ホーム2020.10.05

NYはハイパーローカル経済で進化する “超地元志向”のニューノーマル【ニューヨーク編】

ニューヨーク州内で最初の新型コロナウィルス感染者が確認されたのは、西海岸より40日遅い3月1日。そして州がロックダウンに踏み切ったのは、その2週間後の3月15日だ。中でもニューヨーク市は人口が密集していること、そして他州、他国からの人の流入や移動が多いことなどが原因で感染者、死亡者はみるみるうちに増え、感染に関しては後発であるにもかかわらず、俄かに世界のパンデミックの中心地となってしまった。一時はセントラルパークをはじめとする公園や公共エリアに野外病院が設置され、全米最大級のコンベンションホールや全米オープンテニスの会場も臨時病棟となるなど、市内はまさしく戦場のような恐怖と不安に包まれた。ロックダウンから1ヶ月後の4月15日を境にようやく感染者数が減り始めたが、その後の復興への歩みはまだ続いており、まさに進化と呼べるほどの展開を見せている。(取材、写真/古村典子、編集/メルカリマガジン編集部)

マンハッタンの失速、そしてハイパーローカル経済へ

ブルックリン側からマンハッタンを一望できるドミノパークで、思い思いの時間を過ごすニューヨーカーたち

約830万人が住むニューヨーク市は、5つのボロ(区=人口の多い順にブルックリン、クイーンズ、マンハッタン、ブロンクス、スタテンアイランド)から構成され、経済の中心は商業施設やビジネスオフィスの集中するマンハッタンだ。ところがロックダウン直後、マンハッタンからさーっと人が消えてしまった。人のいないタイムズスクエアのシュールな写真や映像を見て驚いた人もいることと思う。観光客がいなくなったこと、ビジネスやオフィスの閉鎖、そして同区内に住む富裕層が郊外や他州に避難してしまったことなどが主な原因だが、その一方で他の4区は逆に日中はマンハッタンに通勤しない地元民で人通りが増え、活気が出てきた。ライフラインである食料品や日用品を買うグロサリーストアをはじめ、屋外ダイニング(ストリート、バックヤード、ルーフトップなど)で粘り強く営業を続けるレストランやカフェが地域の原動力であると同時に、コロナ禍で利用者の増えた自転車やバイクの専門店も元気だ。また、公園は手軽にエクササイズしたり息抜きするには最適とあり、利用者がむしろ増加している。

クイーンズ区ウッドサイドのレストランは、地元に住むタイ系移民と東ヨーロッパ系移民で満員御礼

そして特徴的なのが、ハイパーローカル経済の活性化。ニューヨークはご存知の通り「人種の坩堝(るつぼ)」で、民族、所得、信条・思想、価値観、ライフスタイルが異なり、多様なコミュニティーがモザイクのように入り組んでいる。例えば、ブルックリン区ベッドフォードスタイブサント(通称ベッドスタイ)にはアフリカ系アメリカ人が多く住むが、そのすぐ南にあるクラウンハイツはユダヤ教正統派の町、そしてその西隣のプロスペクトハイツは元々住むカリブ系アフリカ人のコミュニティーに、マンハッタンから移り住んだトレンドコンシャスな家族が混在するエリアといった具合。コミュニティー区分をきっちり分けるのは難しいが、市内の郵便番号区分だけでも約170あり、それぞれの抱える現実も異なる。パンデミック以後は、人々の日常的な移動が極端に少なくなったことから、そのコミュニティーの姿が顕在化し、また「地元のビジネスは地元が支える」というハイパーローカル、つまり超地元志向の経済活動が盛んになってきた。中でもクイーンズ区を東西に走る地下鉄7番線に沿うように位置するエルムハースト、ウッドサイド、ジャクソンハイツ、サニーサイドといった、エッセンシャルワーカーが多く住む地区はパンデミック以前と同様、もしくはそれ以上の活気を見せている。静まりかえったタイムズスクエアやウォール街とは対照的だ。

必要なのは「コンフォート」。増えるペットアダプションとグリーンインテリア

「おうち時間」が増えたことで、パスタメーカーの人気が急上昇。今は品切れ続出

自宅待機が始まった3月にホームオフィス機器(コンピューター、プリンター、机、椅子、ウェブカム)の売れ行きがアップしたのはもちろん、格段に増える自宅での時間を有効かつ楽しく過ごすためのツールとして、ボードゲームやジグソーパズル、コンピューターゲーム機器、キッチン用品(ベーキンググッズ、パスタメーカー)、ホームジム&フィットネス用品(ダンベル、ヨガマット、エクササイズバイク、ワークアウトミラー)などが全国的にヒットした。こうした消費傾向は「コンフォート・バイイング」と呼ばれ、どうしても必要なものではないけれど、ストレスを「コンフォートする=癒す」ために何かを買ってしまう現象を指す。3月以降急にアルコールの売り上げが増加したのも、こうした消費者心理が裏にある。

コロナ禍でペットアダプションがトレンドに。愛くるしい動物は病気や社会に対する不安を癒してくれる
写真提供:@RealHappyDogs, for Foster Dogs, Inc.

同様に急増したのがペットアダプション(虐待や放置から保護された犬や猫などの里親となるシステム)。動物保護団体「アメリカ動物虐待防止協会(ASPCA)」によると、全米の3月の里親希望者は昨年同時期の7割増。犬の里親縁組サービス団体「フォスタードッグ・インコーポレーテッド」では、通常は月140件程度の里親希望の申し込みが、今年の4月はなんと3000件。また、放送局のNBCの主催で毎年8月に行われるマンスリーキャンペーン「Clear the Shelters」には、全米から90以上の動物保護施設が参加し、130,000匹以上のホームレスのペットが新しい飼い主を見つけることができた。通常なら里親希望者は最初に保護施設に実際に赴き、自分と相性の良いペットを決めるが、今は施設やシェルターへの訪問が制限されるので、まずはオンラインにアップされている写真と情報でマッチメイキングをし、次のステップに進むのが主流となったのもニューノーマルだ。

ブルックリンのグランドアーミープラザで行われるグリーンマーケット。パンデミック後は花やプラントを求める人が増加 

家の中に「コンフォート」を取り入れるトレンドは、グリーンインテリアの需要がアップしたことにも反映されている。ニューヨーク市内各所で行われるグリーンマーケット(近郊の農家が野菜や果物などの食料品を直接消費者に販売する青空市)では、採れたての食材に加え観葉植物やプラントを販売する店が増え、行列ができている。また今まで観葉植物や草花を扱わなかったグロサリーストアやスーパーでも、グリーンインテリア・コーナーを設けるなど、そのニーズの高さを裏付ける。

公園や公道で、それぞれの「おうち時間」を楽しむ

ショッピングエリアにも程近いウィリアムズバーグの公園。週末ともなると家族連れで賑わう

自宅待機中の「おうち時間」を充実させるだけに止まらず、その概念をアウトドアに持ち出すというのもニューヨーカーらしい行動だ。市内に1700 ほどある公園や公共レクリエーション施設、特にセントラルパークやプロスペクトパークといった大きな公園では、思い思いの楽しみ方をする人たちで賑わう。 音楽を聞きながらジョギングする人、サッカーをする子供たち、ジャズを奏でるバンド、バーベキューをする家族、コーヒーを飲みながら読書するカップル、ダンスの練習をするグループ、チェスに興じる仲間たちなど、公園を歩くだけで様々な光景に出くわす。

パンデミック後に市が導入した、一定区間の公道を歩行者天国にするオープンストリート制度は地元経済の活性化に一役買っている

またニューヨーク市が5月から導入した「オープンストリート・プログラム」(市内各所の公道を期間限定で車両通行止め(自転車やスクーターはOK)にして、歩行者天国状態にし、ローカルビジネス、コミュニティーの活性化を目論む)も市民の憩いに一役買っている。1、2ブロック程度の短いものもあるが、長いところでは20ブロックもまたがるオープンストリートもある。こうした臨時歩行者天国の総距離は40マイル(64キロメートル)だ。コミュニティーによってその活用の仕方がまちまちで、盛り上がっているところもあれば、ひっそりしているところも。ベッドスタイ地区の一角にある通称「BLM(Black Lives Matter)プラザ」のように、観光客が訪れるようになったオープンストリートもある。

価値観の多様なニューヨーカーには、マスクの定着も一苦労 

マスクの正しい着用法を説明するポスターは地下鉄構内のあちこちで見かける。マルチ言語展開しており、英語版の他に中国語、スペイン語、アラビア語版などもある

ロックダウンから半年後の現在のマスク着用率は90%以上だが、多民族、多宗教、そして価値観の多様なニューヨーカーにこの習慣が定着するまでは長い道のりだった。マスクやその他のフェースカバリングで顔を隠すことはアメリカ人には受け入れ難いコンセプトで、「つけると息苦しい」「宗教的に受け付けない」「犯罪を助長する」という考えなど理由はいろいろあろうが、マスク着用文化のあるアジア人以外は、基本的に拒否。3月初旬は今とは状況が全く逆で、マスクをしていると感染者と勘違いされ、差別的な目で見られることが多かった。

マスク姿の自撮りを上げるNY州のクオモ州知事と娘のマライアさん

ニューヨーク州政府・市政府はマスク着用がウィルス拡散防止に役立つことを必死に呼びかけるが、特にミレニアルやZ世代にマスクは不評で、これに肝を煮やしたアンドリュー・クオモ州知事が5月に「Wear a Mask New York Ad Contest」というビデオ広告コンテストを実施することに。発案・実行は州知事の娘で、自身もミレニアル世代のマライアさん。募集公示から締め切りまで約2週間という短い間に、マスク着用の重要性を訴える30秒のメッセージビデオが約600集まり、一般投票で優秀賞が決まった。シリアスなものからコミカルなものまで様々な内容の作品の中で人気が集まったのは「愛する人たちの命を守るためにマスクをしよう」というメッセージを込めたものだった。

#WearAMaskNY Ad Contest: We ❤ NY - Bunny Lake Films

出典: YouTube

その他、州知事の定例記者会見でセレブを起用したマスク着用キャンペーンをしたり、マスクによる効能をデータベースで説いたり、正しいマスク装着の仕方を自ら講義したり、とにかくマルチ民族・マルチ主義のニューヨークでのマスク定着は至難の技だった。本記事執筆中の9月現在は95%以上の人がマスクを着用しており、ようやく定着した感があるが、最後の一押しとばかりに9月15日から公共交通機関でマスクをしていない人への罰金制度が導入された。

増える犯罪率はメンタルヘルスの反映

コロナ禍のNYでは犯罪が増加。自分がいる場所の近くで犯罪が起こったらすぐに知らせてくれるアプリ「Citizen」は心強いツールだ

ペットアダプションやコンフォート・バイイング、公園利用者増加といった現象は、制約された状況下のストレスを少しでも癒すという、ポジティブな心理の反映だが、その一方でニューヨーク市内ではストレスを抑えきれずに暴力化する現象も。3月、4月は自宅内で過ごす時間が長くなったため、まず家庭内暴力が増え始めた。4月以降は徐々に外に人が出始めたことと失業率の上昇で盗難が増え、5、6月はBLM運動のデモに便乗する形で勃発した破壊・略奪行為、そしてデモ参加者と警察の衝突、6、7月は住宅街での違法花火のゲリラ的打ち上げ、8月は銃撃・発砲事件の急増と、今年はとにかく毎月新たな治安問題が持ち上がった。その度に市政府は対策を打ち出して沈静化に努めてきたが、それだけでは心許ないので、一般市民の多くは近くで起こっている事件をリアルタイムで知らせてくれるアプリを利用したり、暗くなった後は外を出歩かない、一人で歩かないなどの工夫をして身を守っている。また、3月から増え始めたアジア系アメリカ人に対するヘイトクライムもなかなか減らず、ニューヨーク市警察は8月、特別捜査チームを組織している。

マンハッタンの経済復興が急務

まだまだ人影がまばらなタイムズスクエアに、ドーナツショップ「クリスピークリーム」の旗艦店が9月にオープン

9月現在、他州で見られるようなウィルスのぶり返しはニューヨークにはなく、新規感染者や死亡者の数は低レベルに止まっている。市内では9月からミュージアムが再開し、無観客だがUSオープンテニスやNYファッションウィーク、ニューヨーク映画祭といった大規模なイベントも戻ってきた。30日からは満を持してレストランのインドアダイニングも始まる。
マンハッタンにも徐々に観光客やオフィスワーカーが戻り始め、イーストビレッジやウエストビレッジ、ローワーイーストサイドなどの、住宅とビジネスが共存するエリアや、学生街のグリニッチビレッジ、レストランの多いヘルズキッチンなどを中心に徐々に活性化し、ほんの少しずつ経済が前進しているように見える。
夏はマンハッタン以外の4区のハイパーローカル経済で持ちこたえたが、マンハッタンの復活なくしてはニューヨークの経済復興は難しい。なにせ同区の一人当たりのGDPは、その他の4区の約10倍もあるのだから。マンハッタンが元気を取り戻すためにもニューヨーカーのニューノーマルは進化し続けなくてはならない。

人気観光スポットの「ザ・ハイライン」は、パンデミック以前は自由に出入りできたが、今は事前登録が必要で入口は1箇所のみ。緑のマークは距離を保つための目安

古村典子(こむら・のりこ)
慶応大学卒業後、リクルート社にて広告営業及び編集に携わる。1996年渡米し、エマソン大学で映像制作を学び、2001年よりニューヨークの日系テレビ制作会社に勤務。その後日系コミュニティー紙の編集を経て、2007年から英字月刊誌の編集長を10年間務める。現在は執筆、編集、翻訳業とともに、日本の食・工芸文化を現地でプロモートする活動にも携わる。Instagram:@Utsuwany

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メルカリマガジン編集部

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