そこで今回は写真の投稿者である渋谷南人(しぶや みんと)さんに会いに行きました。4年前からスモークBBQにハマり、週末は英語のサイトや本で情報を収集しながら、海外から調理器具を取り寄せては「狂ったように肉を焼き続けている」んだとか。
普段は内装設計をしているお仕事柄もあってか、渋谷さんのスモークBBQグッズは、機能美と遊び心を兼ね備えたこだわりのセレクト。その中から、最初に買うべきものや、特にお気に入りのアイテムを教えてもらいました。
(取材・執筆:黒木貴啓、撮影:小野奈那子、編集:メルカリマガジン編集部/ノオト)
撮影協力:WEBERストア青山
結婚パーティーでお肉を豪快に焼いてみたら、スモークBBQ沼に。
渋谷 日本のBBQは、薄くスライスされたお肉をみんなで網に乗せてわいわい焼いていくスタイルが一般的だと思います。
スモークBBQはいわゆる「温燻(おんくん)」で、直火ではなく遠火で、長時間かけ低温でじっくり燻製しながら焼き上げていく調理方法です。鍋奉行ならぬピットマスター(※)が1人で黙々と焼き続けて、ゲストにお肉を振る舞うみたいな、食事のスタイルとしてもまったく異なる趣があります。
※ピットマスター:その場でBBQを取り仕切る人。
渋谷 表現するのが難しいんですよね。ローストビーフとも違っていて……角煮よりも歯ごたえはあるけど、フォークでもちぎれるほど柔らかくなるんです。何時間も焼いたのに、このしっとり感はなんなんだっていう、独特の食感があります。
渋谷 肉の部位と作たいものによりますが、最低でも3時間。12時間ぐらいかけて焼く必要があるものもありますが、失敗すると「この時間は何だったんだろう」ってへこみますね(笑)。
――半日も……自分だったら立ち直れない。
渋谷 でもうまく焼けたときの感動が忘れられなくて、何回も失敗しながらやってしまいます。人を呼ばないと食べきれないので今のご時世はペースダウンしていますけど、ピーク時は2、3週間に1回は焼いていました。
――なぜそこまでスモークBBQにハマったんでしょうか?
渋谷 きっかけは、4年前に開いた自分の結婚パーティーです。撮影スタジオを借りて会場のセッティングから料理まで自分で手配していたのですが、当日の料理のプランについてシェフの船山義規さんと打ち合わせをしていたら、Netflixの料理人ドキュメンタリーの「CHEF’S TABLE」にでてくるフランシス・マルマン(※)の話題になったんです。いいよね、あの野外で豪快に肉を焼くパフォーマンスやってみたい、と盛り上がって。
焼き台を1台購入して、もう2台はレンタルして、パーティーでたくさんの塊肉を焼いて振る舞いました。
※フランシス・マルマン:アルゼンチン出身のシェフ、レストラン経営者。世界で9つのレストランを経営する傍らパタゴニアで生活し、自然の火を使った野性味あふれる直火調理法を追求している。
まず「肉のハナマサ」で1キロくらいのベイビーバックリブ(※)を買ってきて、ブログの調理法に忠実に5時間くらいかけて調理したら、割とうまくいって。人も呼んだところ、焼けたお肉を出した瞬間、サイズが大きいから「おおーっ」と歓声があがるし、切り分けて食べてもらうと「めっちゃうまい」と好評で。
この一連の流れが心に響きました。人を招いて、大きな塊肉をみんなで食べるという行為が本能的にハマったんだと思います。
※ベイビーバックリブ:豚のあばら骨の背中側の部位「バックリブ」の上部。
渋谷 そうなんです、参加者の反応が楽しみで。肉をいざ切り分けるとき、失敗してるのか成功してるのか、みんなと一緒にドキドキしながら見守るスリルもあります。ちゃんとできあがっていたときの喜びもすさまじいです。
おいしいのもありますが、半分くらいはみんなと集まって楽しむのが目的になってますね。
デザインよし、機能性よし。伝統のWEBERスモーキージョー
渋谷 やっぱりBBQ台(グリル)と炭は絶対に必要ですね。あとは炭おこしと、炭用のトング、燻製材となるウッドチップ、アルミのトレー(肉汁の受け皿と、水蒸気の発生、温度管理を兼ねる)、肉用のトングがあると大丈夫だと思います。
――グリルも蓋付きのじゃないとダメですよね。渋谷さんの愛用品は何でしょう?
渋谷 初めての人におすすめなのは、WEBERの「スモーキジョーグリル」の37cmサイズです。
――これだと狭いベランダにも置けそう。
渋谷 小さいので持ち運びしやすいのがいいんです。専用ケースがあるんですけれど、スタンドを立てたまますっぽりと入れることができます。キャンプとかにガンガン持っていってますね。
たき火台としても使えるので、スモークBBQに飽きてしまっても大丈夫です(笑)。炭ツボにもなりますし。
渋谷 最初は見た目でしたね。当時は大きな蓋付きのバーベキュー台を探しても、ドラム缶を切ったようなものばかりで。お椀型のグリルを脚で支えているデザインでしっかりしたモノって、WEBER製くらいしか見つからなかったんです。
アメリカ好きだったのもあって、映画とかによくこんな形のグリル出てくるなぁと思って決めました。
――確かに、アメリカのお父さんが休日に焼いているイメージです。
渋谷 あとWEBERは70年以上の歴史もありますし、アメリカのグリル機材の市場では約6割を占めているとか。表面もホーローでコーティングされているので、使った後もカバーをかけずに外に出しっぱでもオッケーです。
炭を掴むのは、スイスで見つけた作業用の革手袋
――ダンボールじゃなくて袋入りなんですね。細かく砕かれてるので置きやすそう。
渋谷 一般的な炭よりは燃焼性が長いので、スモークBBQ向けですね。とはいえ普通に火を着けようとするとそれなりに時間がかかるので、炭おこしに着火剤と一緒に入れて焼いています。炭おこしもWEBER製なんですが、煙突効果で15分くらいで着いてすごく便利で。
渋谷 確か、4年前にスイスのホームセンターで買いました。
――スイスで、ホームセンターに?
渋谷 職業柄、海外に行くと絶対ホームセンターに行ってしまうんです。本来は炭用じゃなく、林業向けの革の作業手袋かな? 僕はたき火で炭を持つときとか、アウトドアで使っています。軍手でもいいんだけど、なんか格好が悪くて。
渋谷 炭用(写真左)と肉用(写真中央)です。特に肉用は、ハサミの部分が弱いと肉を持ちあげたときに曲がってしまうので、丈夫なのはないか探していました。
そこで見つけたのが「Petromax(ペトロマックス)」のトングです。ドイツのランプメーカーなんですけど、形がいいのと、持ち手が木製になっていて熱くならない。何より、とにかく挟む部分が頑丈なのがいいですね。
炭の置き方は「スネークメソッド」と言われる手法。グリルの底に炭を蛇のように沿わせる形で並べ、火が導火線のように徐々に燃え移っていく。スモークチップはより煙を出やすくするため、水を張った容器に入れて30分ほど吸わせた後、炭の間に挟んだり上からかけたりする
肉を包むタイミングを教えてくれる。WEBER温度計
渋谷 はい、当時海外輸入したWEBER製品です。スモークBBQはグリルの蓋と底にある通気弁を開け閉めしながら温度を調整するんですが、庫内温度を計ったり、お肉に刺して中の温度を計っていますね。最新のグリルには通気口に温度計が付いたものもあるんですけど。
――初心者には助かりますね。
渋谷 しかもスマホに専用アプリを入れると、温度が画面に表示されるんです。
渋谷 バックリブとかブリスケット(※)とか肉の部位ごとに火入れが違うのですが、何度以上になったらホイルで包むべきかタイミングを教えてくれるんです。慣れてくると感覚でもできるんですけど、長時間焼く場合はさすがに怖いので便利ですね。
あとは温度変化のグラフがデータとして残るので、焼き上がった後に「このときに何度くらい上がったのか」「もう少し火を入れておけばよかったな」と復習にも使っています。
でも最初はそこまで気にせず一度焼いてみて、温度管理はハマってきてから追求すればいいんじゃないかと。ギアとしては、あるとテンション上がります。
※ブリスケット:牛の前脚の内側にある肩バラ肉。
お肉の種類次第では温度調整と同時に、肉の中がパサつかないよう霧吹きで水を吹きかける。「人と被りたくなかったので(笑)」と、容器は海外から購入した園芸用の霧吹きを使用。甘みや香りを付けるため、水とりんごジュースを半々で割ったものを入れたりもしている
南青山のセレクトショップで見つけたYarmoのブッチャーエプロン
渋谷 やっぱりスモークBBQは炭やら肉汁やらでめちゃくちゃ汚れるので、いつも着けています。もともと「ブッチャーストライプ」と呼ばれる、肉屋さんがよく着ているような縦縞のデザインを探していたんです。そんなとき南青山にある「The Tastemakers & Co.」というセレクト雑貨屋さんで、この「Yarmo(ヤーモ)」のエプロンを見つけました。
――お気に入りのポイントはどこでしょう。
渋谷 前にポケットが付いたタイプが欲しかったんですよね。あとは首ヒモも、結んで留めるのではなく輪っかなので、すぐ引っ掛けられるのが面倒くさくなくていいです。でも、とにかく見た目ですね。
渋谷 BBQの本とかでもこんな感じのエプロンを着けている人がいたので、これいいじゃんって気になってたんですよね。人を招いたときも、「あの人がたぶん焼く担当なんだ(笑)」と一目でわかってもらえるのがいいです。
肉用ナイフは部位ごとに使い分け。F.DICKとTramontina
持ち手も柔らかめの樹脂製で握り心地がよく、切れ味とカーブ具合も気に入っていますね。日本じゃ売ってなくて海外サイトから購入しました。
――確かに、反り具合が肉をスパスパ切ってくれそうでカッコいいですね。
渋谷 一番小さいピンク色のは「Tramontina(トラモンティーナ)」という、ブラジルのメーカーのシェラスコ用ナイフです。刃渡りも刃の幅もさらに短く、細かい箇所に向いています。
渋谷 これはフランスのリヨンに行ったときに蚤の市で見つけたんです。さっきと同じで刃の幅が細めのものを探していて。おそらくもともと普通の長さのナイフだったんでしょうが、使っては研いでを繰り返した結果、これほどの短さになったんだと思います。
――オーラが桁違いですね……キルアとゴンがヨークシンシティで見つけてそう。
渋谷 ちょっとした脂を削ぐのにちょうどいいサイズで、さっきのトラモンティーナと併用しています。
一番長いナイフは、アメリカのメーカー「MAIRICO」の肉用大型包丁です。焼き上がった大きな肉を切る時に使っています。普通のナイフだと刃渡りが足りないんですがこれは11インチ(約28cm)もあって、肉全体に均等に刃が通っていい断面になります。
肉用ナイフはAmazon USや海外に行ったときに購入していますが、中古市場なところもあるので、それこそメルカリで「スモークバーベキュー」や「シュラスコ」といったキーワードで検索しては集めています。
MORTON、GABAN、Mascot……調味料の数々
渋谷 アメリカの「MORTON SALT(モートンソルト)」です。日本で一般的な天日塩じゃなく岩塩なんですが、いろんなBBQの参考書を読んでいくとモートンの塩を使っている人がとても多かったんです。国内では売ってないんで、アメリカに行ったときに買い込んだものを使い続けています。
渋谷 GABAN(ギャバン)の一番小さいのは「マスタードシード」で、パストラミを作るとき。Mascot(マスコット)の「クミンシード」は羊の肉を焼くときに使っていますね。「スモークパプリカ」は色味を付けるときです。
パプリカパウダー、チリパウダー、ガーリックパウダー、オニオンパウダーがあると基本的に何でも対応できると思いますよ。
渋谷 バックリブだとそこまででもなく、皮膜を切ったあとはマスタードかオリーブオイルを塗って、調合した香辛料(ラブ)を上から満遍なくかけたら、あとはそのまま焼くだけです。
――部位ごとに段違いですね。今後パストラミを見かけるたび拝んでしまいそう。
BBQソースを塗るには樹脂製が◎ 「Le Creuset」の刷毛
――日本でよく見る刷毛とは違って、なんだかポップですね。
渋谷 動物繊維の刷毛とか使ってしまうと、カビちゃったりするんです。この刷毛は樹脂製になっているので手入れがしやすくて。こういうのでちょうどいいサイズ感となると、探してもなかなかないんですよね。
――ソースはどんなものを使っています?
渋谷 いろんなBBQ動画を参考に、自分で作っています。細かく刻んだ玉ねぎをバターで炒めて、ケチャップとりんごジュース、パプリカパウダー、チリパウダー、ガーリックパウダー、オニオンパウダーを入れて、ウスターソースや塩コショウで味を付けています。分量はその都度、自分でアレンジしている感じです。他にもバジルベースのものを作ったり。
――そんなにいろんなモノを入れるんですね。
渋谷 もちろん最初は市販のソースでいいと思います! ただアメリカのBBQソースとかだとケミカルな味がしちゃって、肉の味が持っていかれてしまうので。自分が作ったソースと比べるとどうしてもカップラーメンみたいな味わいになっちゃうんです。
渋谷さんが肉を包むときに愛用している「tenderlicious」の業務用ブッチャーペーパー。スモークBBQではアルミホイルかこれかの2択で、適度に脂を弾いてくれる素材感と、大きな肉でも巻ける幅広さがお気に入り。海外サイトから購入した
焼き上がった肉を寝かせるときに入れる、米アウトドアスポーツメーカー「SEATTLE SPORTS(シアトルスポーツ)」のクーラーバッグ。もともとヨットのレースなど船上で使う製品で、軽く柔らかい素材なのに保冷性が抜群。未使用時はコンパクトに畳めるので重宝している
マルマン、フランクリン……洋書で触れるBBQの魂
左上『Mallmann on Fire』(Francis Mallmann, 2014)、右上『Sunset Ideas for Building Barbecues』(1971)、左下『Franklin Barbecue』(Aaron Franklin, 2015)、右下『365 Great Barbecue and Grilling Recipes』(Lonnie Gandar, 1990)
――めちゃくちゃ火柱が上がっている。
渋谷 フランシス・マルマンは世界に何店舗もお店を持っている、アルゼンチンの有名な料理家で。フランス料理などあらゆる料理を一通りやった上で素材本来の味を追求した結果、火で「焼く」というシンプルな調理法にたどり着いた人です。
――表紙がおいしそう……。
渋谷 多分スモークBBQのジャンルでは一番有名な本だと思います。レシピを見たかったので買ったんですけど、まずは「燻製器の作り方」から始まるんです。
――ハードル高すぎません?
渋谷 図面はもちろん、自分で溶接したりもしていて(笑) 1章使ってようやくレシピに入っていくんですけれど、それぐらいスモークBBQには器材が重要だということを説いています。
スモークBBQの情報は日本語のものが少ないんですけど、この人の講座の動画を見るために、海外の動画サブスクリプションサービスに1万円ぐらい払って、英語の字幕をすべて翻訳して学んでいました。
渋谷 この人もそうなんですけど、自分にとっての先輩といえばブログの「裏庭ピットマスター」さんですね。4年前くらいにハマり始めたとき読み漁っていたんですが、数少ない日本語のスモークBBQサイトで、すごく丁寧に解説されていて大変参考になりましたね。管理人さんが静岡の浜松でお店をやられているので、食べに行ったこともあります。ご本人には会えませんでしたけど。
難しいからこそ、一度知ると病みつきに。スモークBBQの世界
渋谷 ビギナーにおすすめなのは、豚バラのブロック肉を使ったベーコンです。塩漬けにした500グラムくらいの肉を4時間くらいスモークするだけなんですが、経験上そこまで温度管理など厳密にやらなくても失敗しにくい。
小さいサイズの器材でもできますし、調理時間も短く、できたときの感動はけっこう大きいですよ。大きめのを作って冷凍しておけば、市販よりも味よし、コスパよし、しかも無添加なベーコンが味わえます。
渋谷 脂の甘さだったり、全然違いますね。そもそもベーコンは保存食なので調理してからしばらく経ったものを食べることが多いと思うんですけど、できたてってすごくおいしいんです。
あと豚肉は焼きやすい上に管理もしやすいのでそんなに失敗しないかと。大きなスーパーなら角煮用で500グラムくらいのが売っているんで手に入りやすいですし。これができたら牛肉の5キロを焼いてみるなど、次のステージに行くといいと思います。
さらにおいしさを追求しようとすると、豚肉はフランス産がコスパがいい、牛肉はオーストラリア産じゃなくてやっぱりアメリカ産がいいとか、産地も気にするようになってきますね。
――産地も……?
渋谷 オーストラリア産の牛は基本的に草を食べているので、肉も脂身が少なくヘルシーなんですけれども、長時間焼くとどうもパサパサしてくるんですよね。
アメリカの牛は主に穀物を食べて育っているので、ほどよく脂身があってスモークBBQには適していると思います。ただステーキ肉はよく売っているんですが、切られていない2、3キロの塊肉となると売っているところが本当に少なくて。結局、問屋経由で毎回買うことになります。
――そこまで深みにハマってしまうスモークBBQの魅力ってなんなんでしょう。
渋谷 うまい例えかはわかりませんが、おそらくサーフィンとかに近いと思うんです。波の上でボードに立つまでがすごく難しいけど、一度立てたらその快感が忘れられなくてまた乗ってしまう、みたいな。
スモークBBQも一度うまく焼き上がると、あの感覚をもう一度味わいたくて、いくら失敗しても何度も何度も焼いてしまうんです。さらに肉の種類や温度管理も追求してしまうようになります。
――複雑だからこそ達成感もすさまじいし、予想外のおいしさが楽しいわけですね。
渋谷 ベーコンでも一度作ってみたら「何これ!」って驚きが待っているでしょうし、友達を呼んで反応を見ると病みつきになると思います。
ちょっとした塊肉を焼いただけで主役になれる。焼き肉もいいですけど、塊の肉もいいですよ。