「自宅芸術活動の記録」山内マリコ #みんなのおうち時間

みんなはいま、どんな時間を過ごしているのだろう。

こんなときだからこそ、普段は人に見せない「おうち時間」を、ちょっとのぞかせてもらえませんか――メルカリマガジンのそんなお願いに、さまざまな書き手の方が〈寄稿〉というかたちで参加してくださいます。

誰かの孤独で密やかな時間が、ほかの誰かを安らげ応援することが、きっとある。「みんなのおうち時間」では、多様な家での過ごし方と、とっておきのお気に入りアイテムをご紹介していきます。
(文・写真/山内マリコ、編集/メルカリマガジン編集部)

 本格的に#ステイホームを実践して2週間ほど経ったある日曜日。遅い朝ごはんを終え、食後のコーヒーの用意をしているとき、突然ひらめいた。コーヒーをただ淹れるだけじゃもうつまらない。茶の湯のように儀式化したい。研ぎ澄ました所作、忘我の境地で、心静かにコーヒーを点てたい。こうしてコーヒー茶道が誕生したのだった。

 うちには炉も水屋もない。というかわたしは、ちゃんと茶道を習ったこともない。一度、茶道教室を見学したときの記憶をたよりに、だいたいこんな感じだろうとセッティングをすすめる。茶の湯といえば、まずはお軸とお花。掛け軸選びは、季節感や、もてなす側の心を反映させるものと聞く。クロスステッチで刺繍されたゴルフ場の額を選んだのは、「外に出たいね、しかし今は借景で」というメッセージだ。本当は和室の床の間に飾るものだろうが、床に直置きで。炉の代わりに電気ケトル、棗(なつめ)の代わりにシュガーボウル、茶杓の代わりにメリタの計量スプーンを。客人である夫には、リビングの籐椅子に座ってもらう。お茶菓子はガトーショコラを用意。

 “亭主”であるわたしは、スリッパを脱いでカーペットにあがり、ちゃぶ台の前で正座した。グーを床に押し付けて体の向きを変え、客人へ深々とお辞儀。新型コロナで外出自粛の折り、少しでもお楽しみいただければ……云々と口上を述べ、心尽くしのおもてなしを誓う。コーヒーお点前スタートだ。

 繊細な手つきでフィルターを折り、呼吸が止まるほどの緊張感でドリッパーに広げる。袱紗(ふくさ)に見立てたペーパーナプキンで計量スプーンをなで拭き、コーヒー豆を挽いた粉を2杯投入。電気ケトルからゆっくりとお湯を垂らし、じっくり蒸らす。

 静寂……。

 さらに湯を細く細く注ぎつづける。背筋をピンと伸ばし、心を無にして、水琴窟のような音色に耳を澄ます。頃合いを見てドリッパーを外し、ポットに蓋を。コーヒー茶碗にこぽこぽ注ぎ、淹れたてのかぐわしいコーヒーを客人の前へ差し出す。客人、茶碗をまわしてそっと一口すするとコホンとうなずき、「けっこうなお点前で」。

 コーヒー茶道が誕生した、歴史的な瞬間だった。フィルターの折り方、計量スプーンの拭き方、お湯を注ぐ高さ、いろいろ改良の余地はありそうだ。茶会、まだ1回しか開催されてないが、このままの調子で1年も経てば、手順や様式美はどんどん洗練され、立派な「道」になっているかも。そうしたらコーヒー茶道の家元としてお弟子もとり、コーヒー茶道の真髄を語った『茶の本』も出そう。コーヒー茶道に興味を持った23世紀の若者が、「新型コロナで家にいたことで生まれた」というウィキペディアの記述に、「へぇ~」と感心している様子まで、わたしには見えている。

 愛猫チチモを亡くして以来、アート化することで弔いつづけている。なんのことだがよくわからないという方は、わたしがこれまで作った全チチモ・アートがおまけページに掲載された美術館エッセイ『山内マリコの美術館は一人で行く派展』を手にとってもらうとして、とにかく自分なりの方法で、弔いつづけているのである。猫の描かれた名画の構図をそのまま借用し、アクリル絵の具で描くことで、愛猫チチモに思いを馳せるひととき……。生きていたら、自粛生活もずいぶん違っただろうなぁ~。家に猫がいるのといないのとでは、全然違うもの。そんなさびしさを紛らわすため、これまで藤田嗣治や熊谷守一や奥村土牛や長谷川潾二郎の猫絵と勝手にコラボしてきたが、久しぶりに新作を描いた。

 常玉(サンユウ)は、1920年代からパリで活動した華人画家。日本では5年ほど前の展覧会で数点紹介されたきりで、ほとんど知られていないけれど、アジア近代美術シーンでは大スターだそう。淡いピンクの色使いと、動物をファンタジックに抽象化した画風が、ちょっとなんていったらいいかわからないくらい素敵だ。素敵という言葉は常玉の絵のためにあるといっても過言ではない。

 そんな常玉の作品を、愛猫チチモで再現。1930年代に描かれた『六頭の馬』、画集に印刷された馬の姿はちまっとしているが、実際は140cm×140cmもあるそうだ。そのサイズに描かれた馬は、さぞかし伸びやかなことだろう。ああ、本物を観たいなぁ。常玉の作品の多くは、台北にある国立歴史博物館が所蔵しているらしい。観に行きたい! ていうか台湾に行きたい! シェントウジャンが食べたい! しかし今は、画集を眺めてこらえるのみ。常玉の画集には、ほかにも真似したくなる絵ばかり載っている。このままの調子で1年も経てば、アクリル絵の具に飽き足らず、油絵の具にも手を出してしまいそうだ。

英国ロイヤル・バレエ 『ウルフ・ワークス』(OPUS ARTE)

 ヴァージニア・ウルフの小説をコンテンポラリーダンスにした『ウルフ・ワークス』がBlu-ray化されていた。何年か前、映画館の〈英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン〉で上映され観に行ったものの、あまりに気持ちよくて、途中でフッと寝てしまったのだった。「わたし一体どのくらい見逃したんだ……」と気になっていたのもあってディスクを購入。ソフト化されるものと知らず、二度と観られないと思っていたので非常にうれしい。

 第1幕、『ダロウェイ夫人』に扮したアレッサンドラ・フェリが、筆舌に尽くしがたく素晴らしい。アンティークレース風の衣装と、低い位置でゆるく結ったシニョンが、ウルフ本人を彷彿させる。若い頃を演じる現役ダンサーの躍動感も絶品だけれど、それとは別次元の、ものすごい存在感だ。役柄と、50代という年齢もあって、あまり激しくは踊らない。物思いに耽ったような表情で、音楽にただ乗っている感じ。なにしろコンテンポラリーなので、自由に、心のままに動いているように見える。気づいたら、わたしの体も勝手に……。

 『ウルフ・ワークス』の第1幕は男性ダンサーとの絡みも多い。彼に支えられているようでもあり、コントロールされているようでもある、微妙で危うい関係性。くるくる踊るわたしを傍観していた夫も誘う。音楽に合わせて、完全に入り込んで踊る。しかしふたりとも凄まじい運動不足なので、すぐに息があがってしまう。それでも踊るのは楽しい。体を動かすと、それに連動して気持ちも躍動するから。このままの調子で1年も経てば、夫婦でコンテンポラリーダンスの新ユニットを旗揚げしそうだ。

 ひたすら家の中で過ごす2020年の春。小説家は究極の在宅ワーカーだから、「さぞかし仕事、はかどってそうですね」と言われるのだけど、ことほどさように芸術活動に忙しく、なにもはかどってはいないのだった。わたしほど年季の入ったインドア派ともなれば、家で無限に遊べる。ギターもはじめようかと思っている。

山内マリコ(やまうち・まりこ)
小説家、エッセイスト。1980年富山県生まれ。2012年『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎文庫) でデビュー。主な著書に『メガネと放蕩娘』(文藝春秋)や、映画化が決定している『あのこは貴族』(集英社文庫)などがある。最新刊は美術館エッセイ『山内マリコの美術館は一人で行く派展』(講談社) 。5月末には、若い女性へ宛てたメッセージ集『The Young Women's Handbook ~女の子、どう生きる?~』(光文社)を刊行予定。

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メルカリマガジン編集部

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