趣味2021.05.17

スパイスカレーの原点をつくった「姉と私のチキンマサラ」──メルカリ食堂 印度カリー子

心に残る料理やレシピ、キッチンアイテムを紹介いただく「メルカリ食堂」。第4回は料理研究家でスパイス初心者のための専門店 香林館(株)代表取締役、『ひとりぶんのスパイスカレー』の著者、印度カリー子さん。スパイスカレーの伝道師としてさまざまなメディアで活躍する印度カリー子さんにとって「忘れられない味」とは?
(取材・構成/宗像幸彦、編集/メルカリマガジン編集部)

「料理の不思議」を覚えたのは焼きそば

私は小さい頃から食べることが大好きな子どもでした。
 
我が家はかなりの大食い一家で、カレーの食べ放題にもよく連れて行ってもらいました。ただ、当時実はツンとくる香りの強いものが苦手で。インドカレーが特別に好きというわけでもなく、まだナンプラーを使ったタイカレーのほうが好みでした。
 
思い出に残っているメニューのひとつに、小1の時に初めて自分で料理して作った焼きそばがあります。親からもすごく褒められたこともあって、自分のなかでも成功体験として残っていて。おそらくそれが料理の魔力に取り憑かれるきっかけにもなったんだと思います。
 
焼きそばの材料って、麺、キャベツ、もやし、にんじん、豚肉、ソースあたりだと思うんですけど、それぞれの食材を別々に食べても想像どおりの味しかしないのが、フライパンで一緒に炒めるだけで美味しい焼きそばになるじゃないですか。子ども心にあれが不思議で。
 
ケーキもそうですよね。生卵だけ飲んだり、小麦粉だけを食べても美味しくないのに、混ぜ合わせて加熱することで美味しいケーキができる。
 
カレーもこれと同じ。具材の取り合わせに加えて、単品では苦かったりヘンな臭いだと思っていたターメリックとかシナモンを、ほんの微量合わせるだけでケミストリーが生まれ、美味しいカレーができ上がるんです。子どもの頃、不思議に思ったことを今もそのまま実践している感じですね。

人生初の手づくりスパイスカレーはまさかのダメ出し

カレーづくりの基本、玉ねぎを炒める工程

カレーについての思い出で真っ先に思い浮かぶのが、姉に作っていたカレーです。大学入学のために上京したとき、同居していた姉がインドカレー好きだったので、食べさせたいと思ったんですね。姉は小さい頃からなんでもできて私よりも優秀だったから、「認めてもらいたい」という気持ちも強かったのだと思います。
 
でも、当時はスパイスを使ったカレーの作り方なんか全然わからなかったので、入り浸っていた新宿区の中央図書館でまずレシピ本を読み漁りました。いろいろなレシピを調べていくと、共通するスパイスって、結局はいくつかに絞られてくるんですよ。そこから「最低限のスパイスで作れるカレーのレシピ」を割り出していって、「これならいける」と確信して。
 
なぜそこまでスパイスを絞り込んだかというと、数をそろえる経済的な余裕もなかったこともありますが、自分がケチなので「余るのが嫌」なんですね。食材が余ってしまうと自己嫌悪に陥るので、どうしても効率性を重視しちゃうんです。
 
そんなわけで姉に喜んでもらいたい一心で生まれて初めてチキンマサラを作ってみたんですが……。そのとき姉はなんて言ったと思います?
 
答えは……ノーコメント。口をつけてから食べ終わるまで、終始無言だったんです。
 
食後、食器を洗いながら「どうだった?」と感想を聞いたら、姉いわく「カレーじゃないね」と。私は内心自信があったので愕然としました。でも、よく考えたらいくら自分の頭のなかだけで練り上げたところで、少なくとも姉が認めるようなカレーは作れないんじゃないかと気づきました。
 
後から、姉に当時のことを聞いたんですが「ここで認めてしまうと、妹は学ぶのをやめてしまう」と思っていたらしいんです。「あのとき私が“これがカレーだね”と言わなかったから、今の印度カリー子があるんじゃない?」って言われました。姉にはもう感謝しかないですよね。
 
それ以降、自分でインド料理の本を買って猛勉強し始めたんですが、なかなか結果がついてきませんでした。毎週末、同じレシピ(チキンマサラ)をずっと作り続けたんですが、自分は美味しいと感じるのに、姉からは「違う」の繰り返し。今振り返ってみると、玉ねぎをしっかり炒めてなかったり、トマト缶を1缶丸ごと入れていたり、塩でしっかり味付けしてなかったり、いろんな原因があったんだと思います。

姉がやっと認めてくれたのは、そんな試作を開始してから1ヵ月くらい経った頃。「これはカレーになったね」って。私自身も「ついにきたかー!」と最高に嬉しかったですね。
 
そこからバリエーションを増やしていろんなスパイスカレーを作り始めたんですけど、せっかくなのでレシピを覚書として残そうと思ってブログを始めたんです。ただ、本名だと読んでくれた人からすぐに忘れられてしまうので、またブログに戻ってきてもらえるよう「印度カリー子」という覚えやすい名前をつけました。

調理アイテムはメルカリで調達

印度カリー子としてブログを始めて、実用的なレシピを書き始めるようになったのはそれから1年後くらいでしょうか。
 
ただ、スパイスの奥深さを知れば知るほど、「こんなに素晴らしいのに、なぜ知らない人が多いんだろう」という気持ちが大きくなっていきました。もしかしたら、誰でもすぐ作りたくなるレシピ本がないからなのか。あるいは、想像以上に調理のハードルが高いと思われているのか。
 
そこで試しに自分で調合したスパイスとレシピを友人にあげてみたら、すごく好評だったんです。そのときに気づいたんですね。これは間違いなく必要としている方がたくさんいるんだ! って。それ以来、さまざまなスパイスの組み合わせを試してみることにすっかり夢中になってしまいました。
 
ちなみにその頃、メルカリでカレーづくりに必要な調理アイテムをよく購入もしていました。印象深いのは、玉ねぎのみじん切りに使うビュンビュンチョッパー。カレーはみじん切りの工程が多いので、チョッパーは必須アイテムなんです。散々使い倒し、すでに4台目になっています。

玉ねぎのみじん切りに便利なチョッパー。今でも重宝しています

それと、圧力鍋。最初に買った圧力鍋は、たしかメルカリで2,000円くらいだったと思います。インド料理って、豆やお肉を煮たりするときに、圧力鍋が必需品なんです。
この二つのアイテムがあったおかげで、本格的にカレー作りができるようになりました。

真剣に食事と向き合うきっかけを与えてくれた「マインドフルネスイーティング」

今の自分を作り上げた食体験がもう一つあります。それは図書館である雑誌を眺めていたときに偶然目にした「マインドフルネスイーティング」の記事でした。
 
マインドフルネスイーティングとは、「食べ物は口だけで味わうものではなく、ましてやお腹を満たすだけのものではない、五感を使って食べるべきだ」という考え方。「まず目で色を認識し、さらに鼻で香りを感じ、口に含んだときの食感や音を感じて、のどを通るときに初めて味とか温度を感じなさい。そうすれば、ごく少量の食べ物でも人間は満足する」と。
 
こう言ってしまうと、時間にゆとりのある人向けの方法だと思われるかもしれないですが、人間ってどんなにゆっくり食事をしても20〜30分くらいしかかからないそうです。忙しい人でも、時間をやりくりすれば20〜30分の確保はできるはず。だから、誰にでも試せる方法なんだと書かれていました。
 
記事を見た夜、すぐに自宅でカレーを作って試してみたんです。カレーって茶色だけで構成されていると思われている人も多いかもしれないけど、よく見るといろんな色をした食材が入っているんですよね。カラフルな副菜をつけると、色と香りの情報量だけでも相当あるわけです。
 
マインドフルネスイーティングを試してみると、いつも食べている量の半分くらいでお腹がいっぱいになったのが驚きでした。そして、この食べ方をずっと続けていたら、7kg痩せられたんです。

マインドフルネスイーティングとカレーの相性がいいことも実感しています。カレーって食材やスパイスをほんの少し変えるだけで味の変化を感じやすい。

食事に対して、より真剣に向き合うようになったきっかけを与えてもらえたと思っています。

「オリーブオイル」がキッチンに常にあるように、スパイスも

インド旅行先で出会ったインド人と。かじりかけのヒンディー語で少しだけ対話できて嬉しい瞬間でした

印度カリー子として活動し始めて今年でもう5年。スパイスカレーの魅力を知ってほしい一心でやってきたので、「初めて作ってみたらあまりに美味しくて感動した」という声をいただけるのは本当に嬉しいです。
 
中には、自分が想像もつかないような感想をくださる方もいらっしゃいます。
 
「“カレーは二日目が美味しい”らしいけど、免疫不全で菌が繁殖するリスクを考えると作り置きが食べられない。そんな自分でも、カリー子さんのスパイスセットで美味しくカレーが食べられた、生きる希望になった」というお便りを頂いたときは、さすがに泣いてしまいました。(当時)こんな一介の学生が、他人のに人生に一瞬でも役立てたんだって。
 
とはいえ、実感としては「まだスタートラインに立ったくらい」。本当に自分が望んでいるのは、スパイスカレーが今よりもっと当たり前に作られて、日本の食文化に完全に根付くこと。
 
だって、道を歩いている人に「キッチンにオリーブオイルありますか?」って聞いたら多くの人は「ある」って答えると思うんです。でもそれがスパイスだったらどうでしょうか。スパイスだって、できればオリーブオイルくらいの存在感になってほしい。
 
これからも自分で作って満足するだけじゃない、「誰かに話したくなるようなレシピ」を広めていきたいですね。

印度カリー子をつくった「チキンマサラ」のレシピ

最後に、私がスパイスカレーづくりに没頭するきっかけになったカレーのレシピを紹介します。姉になんとか「美味しい」と言ってもらいたくて、何度も試行錯誤を繰り返した、思い出のレシピです。

【材料】(2人前)

  • たまねぎ 1個 
  • にんにく 1かけ
  • しょうが 1cm 
  • トマト 1個 (トマト缶200gで代用可) 
  • 鶏もも肉   400g
  • 牛乳  100㏄  
  • 水    150㏄   
  • サラダ油 大さじ1
  • 塩 小さじ1〜 
  • 【スパイス】

    ①ホールスパイス
  • カルダモン 5粒
  • クローブ 5粒
  • シナモン 5cm
  • ベイリーフ 1枚

  • ②パウダースパイス&ナッツ
  • コリアンダー 小さじ2
  • ガラムマサラ 小さじ1/2
  • ターメリック 小さじ1/2
  • チリペッパー 小さじ1/2
  • カシューナッツ(粉末にする)30g

  • ③仕上げのスパイス
  • カスリメティ ひとつまみ
  • ①ホールスパイスを油の中に入れて熱します

    ②玉ねぎ、にんにく、しょうがを茶色くなるまで水分を抜くようにして中強火で10分ほど炒めます

    ③トマトを加えて炒め、ペースト状にします

    ④パウダースパイスと塩小1を入れて混ぜ合わせます

    ⑤肉と水と仕上げのスパイスを加え10分煮込みます。最後に塩(分量外、ここが一番大切)で味を整えて完成です

    ※食べるときは、ホールスパイスを除いてください。もちろん食べても大丈夫です

    印度カリー子(いんど・かりーこ)

    スパイス初心者のための専門店 香林館(株)代表取締役。「スパイスカレーをおうちでもっと手軽に」をモットーに、初心者のためのオリジナルスパイスセットの開発・販売をする他、レシピ本執筆、大手企業と商品開発・マーケティング、コンサルティングなど幅広く活動。著書累計発行部数は18万部超(2021年3月現在)。2021年3月東京大学大学院農業生命科学研究科 修了。JAPAN MENSA会員。1996年11月生まれ、仙台出身。

    34 件

    WRITTEN BY

    メルカリマガジン編集部

    誰かの「好き」が、ほかの誰かの「好き」を応援するようなメディアになりたいです。

    好きなものと生きていく

    メルカリマガジンは、「好きなものと生きていく」をテーマにしたライフスタイルマガジンです。いろいろな方の愛用品や好きなものを通して、人生の楽しみ方や生き方の多様性を紹介できればと思います。