「死ぬまで戦い続けることを教えてくれた」ISSAが今でも〈仮面ライダー1号〉に励まされる理由

DA PUMPという大きな看板を背負い、現在7人で活動するグループを率いるISSA。2018年の大ヒット「U.S.A.」もまだ記憶に新しい彼らが、今年の9月30日にリリースした通算33枚目のニュー・シングル〈Fantasista~ファンタジスタ~〉。サッカーなどスポーツの世界では“局面を一気に打開するヒーロー”という意味もあるこの言葉にちなんで、ISSAが心に抱き続けている英雄たちについて話を聞いた。もちろん、彼が愛してやまないあのヒーローの話もたっぷりと。(執筆/松永良平、編集/メルカリマガジン編集部、撮影/伊藤圭)
「青春プレイバック 懐かしのモノをメルカリでディグる」は青春時代から好きなもの、影響を受けた作品のお話を伺いながら、懐かしいモノに思いを馳せるシリーズです。
──ファンタジスタという単語には、サッカーの世界でも天才的な技術を持ち局面を鮮やかに変えるヒーローを指す意味で使われます。ISSAさんにとっての最初のファンタジスタというと?

仮面ライダーですね。自分が子供の頃に憧れた唯一のヒーローが仮面ライダー1号でした。いまだに1号は、ずっと自分にとってののヒーローです。

──仮面ライダー1号のテレビ放映開始は1971年4月なので、ISSAさんが生まれる前。当然、リアルタイムではないと思うのですが、どういう出会いだったんでしょう?

自分たちの世代では、リアルタイムで放映されていたのは『仮面ライダーBLACK』(1987年10月~1988年10月)なんです。だけど、僕はシリーズの原点である『仮面ライダー』から入りました。見たきっかけはレンタルビデオです。小さい頃からバイクやカートのレースをずっとやってまして。週末になるとレース場で練習して、終わった後にレンタルビデオ屋に行くんですが、そこでいろんなレースのビデオと一緒に、ついでに借りたのが最初でした。ライダーがバイクに乗っていたし、等身大のヒーローというのがかっこよかった。「改造人間」というキーワードにも惹かれました。
──初期のシリーズは、ISSAさんがおっしゃったようにライダーがバイクに乗ってましたし、今よりもアクションも荒削りで肉体的だったような印象があります。

そうですね。初期は、ライダー1号に変身する本郷猛を演じていた藤岡弘さん自身が、スーツアクターになって1号のアクションもやってましたから。もちろん小さい頃は本当に変身してると思ってましたし、ゆくゆく物心がついてから「戦闘シーンもこの人がやってるんだ」と知ったときは、さらにすごいなと思いました。自分がもし仮面ライダーを演じるなら、やっぱりそこまでやりたいとも思いましたけどね。

──それこそ平成ライダー・シリーズには、ISSAさん自身も歌手、俳優として関わられています。2019年公開の『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』には、DA PUMP全員で出演し、主題歌(〈P.A.R.T.Y. ~ユニバース・フェスティバル~〉)も担当。なおかつISSAさんはついに「仮面ライダーバールクス」に変身しました。

変身させてもらえたのは大きかったですね。スーツアクターとして自分がライダーになろうとも思ってたったんですが、それは無理ということだったので諦めました。でも、気持ちとしてはスーツアクターの人と一緒に戦ってるつもりでいましたね。
平成ライダー最後の締めくくりである『ジオウ』に出させてもらえたのも、ありがたいことでした。仮面ライダー好きは公言してましたし、夢が叶ったというよりは、行動や言動に移して発信し続ければこういうチャンスが巡ってくるんだろうなと思ってます。そうなるのはすごく稀かもしれないですけど、時にはそれが実を結んでいい結果を生むことになる。だから、やり続けなきゃいけないということなんだなと思います。

『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)

子どものころ1号を観てから、ずっと「改造人間になりたい!」と思っていて。DA PUMPの10周年記念ライブのリハ中に、大怪我をして足にボルトが入ったときにも「やっとこれで改造人間になれた!」と思ってましたから。ポジティヴなのかネガティヴなのかわからないですけど(笑)。そういうふうに痛みを前向きに考えさせてくれる、自分を形成するひとつとしての仮面ライダーは大きいですよね。

──それ以前にも、2003年『仮面ライダー555(ファイズ)』(2003年1月~2004年1月)の主題歌〈Justiφ's(ジャスティファイズ)〉をISSAさんのソロで歌ったことに始まり、、2005年には劇場版『仮面ライダー THE FIRST』では主題歌〈Bright! our Future〉をDA PUMPで、続く『仮面ライダー THE NEXT』(2007年)では〈CHOSEN SOLDIER〉をソロで歌われてます。

『THE FIRST』ではショッカーの幹部役で出させてもらいました。そうやって徐々に関わりが増してきて、平成最後の『ジオウ』には、今のDA PUMP7人全員でお芝居にも参加させてもらいました。7人のリーダーとしてある姿と、劇中で自分が演じる「常磐SOUGO」としてのあり方がリンクしてありのままですんなり表現できました。今後もライダー・シリーズが続く限りゴールはないので、楽曲でも、どういう形でもなにかしらたずさわっていきたいなと思ってます。
──仮面ライダーへの強い思いが、シリーズの原点でもある1号から始まっていたとは、驚きました。作品が続いていく上でも、原点である1号の精神を持っているISSAさんが注入できるものがあるというのはよいことですよね。

そうであってほしいなと思いますし、そういうことをやれたら幸せですよね。今でも暇があるときは、1号と2号のシリーズは見返してます。シリーズの全話が入ってるジュラルミンケース入りのDVDボックスが何年か前に出たので、それは即買いでした。
好きなエピソードを選んで見るんじゃなく、順々に見直すことが多いですね。見落としてる部分は何かしらあるし、違った角度で見ると新たな発見もある。普段は主人公を見てるけど今回はここを見てみよう、とか。ライダーの戦闘シーンは生田の山で撮影してたから、僕もロケとかで生田に行くと感慨深かったりします。生田では、「死神博士」を演じた天本英世さんとすれ違ったことがあって、なんとも言えないおそろしさとうれしさが込み上げてきたのはいまだに覚えてますし。

『仮面ライダー1号・2号 BOX』(東映)

──さっき死神博士役の天本さんとすれ違ったというエピソードがありましたが、本郷猛役の藤岡さんとは?

実は何回もお会いしてます。自分の生き方を変えない男らしさがある、すごく武士道を感じる方ですよね。最近はお子さんたちも芸能界入りしていて、すごく素敵なお父さんだったとか、今まで知らなかった新たな一面が垣間見れていますよね。

──ISSAさんはグッズや変身ベルトを集めて世界に入り込むというより、作品を何回も見返して熱中するタイプでしょうか?

もちろんベルトとか、グッズもいろいろ持ってます。それなりに価値があるようなものもありますね。でも、やっぱり作品を見ることが一番ですかね。平成でライダーにもいろんな変化があって、令和になって2作目のライダー(『仮面ライダーセイバー』2020年9月放映開始)もまたちょっと面白い展開になっているんじゃないかな。原点としての1号は変わらないけど、この先もいろんな方向に振れる可能性がすごくある。そういう作品にどんどん成長していってるんじゃないかなと思います。

「ソニックウェーブ DX変身ベルト 仮面ライダークウガ」(BANDAI)

──1号以外にもISSAさんが好きなライダーは?

平成仮面ライダーの第1作である『仮面ライダークウガ』(2000年1月~2001年4月)ですね。最初は「昭和のライダーとは違うんだろうな」と思って見てなかったんです。そしたら、仮面ライダー好きな僕のお師匠さんであるm.c.A・Tが「まずだまされたと思って見てみろ」と勧めてくれて。見てみたら面白くて、そこからまた入り込んでいきました。
 平成ライダーは、大人も楽しめる内容になっているんです。『555』ではライダー側だけの描写じゃなくて、敵側であるオルフェノク内の描写もあったり、どっちがヒーローでどっちが敵とかじゃなくなってきてる。『ジオウ』では、時空を駆け巡って平成ライダーのみならず昭和のライダーも全員出てくるし、平成を締めくくるライダーとしてまとまりもストーリーもしっかりあってよかったです。

──ISSAさんの興味がダンスや音楽に移っていったなかでも、仮面ライダーからの影響を感じた部分はありますか?

うーん。共通してるところは「やり続ける」ですね。僕らはやり続けるし、仮面ライダーは「戦い続ける」っていうところには影響を受けました。これは終わりのない戦いだし、大げさにいうと死ぬまで続く。そういうところは自分の活動とリンクすると思います。僕らも見てくれたり聴いてくれたりする人たちのために最高のパフォーマンスをするし、ライダーは人類の平和のために戦い続ける。仮面ライダーは「俺はやり続けなくちゃいけないんだ!」って思わせてくれた大きな理由のひとつです。
──DA PUMPとしてパフォーマンスをするうえでのヒーローとしたら、誰でしょう?

僕のお師匠さんであるm.c.A・Tですね。ダンスを始めた頃に見てたダンサーの先輩とかはもちろんいます。その後に、DA PUMPで歌って踊ってというスタイルになって、いろんな方々の楽曲を聴くうちにやっぱりm.c.A・Tという人が作ってる曲は踊れるし、歌もあってラップもある。そういうところでは師匠の影響はかなり受けて育ってきました。出会ってから20数年経っても一緒に過ごせるし、プロデュースだけ、ビジネスだけの関係ではない、人としてのおつきあいをさせてもらってます。

──具体的にm.c.A・Tさんに救われたエピソードもあるでしょうね。

やっぱりDA PUMPが4人だった頃にずっとプロデュースしてもらってきて、師匠はその頃に対しての思い入れもすごくあったと思うんです。でも、7人のDA PUMPになって地道にやってるときも応援してくれましたし、話し相手になって精神面で支えてくれることもたくさんありました。新しいDA PUMPとして3年半ぶりに新曲を出せるっていうときには、〈New Position〉(2014年10月)って曲を作ってくれたんです。ここからDA PUMPがまた違うストーリーを歩んでいくうえでいいスタートが切れた楽曲でした。そこには師匠の思いもいっぱい詰まってますし、僕らもダンスや歌の表現で思いを込めましたし。そういうふうにまたDA PUMPを始められたのは大きかったと思います。
──他の表現やジャンルでISSAさんがインスピレーションを受けるような方っていらっしゃいますか。

AK-69っていう名古屋のラッパーがいるんですけど、彼が信念を持ってやり続けて、貫き通して成り上がってきている姿は、男同士としてリスペクトしてます。あと、日本体操界のレジェンド、内村航平くん。彼が32歳になって、今まで個人種目全部にエントリーしていたのを鉄棒だけに絞るというニュースを見たんです。そこには不甲斐ない思いや、怪我との戦いとかいろいろなことがあったと思うんですが、それでも諦めずに自分の一番の得意技である鉄棒を磨いていくことで、勝負し続けるのはかっこいいなと思いました。
もうひとり挙げるなら、古田新太さんですかね。2017年に『ロッキー・ホラー・ショー』っていうミュージカルでの共演で古田さんに出会ってから、舞台とかお芝居に対しての感覚が好転したと思います、稽古から公演が終わるまで半年ぐらい毎日のように一緒に過ごして、いい影響をたくさん受けました。いい意味で力が抜けたというか。

『ロッキー・ホラー・ショー』(ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社)

──それは、具体的なアドバイスとして?

そうじゃないんです。その頃、そっち(ミュージカル)に行くのはやめようかな、こんなプレッシャーを感じて舞台に立つんだったらやらないほうがいいな、というくらい悩んでいたんです。でも、古田さんと日々を共にしてみて「別にいいじゃん」と思えるようになりました。力みすぎずに自分らしくやればいいんだよ、ということを言葉で言われたわけではないんです。自分が古田さんの振る舞いを見ている中で、勝手に衝撃を受けただけなんですが。

──そういう「力を抜いて自分らしく」という気づきは、仮面ライダーから得た「死ぬまで戦い続ける」という使命感のような気持ちを少し楽にもしますよね。

そうですね。そこまで意気込んでいかなくてもいい、というか。ひとつの舞台やミュージカルってそのカンパニーで作っていくものだから、入口からひとりだけ意気込んでてもダメだと思います。みんなで徐々に作っていけばいいし、自分にできる分野で力を発揮できればいいんだなと単純に思いました。
──その感じ方も、今のDA PUMPにはすごく生きてるように思いますが。

そうですね。大きいですね。これからも戦い続けるけど、休みたいときには休めばいいし。自分にはこれしかできないんだと思ってますし、これをやり続けることが自分のテーマですからね。

──最後の質問です。今ISSAさんが熱中していることや、探しているものを教えてください。

ゴルフですね。メルカリでずっとクラブを見てますよ。こんなシャフトはないかなとか、パターとか靴とか(笑)。マニアックな目線で探すというより、好きな見た目のものを使いたいという気持ちですね。
バイクとレースとゴルフは幼少からやってたんです。ちっちゃい頃はあんまりゴルフは好きじゃなかったんですけど、この仕事をするようになって楽しさがわかりました。いろんな年齢層や職種の方と一緒にラウンドして顔を合わせる楽しさもあるし、僕は娯楽ではなくいいスポーツだと思ってるんです。緑もある空気の綺麗な場所でやるわけですし、歩くことも好きなので、ゴルフ場は自分の好きなものが集まった場所です。気晴らしにもなりますしね。いい汗かいて、いい仲間と一緒に、いいスポーツをする、というのが好きな理由です。

──ちなみに、ISSAさんがメルカリでゴルフグッズを見ているというのは記事にしても大丈夫ですか?

全然大丈夫ですよ!(笑)

ISSA
1978年12月9日生まれ。沖縄県出身1996年ダンスヴォーカルユニットDA PUMPを結成し、1997年シングル「Feelin’ Good 〜It’s PARADISE〜」でデビュー。98年、NHK紅白歌合戦に初出場。以降、2002年まで5年連続出場。「ごきげんだぜっ ! 〜Nothing ButSomething〜」「Rhapsody in Blue」「We can't stop the music」「if...」など数々のヒットを放つ。
18年6月、約3年半ぶりにリリースした29枚目のシングル「U.S.A.」が大ヒットし、ミュージックビデオの再生回数は2億1千万回を超える(20年4月現在)。同年12月「第69回 NHK 紅白歌合戦」に出場、ISSA 以外の現メンバーは初出演となった。19年には約16年振りに日本武道館公演、17年振りに大阪城ホール公演を開催。19年12月には2年連続で「NHK 紅白歌合戦」の出場を果たした。20年2月さいたまスーパーアリーナにて「LIVE DAPUMP 2020 Funky Tricky Party FINAL」を開催。20年9月「Fantasista~ファンタジスタ~」をリリースした。

1) 仮面ライダー1号

1971年4月放映開始の仮面ライダー・シリーズ第1作。本郷猛(藤岡弘)が変身する1号、一文字隼人(佐々木剛)が変身する2号と主人公が交代しながら約2年にわたって放映され、変身ポーズや必殺技の「ライダーキック」などで、日本中に第ブームを巻き起こした。藤岡弘は当初、自分自身で仮面ライダーのスーツを着てアクションやバイク運転も行なっていたが、撮影中のオートバイ事故により番組から一時リタイア。急遽2号が登場したというエピソードがある。

2) 仮面ライダーBLACK

1987年10月に放映開始。仮面ライダー・シリーズとしては通算8作目で、前シリーズの『仮面ライダースーパー1』以来6年ぶりの再開だった。原作者の石ノ森章太郎の意志を汲み、「仮面ライダー」への原点回帰を掲げたリアルな描写がコンセプトとなっていた。続編『仮面ライダーBLACK RX』(88年10月から89年9月)まで含めれば2年のロングランとなり、昭和最後の仮面ライダー・シリーズでもあった。

3) 仮面ライダージオウ

平成仮面ライダーとして通算20作目。2018年9月から19年8月まで放映され、平成最後のシリーズでもある。時空を超える力を持つジオウは、「ライドウォッチ」というアイテムによって歴代の平成仮面ライダーたちの能力を使うことができた。番組内でも平成仮面ライダーが勢ぞろいした記念碑的な作品となった。

4) 仮面ライダーバールクス

2019年7月公開の劇場版『仮面ライダージオウ Over Quartzer』に登場する仮面ライダーで、ISSAが演じるキャラクター、常盤SOUGO(ジオウに変身する主人公、常盤ソウゴと同じ名前を持ち、謎の組織クオーツァーのリーダー)が変身した姿。平成仮面ライダーたちの全力が通用しないほどの強大な能力を持つ。

5) 仮面ライダー555(ファイズ)

2003年1月から放映された平成仮面ライダー第4作。主人公としてのライダーだけでなく、悪の怪人オルフェノクに変身してしまった登場人物たちの内面も描いた異色作となった。主題歌「Justiφ's(ジャスティファイズ)」は、DA PUMPではなくISSAのソロ名義で発表された。

6) 仮面ライダー THE FIRST

2005年11月公開の劇場版。仮面ライダーの原点であるテレビ・シリーズ第1作の主人公、本郷猛(黄川田将也)、一文字隼人(高野八誠)が悪の組織ショッカーと戦う設定を現代風にアレンジした作品となった。ISSAは本名の辺土名一茶としてショッカー幹部役で出演した。翌年、続編『仮面ライダー THE NEXT』も劇場公開された。

7) 死神博士

オリジナル『仮面ライダー』に登場したショッカーの大幹部。昭和から平成にかけて怪優として活躍した天本英世が演じ、大きな人気を博した。変身後の姿はイカデビル。

8) 仮面ライダーセイバー

2020年9月に放送が開始されたばかりの令和ライダー第2作。世界の源が詰まった一冊の本を奪おうとする敵に向かって、聖剣を持つライダーたちが戦う展開になっている。

9) 仮面ライダークウガ

記念すべき平成仮面ライダー・シリーズの第1作で、2000年1月から放映された。ドラマ重視の設定で、戦闘シーンも少ないなど、それまでの仮面ライダー・シリーズの「ヒーローvs敵」という単純な構図では割り切れない世界が描かれた。主人公、五代雄介を演じたのがオダギリジョー。

10) m.c.A・T

1993年の大ヒット「Bomb A Head!」で一斉を風靡したミュージシャンであり、その後は数々のアーティストのプロデュースを手掛け、DA PUMPやAAAなどをポップ・シーンに送り出した。作編曲など、本名の「富樫明生」も並行して用いている。

11) ロッキー・ホラー・ショー

もともとは1973年にアメリカで制作されたロック・ミュージカルだったが、世界的に火がついたのは75年に実現した映画化から。公開当初は酷評を受けたが、深夜映画としてロングランされるうちに登場人物のコスプレをした観客や、画面と観客とのやりとりが定番化し、カルトシネマの傑作として現在は世界中で愛されている。
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