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10年ぶりの主演 安達祐実が俳優人生で唯一捨てなかったもの

好きなものと生きていく#27

実年齢38歳にして、芸歴36年。俳優・安達祐実さんのキャリアは、彼女の生きてきた時間ほぼそのものである。一見華やかなようでいて、実は順風満帆とは言い難いキャリアを歩んできた安達さんだが、2020年になって、その活躍ぶりはとても鮮やかだ。

7年ぶりの舞台出演となった劇団た組の公演『誰にも知られず死ぬ朝』では、13歳の子役から40代の子持ちの母親役までを自在に演じ分け、これまでの安達祐実の集大成とも言える振り幅のある演技を見せた。4月17日から始まるドラマ『捨ててよ、安達さん。』(テレビ東京ほか)では、10年ぶりに連続ドラマの主演に抜てきされただけでなく、キャリア初となる「本人役」での出演である。

20代後半には、仕事に恵まれず悩んだ時期もあった。10年を経て主役の座に返り咲くまで、安達さんの心境にはどのような変化があったのか。謙虚な気持ちと確固たる自信が同居した“最新の安達祐実”に、「捨てたもの」と「捨てられなかったもの」を聞いた。(編集/メルカリマガジン編集部、撮影/神藤剛)

安達祐実のすべてを捨てる覚悟で歩み出した「俳優」の道

前回主演を務めたドラマ『娼婦と淑女』(東海テレビ・フジテレビ系)から、10年が経つ。当時28歳だった安達さんは、子役のイメージを拭いきれず、仕事が思うようにいかない時期が続いていた。プライベートでは離婚も経験し、一つの正念場を迎える。主演級の配役が常連だった安達さんは、これまで受け身でいた仕事のスタンスを、切り替えることにした。

「これまでの自分は、もういらないって思ったんです。私がやりたいのはタレントではなく“俳優”だから、それを守るためにどうするべきか、自分で考えるようになりました。その結果、たとえお金が稼げなくても、俳優以外の仕事はやらないって決めたんです。事務所にも『向こう5年間くらいはキツいかもしれないけれど、その先のことを考えてやっていきましょう』と話して、“安達祐実としてのイメージ”とか、“配役が3番手までじゃないとやらない”とか、そういうものもすべて捨てるようにしました。売り上げは下がるから、事務所の人はすごい嫌だったと思いますね(笑)。でも、あの時間がなかったら、今の私はいないと思います」

再スタートを切った安達さんにとって転機となった作品が、ドラマ『主に泣いてます』(フジテレビ)だ。情緒不安定で、めまぐるしい感情の起伏を見せる「由紀子」を演じた彼女は、これまでにない振り切った演技によって、脇役ながら圧倒的な存在感を見せた。それからはコメディドラマの出演オファーも増えたという。

「『主に泣いてます』に出演するまでは割と不幸な役が多かったから、由紀子という役で吹っ切れた感じがありました。『何をやってもいいんだ!それでも人を楽しませることはできる!』って、実感を得られたんです」

主役ばかり演じていたこれまでの自分を捨てて、改めて俳優業と向き合う。険しい道だったはずだが、この判断が結果的に役者としての幅を広げることになる。では逆に、安達さんがこの10年で「捨てなかったもの」は何だったのだろうか。小さな沈黙の後、彼女は静かに一つの単語を挙げた。

「情熱、じゃないですかね。仕事への想いだけは、捨てなかったんだと思います。ダメだった時期があるからこそ、今、こうして仕事ができていることの有難さは余計に感じているし、現場を作るスタッフさん含め、すべての人がやってくれている一つひとつのことに、感謝の気持ちを強く持っています。演じられることへの有り難さは、ずっと感じてきたんです」

主役も脇役も、作品のなかの役割の一つに過ぎない

10年ぶりの主演ドラマ『捨ててよ、安達さん。』では、初となる「本人役」を演じる。36年間「誰かになりきること」を続けてきた安達さんは、このオファーを受けた当初、自分自身を演じることを楽観的に捉えていたという。

「『捨ててよ、安達さん。』の話を聞いたときは、いつもの自分を演じればいいし、ラクそうだなあって思ったんですよ。ここ最近よく頑張っていたし、たまにはこういうご褒美もいいなあ! くらいの気持ちでした(笑)。でも、実際に演技してみたら、難しくて驚きました。ストーリーを優先するから、自分役とはいえ、本心とは違う台詞や演技を求められることもあるんです」

プロデューサーや監督、脚本家とは、撮影に入る前に長い打ち合わせをして、これまでの安達さんの半生を紐解いていったという。完成した台本は事実をベースに書かれていたが、エピソードに対してドラマの中の「安達さん」が抱いた感情や台詞は、安達さんの本心ではないものも含まれていた。あくまでも本人「役」。主演俳優として、安達さんはそれを演じきる。

「このドラマは演出が奇想天外なんです。『安達祐実の人生に関わる重要なモノ』が擬人化されて現れて、捨ててほしいって私に頼んでくる。ドラマの中の私は、捨てることに躊躇しているし、トラウマみたいなものを感じているんですけど、実際の私は『モノ』に対してわだかまりや執着をあんまり持たないんですよね。自分に近い分、ないものを演じるのも難しくて『乗り越えなきゃいけない山が、もう一つ増えた!』って感覚がありました」

演技自体の難しさを感じる一方で、10年ぶりの主演については「あまりプレッシャーは感じなかった」と話す安達さん。36年のキャリアの賜物かと思えば、予想しない答えが返ってきた。

「仕事を積み重ねてきた結果なんでしょうけど、私は、主演気質じゃないかもしれないとも思っているんです。今回のドラマも、1話ごとに別のゲスト俳優さんが出てくるので、単話で見れば主役はゲストの皆さんだと思っていて。私はいかにこの人が輝いてくれるかを、合いの手を入れながら見ている感覚になっていました」

主役でありながら、ゲスト俳優を脇で支えることに徹する。その一歩引いた眼差しと余裕のある構えは、やはりこの10年間で培った、新たな安達祐実の一面とも言える。

「主演になれないことが悔しかった時期ももちろんあって、そのときは『安達祐実を使ってよかったなって言わせてやる!』って、必死になっていたんです。でも、そうやって頑張っているうちに、出番が少なかろうが、あまり写っていなかろうが、どこでも輝くチャンスはあるってことに気付いたんですね。どんなポジションでも一緒に仕事した人たちを納得させられる自信もだんだんついていったし。だから今は、自分が丸のなかに収まっている感じがするんです。主役であっても、脇役であっても、役割にすぎなくて、一つの作品のなかという丸のなかに、自分がすっぽりとハマっている感覚。飛び出てやろう、みたいな気持ちはなくなりました」

質実剛健な私生活と、今、安達祐実が手に入れたいもの

過去の立ち位置を捨て去る覚悟をしたからこそ、現在のキャリアを築けた安達さん。その決断力や潔さは、プライベートでも表れる。

「子供が作ってくれたものとか、夫と共通の趣味であるソフビ人形とかはきちんと自宅にあるんですけど、私自身に関するものは、過去の仕事のものも含め、ほとんど捨てちゃうんです。台本も、昔は10話あったら1話ぶんだけ保管しておこうかなと思っていたんですけど、今は読み返すこともないので、事務所にすべて預けることが多いです」

自宅に置かれている家具やキッチン雑貨も、基本的には最低限。大好きな洋服も、トレンドを気にせず、ずっと着られるものを選ぶ。ミニマムで質実剛健な暮らしだが、「いま手に入れたいもの」を尋ねると、その暮らしぶりが見えてきた。

「今のままで十分こと足りているし、今、これが欲しい! と思うものはそんなにないです。ただ、ここ1、2年、植物が本当に好きで、たまに夫とデートに行くと、行き先は植物園だったり、公園で草花を愛でたりすることが多いんです。生き物を育てることはすごく苦手だったし、子供だけで精一杯だったんですけど、最近は余裕も出てきたから、家にももう少し緑があったらいいなと思うようになりました」

現状への充足感と、穏やかな暮らしを想像させる一方で、俳優としての貪欲な情熱が消えることはない。

「今でも恵まれた環境にいるんですけど、これからは自分が刺激されるような、本当に面白いと思って取り組める仕事ばかりやりたいと思っています。『やったほうがいい仕事』ももちろん存在するんですけど、今は『やりたい仕事』とのバランスがやっとうまく取れている状態なので、今後もそこを見誤らないように、仕事の選び方は気をつけたい。できるだけ、自分が欲望に駆られるものだけを、叶えられる環境にしていけたらと思っています」

安達祐実(あだち・ゆみ)
2歳でモデルデビューを果たし、12歳で主演を務めたテレビドラマ『家なき子』(日本テレビ系)で脚光を浴び、一躍注目を集める。以後、現在に至るまでドラマ、映画など幅広く活躍し続けている。写真集「我我」(青幻舎)が発売中。4月17日より毎週金曜24:52~『捨ててよ、安達さん。』(テレビ東京ほか)がスタート。
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WRITTEN BY

カツセマサヒコ

(かつせ・まさひこ)Webコンテンツの執筆・編集屋さん。作詞、脚本、コピー、PR企画など「書く」から派生する仕事を何でもやる。SNSでのいいね集めとスマホの充電が大好き。納豆が嫌い。

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