みんなはいま、どんな時間を過ごしているのだろう。
こんなときだからこそ、普段は人に見せない「おうち時間」を、ちょっとのぞかせてもらえませんか――メルカリマガジンのそんなお願いに、さまざまな書き手の方が〈寄稿〉というかたちで参加してくださいます。
誰かの孤独で密やかな時間が、ほかの誰かを安らげ応援することが、きっとある。「みんなのおうち時間」では、多様な家での過ごし方と、とっておきのお気に入りアイテムをご紹介していきます。
(文・写真/平松洋子、編集/メルカリマガジン編集部)
メイクアップの時間は1分以内だ。もともとお化粧は最小限ですませるほうだが、家にいる時間が長いので、薄いファンデーションも止めた。すっぴんのほうが肌にいいよね、と思いながら。
この春、うちで過ごす時間の意味が塗り変わってしまった。外に出歩かないのは、自分を守るため、誰かを守るため。巣ごもりは「我慢」なんかじゃないぞ、と自分に言い聞かせる毎日だ。そもそもストレスでイラつくのは、この状況に屈したようでくやしい。なにしろ時間はたっぷりある。画集や写真集など、アート関係の本をゆっくり開くのが心のオクスリになっている。
でも、うちで過ごす時間が長くなると、悩みもでてくるわけで。緊急事態宣言が発出されたあと、私のまわりでも、会社勤めをする友人知人たちが次々に在宅ワークに切り替わっていった。なにしろ初めての体験だから、ほうぼうから聞く話が(こう言ってはアレですが)面白い。「必要に迫られてZoom機能を覚えて部内会議をしたら、みんなの部屋の様子がちょっとだけ映り込むから意外になごむ」とか、「オンライン飲み会をしてみたら、だらだら長引かないし、途中で抜けられるのもよかった」とか。私も一度はやってみたい気がする。いっぽう、みんなが口を揃えて言うことがある。
「肥えた」
太った、育った、困った、と。
はっと気がつくと机の前を離れて冷蔵庫の前に立ってドアに手をかけているんですよ、と編集者Fさんは半泣き状態だ。
「会社にいると食べ物のことを忘れているけれど、家にいると、すぐそばに食べ物があるんですから、忘れないわけにはいかない」
その通りだと思う。彼女の主張に、何の異論もない。「いま思うと、会社って、それなりに時間のメリハリをつけてくれる装置でもあったんですねえ」と、電話の向こうでちょっとなつかしいような口ぶりになった。
私も肥えました。もともと長年の在宅ワークだけれど、週2回通うジムは休業中だし、外に出る時間が極端に減っているから運動量は激減した。緊急事態宣言のあたりから一キロ近くするっと増加してしまい、べつの意味で、自分にも緊急事態宣言中。
シンプルな話なのだ。摂取カロリーより消費カロリーが少ない、つまり、ただの運動不足。食べた分のエネルギーを使い切れておらず、それが蓄積に回って肥える。理屈はいやというほどわかっているつもり。
そこで、山は動いた。むりにでも動かさないと。
発動したのは、りんごドーナッツ作戦だ。身体が重いなと思ったら、ごはん代わりにりんご一個分のドーナッツ。
①りんごを皮つきのまま輪切りにする。
②スプーンで種の回りをくるんと外す。
ただそれだけなのだが、これが異様にうまい! 指でつまんでパリッと噛むと、どこから食べても皮が絶好のアクセント。果物は、皮と実のあいだに濃いうまみがあるということが、あらためてよくわかる。くし型に切るより満足感が大きいのは、パリパリしゃきしゃき、噛む回数が多くなるからじゃないかしら。
ヨーグルトクリームを添えると、さらにごちそう感はふくらむ。プレーンヨーグルトをひと晩水切りすると、水分(乳清)が滴り落ちて、とろりとなめらかなクリームになる。これを、りんごドーナッツにつけながら食べます。やせ我慢でも何でもなく、「贅沢なものを食べた。楽しかった。これでOK!」。
楽しいって、大事だと思う。気が晴れる。
最近遊んでいるのはバウルー。ホットサンドを作るときに使う、あの道具だ。20代の頃愛用していたけれど、勝手に飽きた気分になって手放してしまい、1年ほど前にまた買い直した。いまはすっかり台所の友である。
パンの間にチーズやハムをはさんで焼いたり、カレーの残りをはさんでカレーパンを作ったり、キャベツの酢漬けをはさんでみたり、何でもいい。具をはさんでパタンと閉じて、途中でそのままひっくり返して焼くだけ。外側はぱりっと焼けて、中身は熱々のホットサンドが失敗なく作れるすばらしき道具だ。
家にいる時間が長いと、いつもと違うことがやりたくなりますね。いつもホットサンドを作るだけじゃあもったいないと思い、目玉焼きにも活用し始めたら、これが大正解だった。私が持っているのは仕切りのあるダブル・タイプなので、左右に卵を1個ずつ割り入れて焼き、途中でバウルーごと裏返せば、アラ! ターンオーバーの四角い目玉焼きがふたり分、速効で焼き上がる。
ひとりごはんのときも、バウルーだ。左側で目玉焼き、右側でソーセージとブロッコリ。自分で出した企画に、自分でOKを出すところが楽しいです。
涙ぐましいような気がしないではないけれど、それがナンボのもんじゃいとも思う。強い心で前向きにいこう。食い意地を飼い慣らしながら。
平松洋子(ひらまつ・ようこ)
エッセイスト。岡山県倉敷市生まれ。食文化や文芸を中心に執筆活動を行う。『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞を受賞。『サンドウィッチは銀座で』『小鳥来る日』『洋子さんの本棚(小川洋子との対話集)』『彼女の家出』『そばですよ』『かきバターを神田で』など著書多数。