趣味2021.09.02

誰かの代わりに、カッコ悪さをさらけ出す人生 #02 燃え殻|松尾スズキ『大人失格』

40歳を過ぎてはじめて発表した小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』がベストセラーとなり、『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』などエッセイ本も話題を呼んだ燃え殻さん。新刊の小説『これはただの夏』では、「普通に生きることに対して、ハレーションやアレルギーがありながらもなんとか生きている、不器用な人間を描きたかった」と語る。

自身が好んで読むのは小説よりもエッセイだ。しかも読む場所は決まってお風呂の中。燃え殻さんがずっと手放せないヴィンテージ・ブックは、湯気で表紙やページが波打ち、何度も買い直したという松尾スズキさんのデビュー作だった。大人になりきれなかった頃に読んだ本は今でも心の友で、燃え殻さんの創作意欲につながっていったようだ。(聞き手・構成/樺山美夏、イラスト/久保田寛子、編集/メルカリマガジン、ノオト)

デビュー作ならではの「全てを出し切る」に励まされた

 20代半ばの頃、松尾スズキさんの『大人失格』という本を書店で見かけたとき、まずタイトルがいいなと思いました。それで読んでみたら、めちゃくちゃ面白かったんです。その頃すでに松尾スズキさんは劇団「大人計画」主宰の人気者だったので、『キレイ〜神様と待ち合わせした女〜』という舞台を観に行こうとしたら、チケットがとれなくて。劇団の裏方をやっている知り合いがいたから、チケットを譲ってもらったおぼえがあります。

 あの頃の僕は、あまりにも日々の生活に余裕がなくて、とりあえずは本当のことが前提のエッセイしか読む気になれませんでした。しかも、自分はダメな人間側だと思っている人が書いているものだけ。松尾スズキさんも、大槻ケンヂさんや中島らもさんもそうですけど、想像以上に「オレはダメだ」みたいな話を書いていたので、「こんな人たちも生きているなら、自分も頑張れるかもしれない」って、そのときは思えたんです。

 大槻ケンヂさんの『のほほん雑記帳』や中島らもさんの『今夜、すべてのバーで』も、今も本棚にあります。

 だけど『大人失格』は、8冊か9冊くらい買い直しては何度も読み返しているんです。お風呂に入っているときに本を読む習慣があるので、本の表紙や中のページがふわっふわになっちゃうんですよ。だから本が波打ってくるとまた同じ本を買うんです。絶版になっている単行本にだけマンガが収録されているので、文庫本は買う気になれなくて、代々木上原にある古本屋の「ロスパペロテス」とかで、親本を探して買い続けてきました。

 エピソードで一番好きなのは、「感じないでMちゃん」。セックスが大嫌いで1人の男と3回しか経験がない女の子が、なぜかAV女優デビューして、松尾さんが脇役で出演したときの話。渡された台本のタイトルは『私の本性さらけ出します』。だけど松尾さん、「本性なんかさらけ出さなくていい」って、Mちゃんを心の中で応援するんですよ。業界ナンバーワンといわれるテクニシャンのAV男優が、現場でMちゃんと絡みはじめると、「感じないでMちゃん」「感じないでMちゃん」って願うんです。でも結局、控え室までMちゃんの喘ぎ声が聞こえてきて、松尾スズキさんが失恋したような悲しい気持ちになったっていう話がめちゃくちゃ好きで。

 他にも、タクシーに乗るといつもモジモジして運転手に気後れする話とか、大手書店で立ち読みしていたら、いつの間にかレジカウンターの中に入り込んでいた話とか。松尾スズキさんのエッセイを読むと、人間のみっともないところこそ面白い感じや、カッコ悪さや劣等感を味わう経験に共感するんです。しかもそれを必死で書いている。

燃え殻さんの本棚(本人撮影)

 この『大人失格』は松尾さんのデビュー作だから、“これで面白いって言われないと次は書かせてもらえないんでしょ? 今必死にならないと後がないんでしょ、分かってるよ!”みたいな覚悟も感じられて。出せるものは全部出し切って、ブーストがかかっているところにも惹かれます。よく、ミュージシャンはファーストアルバムにすべてが詰まっていると言いますけど、物を書く人の最初の作品も同じだと思うんですよね。

 僕も、デビュー作の『ボクたちはみんな大人になれなかった』を書いたときは、ここで照れてる場合じゃない、もったいぶってる余裕はないから、見境なく全部吐き出すぞ! という気持ちでした。編集担当さんにも、何かアイデアが浮かんだら、恥を捨てて全部出し切ってと言われたので、他人が読んで面白い水準になるまで出し切らなきゃ次はないと思ってました。そのときも松尾スズキさんのエッセイをいろいろ読み返して、勉強にも励みにもなりました。

 僕の新刊『これはただの夏』のPVを撮ってくれた望月一扶さんの紹介で、1回だけ松尾スズキさんに会ったことがあるんです。好き過ぎるから怖くて緊張したんですけど、「(連載していた)『SPA!』読んでるよ」って言ってくれて、いい人でした。

みっともなさをさらけ出すと、思いのほか人とつながれる

 はじめて書いた小説が、想像以上に大きな反響をいただいて感じたのは、やっぱり劣等感とか情けなさ、みっともなさを全部さらけ出すと、思いのほか人とつながれるということです。振り返ってみると僕は小学生の頃、すでにそういう体験をしたことがありました。

 あれは確か5年生のとき、全校縄跳び大会というのがあって、誰か校長先生の横に出てきて全校生徒の前で縄跳びをやれ、って言われたんです。そんなの手を挙げる子なんていないじゃないですか。みんな黙って下を向いたり、空を見上げたりして、誰とも目を合わせない険悪な雰囲気になってきて。その空気が嫌すぎて思わず手を挙げちゃったんです。モーゼが手を挙げると海が割れて道ができたように、僕の前にもパーッと道が開けていきましたね。前に出ていざ跳んでみたのですが、運動神経悪いのに無理して交差跳びしたから、すぐ引っかかって。ピュンピュンバタッ、ピュンピュンバタッ。何度やっても引っかかるから、1年から6年まで大爆笑ですよ。「うわー! みっともねぇな」ってゲラゲラ大笑いされました。

 さっきまで死んだように気配を消していた子がみんな、ちゃんと生きてたんだっていうくらい元気になったんですよね。あのとき、「ああ、自分の役目はこれかもしれない」と思いました。縄跳び大会が終わったあとも、「なんでお前、縄跳びできないのに手を挙げたの?」とか、しゃべったこともない人たちから声をかけられたりして、「あ、人とつながれた。いびつに」と思って。

 それでも10代は勉強もできず、集団行動も苦手で、友達もいない暗黒時代でした。社会に出たら出たで厳しかった。最初に働いたエクレア工場では、現場のリーダーもバイトもみんなブラジルの人で、日本人の僕はよそ者で相手にもされませんでした。転職したテレビの美術制作会社でも、イラストレーターとかフォトショップが使えないし、商品を運ぶバイクで何度か転んで死にかけたりして。

 要するに、社会人は向いてないんですよね。サイゼリヤに行ってもコンビニに行っても、店員さんたちがみんな優秀でびっくりしますし。会社近くのコンビニで働いているインドネシア人の店員さんが、目にも止まらぬ速さでパパってタバコを選ぶ場面に出くわして、「はやっ!」って口に出しちゃったこともあります。レジ打ちも笑えるほどリズム感がすごくて、「オレここで働けない……」っていつも思います。

 世の中、社会人に向いてないと思っていても言葉にしない人って多いんじゃないかな。だから、カッコ悪い部分をさらけ出している人を見ると、「自分の代わりに縄跳びを跳んでくれた」って思うのかもしれない。僕が、『週刊SPA!』で小説を連載したときも、今『週刊新潮』で連載しているエッセイも、依頼があったときは「はい、縄跳びます」って手を挙げたようなつもりで引き受けました。

 大槻ケンヂさんは、「失敗しても成功しても時間が経つと忘れるから。俺はそれでずっとやってきてるから大丈夫」って言ってました。「え、そうなの?」って思いますよね。松尾スズキさんもすごく繊細な方なのに、今や演劇界のド真ん中で活躍していて、シアターコクーンの芸術監督にまでなって。でもきっとご本人は『大人失格』の頃と変わってなくて、自分のことを「こんなことしてる俺って……?」と冷静かつ客観的に見ているんじゃないだろうかと期待半分で見ています。

 そういう人たちが書いたエッセイは、ヘトヘトに疲れたときでも白湯のようにするする読めるんです。難しいことは考えずに「楽しい」「自分もまだ大丈夫かも」って思える。だから、一番大変だった頃に出会えて本当にありがたかったです。

『大人失格』松尾スズキ(マガジンハウス)
思想か、ギャグか、哲学か。それとも単なるへ理屈か。世紀末のモノガタリスト松尾スズキが語る、大人たちの素晴しきマヌケ宇宙。10倍やる気がなくなり、100倍無駄な力がみなぎる、スーパー・ラジカル・エッセイ。

燃え殻
1973年生まれ。小説家、エッセイスト、テレビ美術制作会社企画。2017年、小説家デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』がベストセラーとなり、2021年秋、Netflixで映画化、全世界に配信予定。エッセイでも好評を博し、著書に『すべて忘れてしまうから』『夢に迷って、タクシーを呼んだ』『相談の森』がある。最新作『これはただの夏』(新潮社刊)好評発売中。

<ヴィンテージ・ブックス −ずっと本棚にある1冊−>
忘れがたい思い出がある、なぜか分からないけど手放せない――ずっと持ち続け、本棚で”熟成”させて年代物となった、ご自身にとっての「ヴィンテージ・ブック」を紹介していただく書評連載です。
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メルカリマガジン編集部

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