300匹以上もの金魚を育成する照英が「金魚育成家」として目指す頂点

好きなものと生きていく#13

「照英」という俳優の名前を聞いて、どんなイメージをもつだろうか。

ドラマや時代劇に出演する俳優、戦隊ヒーロー、スポーツマン…。様々な顔をもつ照英さんには”ワイルド”なイメージがあるが、プライベートでは意外な趣味がある。実は芸能界屈指の「金魚育成家」なのだ。

最盛期には300匹以上もの金魚を自宅で育て、水温やpH値まで徹底的にこだわり抜く様子は、もはや職人レベル。金魚への思いは「将来的には『照英』という新種の金魚を日本一にしたい」と語るほど熱い。

彼はなぜいま金魚に夢中なのか。魚育成のルーツや金魚との出会い、そして金魚育成の魅力まで余すところなく語ってもらった。(編集/メルカリマガジン編集部、撮影/藤原慶)

“泳ぐ宝石”との出会い

ランチュウに触れる照英さんと金魚畑(提供画像)

照英さんが金魚と運命的な出会いを果たしたのは8年前、旅番組でのことだった。

「愛知県の弥富市という街を歩いていたんです。すると田植えの時期でもないのに水の張られた田んぼのような場所があって。詳しく聞いたらそれは“金魚畑”というものらしいんですね。そのとき見せてもらったのが、泳ぐ宝石とも呼ばれるランチュウという金魚でした」

ランチュウはずんぐりとした魚体でぼこぼこした頭が特徴的な金魚の一種だ。サイズや形の良さで価値が変わり、げんこつ大を超えるほどのサイズになると、30万円以上の値がつくこともあるという。

深見養魚場で出会ったランチュウ

「撫でてみたらぶにょぶにょしていて、手に抱いてみたらだんだん可愛く思えてきちゃって。そのとき訪れた深見養魚場の深見さんから、すぐに稚魚を送っていただいたんです。それからは深見さんと、あと東京の江戸川区にある『金魚の吉田』の吉田会長、主にお二人にお世話になって金魚を育成しています」

国内の三大産地と言われる愛知県の弥冨と東京都江戸川区の大ベテランに手ほどきを受けながら、ランチュウから東錦やキャリコといった魚種にまで育成の幅を広げていく。

無論、金魚の育成はそう簡単ではない。エサやりだけではなく水質管理や病気のチェックなど日々、細やかなケアが必要だ。「ただ、幼少期から魚には親しんできました」と振り返る。

幼少期から釣り、大学時代から熱帯魚育成

照英さんが魚を飼育するのは、金魚が初めてではない。設計士の仕事をしていた祖父が自宅の庭に池を掘り、釣ったヘラブナをそこで飼っていた。照英さんも祖父と共にヘラブナを釣り、飼育していた。その経験が今の「魚好き」につながっている。

祖父が亡くなってからは釣りや魚の飼育からは離れていたが、大学に入学してまた魚が身近になる生活が訪れた。

「僕は東海大学に通っていたんですけど、陸上部の寮で暮らしていて。そこで代々、水槽で熱帯魚を飼う伝統があったんです。卒業した先輩の水槽が入学と同時にあてがわれて、ホームセンターや熱帯魚屋さんへ自分が育てる熱帯魚を買いに行く。そのとき熱帯魚の育成にどっぷりハマって、4年間育てていました」

30歳で結婚をしてからは、自宅での熱帯魚の飼育も再開した。水槽を購入し、ピラニアを飼い始めた。ところが3年ほど経つと、共食いをしてしまった。最後の一匹も死んでしまったところで、また魚の飼育をやめてしまった。

カラの水槽だけが家に残っていた。それが今、金魚を育成する水槽となっているのだ。

金魚の種類は100種類以上、長く生きたものは40年以上

「金魚の繁殖力ってメチャクチャ強いんですよ。春と秋に繁殖するんですけど、一度に1,000匹とか2,000匹とか生まれる。共食いしたり病気になったりして、その中で生き残るのが5分の1くらいですね。プロはさらに、色や形がいいものを選別をしていく。もともと金魚自体がフナの一種が突然変異で赤っぽくなったもので、それを人間の手で交配させて改良してきたことで、今いろんな種類の金魚がいるんです」

金魚は「赤いイメージ」「黒い出目金を見たことがある」、それくらいの方が多いのではないだろうか。でも実際は100種類以上もの金魚が存在する。

「目が上を向いている金魚とか。可愛くないですか? すごくレアな金魚なんですよ。あとは水泡眼って、ほっぺをわざと腫れさせた金魚とか。みんな人間の手で改良されたもので、元は和金(金魚すくいで見かける一般的な金魚)なんですよ。プロはヒレがきれい、形がきれいと選別してトップの金魚を作り出して、それが金魚育成の醍醐味とも言えるんですけど、僕は素人なのでそこまではしていません」

照英さんは金魚の交配なども自ら行うが、選別などはせず、すべての金魚を育てている。

「生まれたものを大きく生かしてあげることが自分の使命かなって。ちっちゃい稚魚だったら、大きくするために大きい水槽を買う。せっかくうちで生まれたんだから育ててあげて、できるだけ長く生きてもらいたい。普通は5年から10年くらい生きるんですけど、長いものだと40年生きた記録もあるらしいんです」

金魚育成の挫折と光

金魚育成が安定してきた矢先、大きな事件が起きた。

「近所に大きな公園があって、家の前には畑があるんです。畑にいる人から『ちょっと前からハクビシンやタヌキが出ているから注意したほうがいいよ』と言われて、でも自分には関係ないと思っていたんです」

ところがある朝起きた照英さんが庭で目撃したのは、水槽の周りに飛び散った金魚の死骸たちだった。

手塩にかけてきた金魚たちが害獣たちに襲われてしまい、300匹ほどいた金魚が30匹ほどにまで減ってしまった。中にはこぶし大ほどの大きさにまで育て上げた金魚もいた。

「餌をあげるといつも寄ってきて、水面で口をパクパクする子がいたんです。子どもたちと『ポニョ』って名付けて可愛がっていたんですけど、その子も被害に遭ってしまって...。もちろんその子だけじゃなくみんなに愛情をもって育ててきたので、あまりにもショックで。残った30匹を育てて、金魚育成はもう終わらせようと思いました。でもその子たちが春に卵を産んだんですよ。約2,000匹も。その子たちが育って今100匹くらい残ってくれています。金魚はだいたい2〜3年で成体になるんですけど、今1〜2年くらい育ったところです」

丁寧に育てれば繁殖を続ける金魚の育成に終わりはないが、そのような事件が起こると続けるモチベーションも低下しまうものだろう。人に譲るなどして、終わらせてしまいたいと思っても不思議ではない。

「生まれてきてくれた子がいたら、やっぱり一生懸命育てたいって思っちゃうんです。病気になったら看病したいし、なるべく金魚にとっていい環境を作ってあげたい。その気持ちに理由なんてありません。もしかしたら突然変異で、誰も見たことがない金魚が生まれて、オリジナルの金魚『照英』として発表できるかもしれない。そして賞がもらえたら、自分のなかでも満足いくのかなって。『照英』が100匹くらい繁殖して、個人の日本チャンピオンになれたら、もう言うことないかなと思っています。今はそこまでいくのが目標です」

大人は何かをやりたいと思っても、考えたり口に出したりするだけで終わってしまうことが多い。だが照英さんは自身のことを、「飽きやすいけど凝り性、小学校4年生くらいから好奇心の強さが変わっていない」と話す。

その好奇心が、釣りや熱帯魚の育成に始まり、ダイビングやキャンプ、バイクや書道と、多くの趣味を極めさせてきた。

「面白そうだと思ったらまずはやってみる」。照英さんが公私ともに変わらず持ちつづけてきた哲学だ。大人になったからこそ、躊躇する気持ちを意識的に消して、好奇心のまま挑み続けることを心がけている。金魚たちは、そんな彼の「躊躇しない」人生を象徴する、宝なのかもしれない。

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照英(しょうえい)
1974年、埼玉県生まれ。学生時代、やり投げで全国区の選手として活躍。大学卒業後はファッションモデルとして活動、ジョルジオ・アルマーニなど数々のショーに出演する。
その後、テレビにフィールドを広げ、タレント・俳優としてさまざまな番組に出演。『筋肉番付』などで脚光を浴び、高い身体能力と明るく屈託のないキャラクターで人気を集める。現在はドキュメンタリー、料理・旅番組などでナビゲーターとしても活躍。私生活では3児のパパとして子育てにも奮闘中。

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WRITTEN BY

鈴木梢

(すずき・こずえ) 1989年千葉県生まれ。PR会社や大手出版社、編集プロダクション勤務を経て2018年にライター/編集者として独立。主にエッセイやコラムの執筆、著名人のインタビューの企画/編集を行う。好きなものはハイボールと国内フェス巡りと「龍が如く」。

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