小林武史が音楽と環境をつないだ20年「こんな毎日が続くはずないと、いつもどこかで思っていた」

好きなものと生きていく #26

Mr.Chirdren、My Little lover、サザンオールスターズーー1980年代から数々のヒット曲を手がけてきた、音楽プロデューサーの小林武史さん。その一方で、2003年に桜井和寿さん、坂本龍一さんと非営利組織「ap bank」を設立し、環境問題に独自のアプローチで取り組んできた。東日本大地震後は被災地への復興支援をつづけ、2017年に東北・石巻にてアートと音楽と食の総合芸術祭『Reborn-Art Festival』を立ち上げた。

音楽活動と連鎖させるように、20年前から「持続可能な社会」を本気で模索してきた小林さんが、昨年ひとつの集大成としてサステナブル ファーム&パーク「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」を木更津の広大な土地にオープンさせた。
小林さんが実現しようとしている未来には何があるのか。音楽家としての活動と環境への取り組みの関係はどのようなものなのか。これまであまり語られなかった、その関係性にも踏み込んで話を聞いた。(執筆/牧信太郎、編集/メルカリマガジン編集部、撮影/岩澤高雄)

90年代は太陽の届かないスタジオにこもっていた

早くも春の訪れを感じさせるクルックフィールズにて

1980年代から音楽プロデューサーとして、数々のヒット曲を手がけ、休むことなく働いていたという小林武史さん。30代後半までは連日連夜スタジオに篭り、日光が届かない場所で毎日を送っていた。40歳に差しかかる頃に水泳やスキューバダイビングをはじめ、それまで日常生活の中で感じることのなかった、海や太陽光の気持ち良さに気づいたという。

「スキューバダイビングには、海の中で呼吸をして無重力になれるような感覚がありました。自然と直に触れ合いながら身体を動かすことで、都市生活の中では感じることのできなかった地球の力を強く体感できました。当たり前のことなんだけど、海があってそこに生き物がいて、生態系のつながりが確実に存在していて、地球そのものが太陽のギフトから成り立っていることを実感したんですよ。太陽光と共に生きる豊かさを知ることができましたね。それまでは本当に、薄暗くて外界から遮断されたスタジオにこもりきりだったんです(笑)」

小林さんが30代後半に差し掛かった1990年代後半は、日本音楽史の中でCDアルバムが最も売れていた時期だ。自身では、My Little LoverやYEN TOWN BANDのプロデュース、Mr.Childrenのアルバム「深海」などの音楽制作に打ち込んでいた。数々のヒット曲を手がける一方、こんな右肩上がりの経済が続くことはないと、どこか冷静に感じていたという。徐々にスタジオの外で過ごす時間も増やし、自然と自分の関係をぼんやり考え直していたのと時を同じくして、2001年アメリカで同時多発テロが起きた。

「全世界を震撼させたあの事件は、単に日本から遠く離れたアメリカでの突発的な悲劇であるだけはなく、政治と経済そしてエネルギー問題など、わたしたちの生活とも複雑に関わりあう中で起きていました。あの事件を目の当たりにし、自分自身も音楽を作るだけはなく、未来のために『持続』していける社会を、自らの手で選んでいくためになにができるだろうと考えはじめたんです」

自分たちの消費や経済活動も続けながら、環境問題を考えるのが重要

そうして小林さんが2003年に立ち上げたのが「ap bank」だ。環境に配慮したプロジェクトへの融資を行う非営利団体として動き出し、2005年には自然の中で音楽を聴きながら環境問題を考えてもらう場として野外音楽フェス「ap bank fes」をスタートさせた。その収益を有志や被災地ボランティア活動に充てることで、音楽を通して人々の想いが自然へと循環していく形を生み出してきた。

「『ap bank』では、自然エネルギーや環境プロジェクトなどへの融資を行っていたんですが、融資というのはいわば背中を押して『あとは頑張ってください』と祈っていくしかないんですよね。出来ることが限られているので、もどかしさがありました。その中で『やはり自分たちでも環境と消費を考えるための“実践の場”を立ち上げるのはどうか?』という声がスタッフからあがってきたのです。そこでお金を集めて融資するだけでなく、05年『kurkku』を立ち上げ、都内にレストラン、カフェ、雑貨、グリーンショップの形でオープンしました。自分たちの消費・経済活動も続けながら、環境問題のことを考えることが重要と考えていたので、この流れは必然だったと思います」

しかし「自然に優しい、環境に負荷をかけない生活」と言葉にするのは簡単だが、それを私たちの普段の暮らしと両立させることは簡単でない。「kurkku」の活動を続ける中でも次第に新たなジレンマを感じるようになり、それが“実践の場”のさらなる進化系とも言える「KURKKU FIELDS」の立ち上げにつながったという。
2019年11月2日千葉県木更津市にオープンした「KURKKU FIELDS」では、約30ヘクタールもある広大な敷地の中に、「FARM」「EAT」「ART」「PLAY」「STAY」「ENERGY」「NATURE」などのテーマがある。有機農産物や鶏卵の生産、ベーカリーやダイニング、宿泊施設の運営、アート作品の展示、そして2Mkw/hの大規模な太陽光発電所を設置し、施設内の電力の一部をまかなっている。そこにあるのは「生活」そのものだ。

「セレクトショップとして環境負荷の低い商品を提案するということだけでは、限界があります。『家計が苦しいときに激安ショップでモノを揃える』という経済原理には敵わないですよね。生活が大変な時に『環境に配慮した大根はどうですか?』とメッセージを送っても響かないので、やはり人間の感覚のもう少し深いところで、環境問題や自然の循環を考えるきっかけを伝えていくことが必要だなと。そこで、自分たちが『何とどこで生きているか』に想いを馳せることができる場所、「ファーム・アンド・ステイ」のような場を作ろうと思いました。まずは楽しむ目的で遊びに来てもらって、騙してでも(笑)、みんなに自然の中に身を置いてもらうのがいいかな、と。情報を集めて色々なところを見に行ったりしていたのですが、知り合いから木更津のこの広大な土地を紹介してもらいました。そこで「ap bank」や「kurkku」で働いているスタッフ数人がこの土地に入って、自分たちで開墾しはじめたのが「KURKKU FIELDS」の始まりですね」

新しい音楽の響かせ方を考えたとき、そこには自然があった

写真提供:クルックフィールズ

実際にこの農場を訪れると、その開けた空間が心地よく、様々な角度から自然を楽しめる仕掛けがあることがわかる。また立地としても、都市生活と遠すぎない木更津という場所にこの農場をつくったことは興味深い。アクアラインを使えば都心から車で1時間程度、千葉県の北部のように開発が進んでいるわけではないが、自然やさまざまな生態系が多く残っていて海も近い。そこに住んでいる人々にも多様性があって面白いという。

「いま木更津は、さまざまなものがシャッフルされている土地です。ここは昔ながらの「里山的」なものと、人間は自然の一部だとあえて言わなくてもわかっているような人たち、そして環境への意識を持って新しく入ってきた人たちが、混ざって共存しているように思います。このファームの近くには、バイオ関連の研究所があるんですよ。向こうでは遺伝子組換えの研究をやっているところがあって、こちらでは有機農法をやっているという(笑)、いろんなものが混ざっていて、ユニークな多様性が生まれている場所で、そこが面白いところですね」

小林さんは以前に、「『ごちゃ混ぜ』という感覚は、サステナビリティ(持続可能性)のある未来のために(中略)必要な言葉としてずっと頭にありました」と発言している。役割の異なるものが分離・独立するのではなく、たとえ対立する要素でもごちゃ混ぜに、ゆるやかに関わりあうことこそが重要だという。この感覚は、本来あるべき多様性に満ちた生態系をイメージするときに重要だ。と同時に、音楽がさまざまな音が独立することなく、その組み合わせや周波数の重なりで、楽曲として成立していることを考えれば、この発言は音楽家と、ap bankの代表理事として環境問題へ取り組んできた小林武史をつなぐ言葉のようにも感じられる。

「僕の中で、音楽と自然のイメージは重なります。この場合の音楽は、いわゆる自分たちが親しんできた「西洋音楽」じゃないんですよね。始まりと終わりが曲線でつながっていて、単一の時間軸のなかで曲として成立しているような西洋音楽の構造とは違ったものかなと思います。自然や生態系の中に、生まれて、途切れて、消えていくようなことが永遠に続いていく音が組み込まれている、そんな複雑で有機的な広がりを持った音楽のイメージなんです。そしてその音の鳴らし方や響き方、音色は、すでに頭の中にありますね。『Reborn-Art Festival』で演奏した『BGM for the ART(アートのためのバックグラウンド・ミュージック)』のシリーズなどがそうです。「KURKKU FIELDS」での音の鳴らし方もいよいよ考え始めていますよ。近いうちにここで音楽のイベントも開催しようと考えているんだけど、そこでの音の鳴らし方は進化したアンビエント・ミュージックと言えるものになるかもしれないですね」

小林武史にとって、音や音楽の響き方について考えることは、自然や生態系のことを考えること、そして、あらためて「自然」を人間の中に響かせることとつながっているのかもしれない。

「人間は自然の一部なので、自然との共鳴を感じることができるかどうかが重要です。本当の意味で、その姿勢が問われている時代だと思います。戦後以降、経済成長を重視するあまりに、自然に向かう、触れ合う感性をおろそかにしてきてしまった歴史がありますよね。僕が感じるのは、自然や過疎というような、経済原理からすると「影」になるようなところに「命」が宿っているということです。歴史や地域のスピリチュアルなもの、場合によっては妖怪みたいなよくわからないものを含めて、八百万の神的なものとの結びつきを感じることがあるんです。『KURKKU FIELDS』のような自然の中にいるからこそ得た感覚かもしれませんね」

「KURKKU FIELDS」は現段階で全てが完成している訳ではない。昨年の11月が第1期のオープンで、第2期のオープンは今年の秋以降を予定しているという。完成のイメージはどのようなものなのだろうか。

「今が6割5分くらいで、9割くらいまでは見えています。1年半後には9割が完成する予定です。具体的なことはまだ言えませんが、第一の目標は、滞留時間を長くしてもらうこと、その中で、ここに来た人の時間や自然観が面白く変容するようなものになるといいなと。自然の中にある微小な世界からの命のつながりが、ここにあるのは間違いないので、それらを体感しながら気持ち良く彷徨える場所になるといいなと考えています」

小林武史(こばやし・たけし)
音楽家、ap bank代表理事。
サザンオールスターズやMr.Children、宮本浩次といった日本を代表する数多くのアーティストのレコーディングやライブプロデュースするほか、映画音楽なども手掛ける。
2003年に “サステナブルな社会” をテーマに取り組む非営利団体「ap bank」を立ち上げ、自然エネルギーの推進や野外音楽イベント「ap bank fes」を開催。東日本大震災以降は被災地支援を行い、2017年より宮城県石巻市牡鹿半島にてアートと音楽と食の総合芸術祭「Reborn-Art Festival」を実施、2019年は述べ44万人が来場した。
2005 年には “サステナブル” をコンセプトに経済社会のなかで実践していく運動体として「kurkku」をスタート。2010年には農業生産法人「耕す。」を立ち上げ、食の根幹である一次産業としての農業に着手。食の循環を可視化するプロジェクトとして、2019年千葉県木更津市に「KURKKU FIELDS」を第1期グランドオープンした。

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メルカリマガジン編集部

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