趣味2019.10.28

「勇者だけが人生の主人公ではない」ハライチ岩井に聞く、平凡な人生をどう楽しむか

好きなものと生きていく#12
波乱万丈な日々を過ごす「主人公」のような人生に憧れたことはないだろうか? きらびやかな世界を生きる芸能人や起業家はもちろん、好きなモノに熱中するオタクたちや出世街道を突き進む友人を見ると、平凡な毎日を送る自分が霞む。

「僕の人生には事件が起きない」


そんなタイトルのエッセイを上梓したのは、ハライチの岩井勇気だ。


「地元どんなところでしたか 田舎っぽいところありました 」
――ない。
「学生時代どんな子でした いじめられたりしませんでした 」
――してない。
「実家はどうですか 貧乏で困ってませんでした 」
――困ってない。
「下積み時代の苦労とかあったら教えてください」
――苦労してない。

まさに地獄だ。
(『僕の人生には事件が起きない』岩井勇気(新潮社)より引用)

事件が起きない人生。お笑い芸人としては、ウィークポイントに見えてしまいそうだ。でも、岩井からは卑屈さや劣等感は全く感じない。

マイクを向けられた一瞬で、他人の心を掴まなければいけない世界で生きる彼に聞いてみたくなった。事件の起きない退屈な毎日を、どうやって過ごしていけばいいのだろう?
(編集/メルカリマガジン編集部 撮影/尾藤能暢)

「にわか」って揶揄は気にしなくていい

幼少期からアニメが大好きだったという岩井。大人になった現在は、アニメ番組やイベントなどの仕事はもちろん、多忙な傍ら毎シーズン25本ほどのアニメを最終話まで観きるほど心血を注ぐ。ときにはコミックマーケットに自らブースを構えるなどオタ活を楽しんでいるように見えるが——。

両親共にマンガやゲームが好きで、母なんか僕がお腹にいる時から寝る間を惜しんでゲームをやりこむような人だったので、もともと親和性が高かったんだと思います。だから特別オタクだという自意識もなく。

そういうこともあって、学校では自分がマンガやアニメが好きだとは公言していなかったですね……誰かに勧めようと思わないと言うか、自分が楽しんでいればいい。

……楽しいことは一人でやっていても楽しいじゃないですか。共有しなければ楽しくないというわけではないと思うんです。自分が面白いと思っていれば何でもない日常も面白いというスタンス。それに近い。

流行りを拒絶するのではなくて、自分が好きだったり楽しんでいる気持ちは、誰かに認めてもらえなくてもいいのではないか……と。これは昔から感じていることですね。

今は自分の幸福な瞬間をSNSにアップして、人に認めてもらってようやく「ああ自分は幸せである」と実感する、みたいな流れがあるじゃないですか。

趣味の話だと「にわか」って言葉。あれはあまり好きじゃないですね。「にわか」って自分が誰かより詳しいとか、よく知ってるから優れてるっていう意識が込められてるように見えません? 誰かと優劣つけないと、好きって確認できないのかなって思ってしまう。

SNSの投稿にしろ、趣味の世界にしろ、こういうのって他人の価値観で自分の幸せを作っているってことだと思うんですよね。共有するのが本当に楽しいと感じる人もいるかもしれないけど、僕は自分が楽しいと思っていたらそれで満足なんです。だから、オタクの友だちはほとんどいないですね。

アニメ関係の番組に出るときも、「作品の魅力を伝えるには何を話すのがいいのだろう」と考えるけど、「これを通ってないと人生損してる」みたいな熱弁はしませんね。番組側から熱く語れとオーダーされることもあるんですけど、その時は「できません」と断ります。

一般的なアニメ好きな人のイメージって、興奮して我を忘れる感じだと思うんですよ。フィギュアを何体持ってるとか、イベントに頻繁に通ってるとか。

全員がそうではない。僕はグッズを買うより、とにかく動いている絵を見たい派。

アニメ好きっていう括りも90年代だったら、頭にバンダナを巻いてネルシャツ着て……っていうステレオタイプがあった。でも、1人で静かにアニメを楽しむ僕みたいなオタクもいるわけですよ。そこに優劣はないし、何かを好きっていう気持ちはいろいろある。

同じ芸能人として尊敬、「うたプリ」の一十木音也の魅力

アニメは、現実逃避に見ているというより、現実の地続きとして楽しんでいます。例えば、僕は「うたの☆プリンスさまっ♪」の一十木音也君が大好きなんですけど、彼にすごく影響を受けている。

男性アイドルのアニメって「うたプリ」以前はあまりなかったので新鮮でしたし……高校生のキャラクターにはキャーキャー言えないんですけど、アイドルだったら忌憚なく黄色い声援をあげられるし、グッズも買える。グッズ買ったら「ありがとう」って言ってくれるかもしれないじゃないですか。

一十木音也君は特にプロ意識がすごい。「本当はアイドルではなく俳優になりたい」とか「バンドやっていたけど今はアイドルを……」とか、そういう自我との葛藤はない。アイドルやりたくて一生懸命な子。

(左から)「うたのプリンスさまっ♪ 」PRINCE CAT ロッソ/一十木音也(株式会社ブロッコリー)、「うたのプリンスさまっ♪」一十木音也ステッカー各種(紅ノ月 歌音/倉花 千夏、株式会社ブロッコリー)

出典: https://twitter.com/iwaiyu_ki/status/983721316992794624

僕自身、いろんな芸能人を見てきているんですが、音也君は単純に一人のアイドルとして見たときに「売れるわな……」って思った。

ファンの子たちをキュンキュンさせてワーキャー言わせてくれる。裏での振る舞い方……例えばチームの雰囲気が悪くなったときも、まっすぐ。自分はここで生きていくんだっていう覚悟がすごく見えるんですよね。同じ芸能人として尊敬する。

僕は音也君と一緒の舞台に立つことはないだろうけれど、もし彼とバラエティ番組で共演することになったら、プロ意識に圧倒されそうですもん。カッコつけることを……ちゃんと正面からやるのは、自分にはできないから。

僕は自分と間逆なタイプが好きなんです。明るくて天真爛漫。屈託のない純粋な人が好き。きっと、憧れですね。「自分とは全然違う。彼のここがすごい」と素直に認められる。

リアルな人間関係もそうですね……サンシャイン池崎とかパンサーの向井君とか。自分とは真逆な人といます。あの2人はテレビの前で明るくて、でもオンオフがあったりもする。「ちょっと疲れるときもある」って話を聞くと、「この人たちは真面目に仕事していてすごいな」と思っちゃうんですよね。僕はいつもこのまま。

エッセイにも書いてますけど、同窓会でも親戚の集まりでも気を遣ってないので、「感じ悪い」と思われてるんだろうなぁ。

それって親戚だから嫌な対応をしているとかではなくて、単に相手の対応に合わせているだけなんですよね。「ファンです」って嬉しそうに言ってもらえると「ありがとう」て思うし、言う。でも、馴れ馴れしく「岩井じゃん」と接してこられたら、やっぱりそれは人として……古い付き合いであろうとも、いい気分にはならないんですよ。自分はそのまま表に出すけど、音也君だったら周りへの対応も違うんだろうなと。

モブキャラが主人公の物語だってある

自分が好きなものには誰かの共感は求めないと話す岩井。一方で、お笑い芸人とは多くの人の共感や興味を引いて笑いを提供する仕事だ。インプットとアウトプットではどんな差があるのだろうか。また、趣味のアニメ鑑賞で時間を埋め尽くしたいとは思わないのだろうか?


アニメの仕事もたくさんやらせてもらってますけれど、お笑いの方が好きですからね。お笑いが嫌いなんだよねっていう人いない。だって楽しいことがお笑いだから。

人が面白がっているものは考えます、やっぱり。でも、大衆に迎合するためだけのお笑いはやりたくないですね。

だってお客さんを呼んでるんですもん。自分が面白いと思っているものを、いかにしてみんなに面白く見てもらえるように表現できるかってことをやってるわけだから。楽しいって思ってもらえると、こっちも楽しい。お笑いってすごいですよね。迎合するばかりは嫌ですけど、わかる人にだけわかればいいとも思わないです。

これはエッセイも同じで、僕が面白がっているすげー地味なことを、読んでる人にも面白がってもらえるように書く。

歯医者の予約をすっぽかして気まずいとか、親戚付き合いがめんどくさいとか、自分だけが感じる些細なことの中で、なんとなく普遍的な……みんながふわっと持っていることを言語化して「こういうのもありますよね?」と言いたい。誰も言葉にできていなかったことを言葉にしたためている。そうしたら事件が起きない毎日も、ちょっと面白くなるじゃないですか。

極端じゃないと注目してもらえないから、大げさに振る舞うことって往々にしてあると思う。波乱万丈な人生とか、個性的だとか、みんな自分のことを誇張してみんな話す。そんなことしなくていいし、人生って事件がなくても面白いことで溢れてるんですよ。

世の中には勇者が主人公の物語ばかりが溢れているから、敵がいて成長するストーリーがないと人生が薄っぺらく感じでしまうのかもしれないな。すごくわかります。

でも、村人Aが主人公の物語も面白いじゃないですか。何でもない自分の日常に勇者がやってきて、話しかけられて「勇者はかっこいいな」って思う物語でもいい。無理やり波乱万丈な人生に仕立て上げる必要はないし、むしろ村人Aも主人公だと思うんですよ。僕は。

日常系のアニメとか、パッと見た感じ地味っぽいけど僕は大好き。モブキャラを描くようなアニメも増えているし、今はそういう時代なんじゃないかな。

最近ハマっていた「ビジネスフィッシュ」というアニメは、まさにモブキャラが主人公の話なんですよ。高校時代の同級生でマドンナみたいな女の子が好きなんだけれど、彼女にはめちゃくちゃかっこいい幼馴染がいる。設定的に幼馴染とヒロインはくっつく流れじゃんって思っているわけです。でも、「自分はただ存在している脇役ではなく、主人公に絡む脇役がいい」と思ってマドンナに告白する。絶対に無理だと思っていたら、まさかのOKをもらえちゃったっていう話。

「物語のセオリーと違う」と思いつつ、最終的に実は自分が主人公だって気がつく話なんですよ。どんなに地味な人生でも、自分の物語は自分が主人公。

エッセイのあとがきにも書いたんですけれど……テレビって味が濃いものをチョイスしがちなんです。でもそれが毎日続くわけがないし、続いたら疲れますよ。事件が起きなくても、派手さはなくても、みんな自分が主人公の人生を生きているし、結構面白いと思うんですよね。

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岩井勇気(いわい・ゆうき)
1986年生まれ。お笑いコンビ、ハライチのボケ、ネタづくり担当。芸能界きってのアニメ好きとして、『ハライチ岩井勇気のアニニャン!』(TBSラジオ)パーソナリティーの他、『ハライチのターン!』(TBSラジオ)、『自慢したい人がいます』(テレビ東京)、『おはスタ』(テレビ東京系)、『ハライチ岩井勇気のアニ番』(ニコ生)、『オーラル・ジョブズ』(スペースシャワーTV)、『DokiDoki NHK WORLD JAPAN』(NHK)などのレギュラー番組を抱える。「TVBros」(東京ニュース通信社)でコラム連載中。自身初の著書『僕の人生には事件が起きない』(新潮社)発売中。

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WRITTEN BY

嘉島唯

(かしま・ゆい) ニュースポータルの編集者、Buzzfeedの外部記者。cakesでエッセイを連載中。iPhoneとTwitterとNetflixが大好き。苦手なのは、人との会話と低気圧。

好きなものと生きていく

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