリさんに提案して、厳しいご指示をもらう立場なので。「ぜんぜん違う! 出ていけ〜!」なんて言われながら。
野辺 あの、福里さん、本気に捉える人がいそうなので勘弁してください(笑)。
福里 はい、失礼しました(笑)。
宮川 メゾンメルカリへの世の中の反応を、野辺さんはどのように受け止めていますか?
野辺 このシリーズのCMが始まって1年半が経ったんですが、GMV(流通取引総額)はじめ、CMが放映されてからの数値は軒並み順調です。何より、まわりの人たちから「タモリさんのCM観たよ」と言われることが多くて、そこに手応えを感じていますね。
宮川 CMは企業のマーケティングの太い柱で、影響範囲が広いですよね。福里さんからCMプランナーというお仕事について、改めて簡単に解説をお願いできますか?
福里 この職種の中身って、広告業界以外の方はよくわからないと思うんですよ。実は日本にしかない職種だともいわれていて。海外ですとCMはコピーライターとアートディレクターが中心となって作られます。日本ではテレビが出てきた際、テレビ局の人手が足りないということで電通という広告会社の中にもテレビ番組を作る部門が出来ました。その流れで電通が、その番組で流すCMも一緒に作っていたという背景があります。
星 そこって、いわゆる「広告」を作っているところとは別の部署なんですか?
福里 最初はそうです。ただ、次第にテレビ番組はテレビ局のほうで作るようになって、電通はCM制作だけを担うようになりました。その時点からテレビCMを作っていた人々がいわゆる広告制作部門に合流して、CMプランナーという職種も誕生したという流れです。
福里 一番わかりやすく言うと、テレビCMの脚本家ですね。とはいえ、いきなりCMのストーリーを考えるのではなく、まずそのCMが何を目指すのか、広告の目的といったことから考え始めて、最終的には、出演者のセリフを含めた脚本を書いていきます。演出と編集はまた別のCMディレクターという人が手がけるので、その点でも、映画やドラマの脚本家と監督という役割分担を思い浮かべてもらうと早いかもしれません。ただ一つだけ映画やドラマと異なるのは、CMプランナーは「クライアントと約束した人」としてずっと現場にいるということ。やや中間管理職的な立場というか、いろんな人から責め立てられる職種なんですよ。
宮川 というのは?
福里 CMを実際につくるディレクターをはじめ現場の人たちは職人なので、みんなこだわりがあるじゃないですか。一方、広告主は広告主で譲れないポイントがあるので、実際に制作が始まるとCMプランナーはその間に入る。現場の人からは「広告主の犬だな〜」とか、広告主からは「どっちむいて仕事しているんですか」なんて言われて誰からも怒られるポジションなんです(笑)。だから、今日みたいに「ゲストです」なんて呼ばれると、裏になにか企みが隠されているんじゃないかって疑っちゃうんですよ。
野辺 福里さんが先ほど警戒されていた理由がやっとわかりました(笑)。
星 何も企んでないですからね(笑)。
宮川 福里さんご自身が手掛けたCMのなかで、とくに印象に残っているものはありますか?
福里 はじめて自分が企画したCMがヒットしたという実感があったのは、「明日があるさ」の替え歌が流れるジョージアという缶コーヒーのCMですね。そのときは世紀の変わり目で、クライアントから「日本が不況で沈んでいたところから前向きになっていく後押しをするような広告を」というオーダーがありました。「明日があるさ」って本来は「今日も告白できなかった、だけど明日がある」という片想いの歌なんですね。だから、そのまま使うと前向きなメッセージにならないなと思ったので、歌の前半に「働く人たち」の感情を替え歌として入れて、そこから従来のサビにつなげてみたんです。ちなみに、CMで歌っていただいたトータス松本さんがウルフルズとしてこの替え歌バージョンを後日CDにして発表されたんですが、今でもカラオケで歌うと「替え歌・福里真一」というクレジットが出ますので、ぜひ確認してみてください(笑)。
メゾンメルカリという新たなフレーム作り。
福里 そうだ、そういえば今日のメインテーマは何でしたっけ?
宮川 「CMから考えるメルカリ」です(笑)。
星 メゾンメルカリの裏話的なことですよね。まずは野辺さんから、これまでのメルカリのCMについて感じていた課題について、お話しいただいてもいいですか?
福里 自分もまったく同じことを思っていまして、一つ一つのCMはたしかにおもしろい。ただ、全体として「これがメルカリ」というものが蓄積されていかないのが問題で、これ以上単発で何かをやってもメルカリというブランドのためにはならないと。そこでまず取りかかったのが、メルカリにとっての「言葉」を探ること。たとえCMに登場するタレントさんがその時々で変わっていくことはあっても、言葉さえあれば目印になりますよね。そこで私たちが提案したのが、「国民的フリマアプリ」というキャッチフレーズ。老若男女みんな関係があるサービス、かつ誰でも安心して使えることをアピールしたかった。
星 そのキャッチフレーズは社内でも話題になりましたね。
福里 ありがとうございます。で、この言葉に一番似合う人を考えたときに、タモリさんだな、と。たとえば、タモリさんは『世にも奇妙な物語』で語り部役をやっていますが、普段からそうやってすべてを俯瞰している存在感がありますよね。メルカリという存在も、どこか地球を俯瞰していて、その上で個人が勝手に直接つながっている印象がありました。その立ち位置がタモリさんと似ていると思ったんです。
福里 あれだけの大物の方ですからね。勇気ありますね(笑)。
野辺 (笑)。CMの中でタモリさんがいきなり“メルカリ推し”にならず、ふだんと近いスタンスになったのが良かったです。
福里 タモリさんは素直に思うことを自由に言って成立している稀有な方ですよね。『ブラタモリ』でもフツーに思ったことしか言わないじゃないですか。だから私も何かを無理やり言わせるのが嫌だったんですよ。「うーん、これだけみんな使っているんだから、メルカリって普通なのか〜?」みたいなテンションの方が、ご本人には合っている。
野辺 そういえば、このまえ現場に伺ったときも、タモリさんは「ふだん通りやっているだけだから楽なんだよね」とおっしゃっていました。
星 むしろ、「タモリさんはメルカリをいつ使ってくれるんだろう?」というのが継続的に展開するCM全体の引きになっていますよね。
福里 あとは、コロナ禍でみんな家にこもっていた状況も大きかった。どこにも遊びにいけないからメルカリやってみようかなという人が増えたタイミングでこのCMが流れ始めたので。
宮川 福里さんのまわりで反響のようなものはありましたか?
福里 「auといえば三太郎」「ソフトバンクといえば犬のお父さん」というように、「メルカリといえばメゾンメルカリとタモリさん」というイメージが、この1年でだいぶ浸透してきたような気はするのですが、どうでしょう。CMの冒頭に毎回出てくる、アートディレクター佐野研二郎さんによるメゾンメルカリのデザインも印象的ですよね。メゾンの建物がメルカリのロゴの形になっていることをちゃんと社員のみなさんは気付いていますでしょうか(笑)。
福里 CMなので、そのときに“旬”といいますか、いまと呼吸している感じの方ということを念頭に置きました。また、伊藤沙莉さんはOL代表、高橋メアリージュンさんは主婦代表、宮下草薙の草薙さんが大学生代表と、それぞれのターゲットも意識しましたね。
宮川 その中で(宮下草薙の)宮下さんだけが職業を転々としている役柄ですが、その意図も教えていただけますか?
福里 実は、「ジョージア」でもこの方法論を使っていて、その時は松本人志さんを「自由に生きている人」という設定にしていたんです。そういう人がいた方が、全員役割が固定されているより、表現の幅が広がるんです。
野辺 僕が現場で強く印象に残ったのは、伊藤沙莉さんの表現力なんですよ。ちょっと驚きましたね、すごすぎて。今回、ちょうど賞(ブルーリボン賞の助演女優賞)をとられたタイミングでキャスティングできましたよね。
福里 ずっとテレビ画面を観ている人なんて稀で、たいていは音を聴いて振り返ることが多いので、CMって声がすごく大事なんですよね。伊藤さんの声は特徴的だし、しかも早口で喋れるのがありがたい。
野辺 そういえば、「このメッセージを入れたい」「秒数が限られています」「どうしても」「伊藤さんだったら入るかも……あ、いけました!」みたいなやりとりがありましたね(笑)。
星 メルカリの新規獲得のペインを払拭する手段として、機能訴求の軸も展開できました。
野辺 まさにそう。「匿名配送」とか「バーコード出品」って、会社のスタッフからすれば当たり前すぎて、「そんなの、今さら訴求しても響かないんじゃない?」と思われがち。でも、伊藤さんが「こうやるんだよ」って説明してくれるとやっぱりわかりやすい。
福里 広告会社の人って、「1年目はこれを伝えて、次の年はこれを伝えて」という風に時系列で考えてしまうんですよね。繰り返しを避けたがる。でも、当たり前のことですが、一般の人たちはその企業のCMをずっと追っているわけではないので、同じことを繰り返し伝えることが必要なんです。缶コーヒーの「BOSS」のCMを例に挙げると、あの中で伝えている「働く人のそばにいますよ」というメッセージは長年変わっていません。
星 たしかに福里さんが手がけられたCMの中には、長く続いているシリーズも多いですよね。
福里 「〇〇が“なんとなく”好き」みたいな感じで、人がものを選ぶ理由って実は曖昧なもの。で、その“なんとなく”っていうのは、広告が作り出したモヤモヤモヤっていう「空気」であることも多いんですよ。だから、広告がつくり出す空気が一貫したものでないと、商品にモヤモヤっという衣がくっついていかない。それにその商品の広告が商品と同じくらい有名にならないと、商品を助ける力にならないとも思うんです。だから、メゾンメルカリの広告はメルカリのサービスと同じくらい有名になったときに、もっと力を発揮し始めるんだと思います。
宮川 ちなみに、CMがバズることは意識しますか?
福里 一言で「ネットでバズった」といっても、その実数はわからないですよね。もちろん話題になる、ということは昔から大事にしていて、メゾンメルカリの中でも、たとえばタモリさんと草彅さんが出会うシーンは話題になるかもしれない、とかは考えますが、いずれにしても、テレビのCMはネットより大きな数に向き合っているので、「バズる」ということを必要以上に意識しすぎず「より多くの人に届けること」を一番に考えていこうと思っています。
今を抜けた先にあるメルカリとCMの話。
福里 私は自分で「非クリエイタータイプのクリエイター」だと思っています。「クリエイタータイプのクリエイター」は自分の中にいつも表現したいことがあって、企業の課題とそれを結びつけるから、作家性が表に出やすい。私の場合は、広告主からオリエンテーションをうけてその都度ゼロから考えていくので、作風がない。ただ、その中で型のようなものがあるとしたら、日々の暮らしの中に商品がある、普通の人たちと商品との関わりを描く、という部分かもしれませんね。
宮川 企画の際、企業のことはどのくらい調べるんですか?
福里 CMを考える人として、“通りすがり感”が大事だなと思っているので、基本的にあまりリサーチしないんですよ。これまでメルカリと関係なく生きてきた人がどう思っているか、そこからスタートしないと、遠くの人に届くものにならない。逆に中身のことは広告主さんが一番よくわかっているので、お聞きすればいいですもんね。
星 なるほど。タモリさんを起用した意図にも通じる話ですね。
福里 そうですね。私もタモリさんもメルカリとカンケイない人代表、でいることが大事なのかと思います。
野辺 そもそも、マーケティングの担当者ほど新しいものにトライしたがるじゃないですか。その環境でどうやって継続的なマーケティングにつなげていくんですか?
福里 いまお話ししたようなことを伝えるだけですね(笑)。日本の企業はだいたい2年ごとに担当者が変わってしまうので、おっしゃるように新しいことをやりたがることが多いのは事実ですね。それはまさにみなさんにかかっているわけですが、メゾンメルカリの良いところは、「場」が企画フレームになっているので、タレントさんは変わっても続けていきやすいとは思います。
星 やっぱり最初に「場」を作ってしまうのが安定しやすいと。
福里 それ以外で続けやすいのは、「エネゴリくん」みたいなオリジナルキャラクターですね。ぜったいにスキャンダルを起こさないし、老いることもないから(笑)。
宮川 福里さんって、CMのトレンドとかは気にされるんですか?
福里 広告賞の審査作品なんかでたくさんの広告をみていると、真面目な広告が最近すごくふえています。というのは、社会的な課題を企業のミッションとむすびつけて、そこに対してどう答えていくかを真面目に訴求する広告。コロナ禍よりもすこし前から、環境問題とかダイバーシティにからんだ広告が増えたのは間違いない。メルカリさんも社会の流れに沿った価値観を持つ企業だと思うので、CMにも反映させられるところはありそうですよね。
星 まさに、メルカリは「循環型社会」という理念があるんですが、それを伝えようとするとどうしても“真面目”になってしまう。
野辺 まさにその通りだと思いますよ!(笑)。
宮川 では、今後の打ち出しについてはすでに考えられていることはあるのでしょうか?
福里 それもみなさん次第だとは思いますが、「地球的フリマアプリ」とでもいうか、日本だけでなく地球規模で、というところは今後広がっていきそうですよね。
野辺 メルカリのミッションの一つにも「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」というものがあって、まさに世界というワードが入っているんです。個人的には、USでの展開も広がってきている中で、日本とそこがつながったら何ができるのか、その価値創造について伝える時期にきているような気がしています。
星 コロナ禍以降のCMはどうなっていくのか、ということも気になっています。
福里 うーん、コロナの収束がいつなのかも含めて、やっぱりわからないところが多くて……企画すること自体が難しい状態です。ただ、コロナもそうですがオリンピック・パラリンピックというものが終わったあとは、多くの人がいわば他人が決めた目標といいますか、そういう重い荷物を取り払ったような気分になるんじゃないかなと。そうすると、それぞれの人が「自分が目指したいものに勝手に向かっていっていいんだ!」という気分になるはず。その気楽な感じを表現してみたいですね。
宮川 というあたりで、お時間いっぱいとなりました。本日はありがとうございました!
福里 はい、この話の内容でクビにならないことを祈っています(笑)。
福里真一(ふくさと・しんいち)
1968年鎌倉生まれ。一橋大学社会学部卒業後、
'92年電通入社。'01年より「ワンスカイ」所属。
いままでに2000本以上のテレビCMを企画・制作している。 主な仕事に、吉本総出演で話題になったジョージア「明日があるさ」、 樹木希林らの富士フイルム「お正月を写そう」、 トミー・リー・ジョーンズ主演によるサントリーBOSS「宇宙人ジョーンズ」、堺雅人らのCRAFT BOSS「新しい風」、 トヨタ自動車「こども店長」 「ReBORN」 「TOYOTOWN」、 ENEOS「エネゴリくん」、東洋水産「マルちゃん正麺」、 ゆうパック「バカまじめな男」、LINEモバイル「LINEモバイルダンス」、メルカリ「メゾンメルカリ」など。