世界的な新型コロナウィルスのパンデミックによって、今までの日常は一変。当たり前だと思っていた生活は、はるか遠い昔のような話となりました。メルカリマガジンでは世界中で起きている「新しい生活様式」の模索の中で生まれたトレンドや、いままさに起きているパラダイムシフトをレポートしていきます。今回は3月中旬、全米に先駆け感染者ゼロの段階でロックダウンを宣言したサンフランシスコ。サステナブルな生活がパンデミックでどう変化したのか、現地の様子をお届けします。(取材・撮影/井原由佳、サムネイル文字/熊谷菜生、編集/メルカリマガジン編集部)
8月のサンフランシスコは、突然のロックダウンから5か月が過ぎ、この規制だらけの生活との共存方法を少しずつ見出してきている。一度は再開した商業施設や飲食店の屋内営業、美容院などのパーソナルケア、ジムなどを含む屋内設備のほとんどは7月中旬に再度クローズ。感染者ゼロで早々にロックダウンを敢行し、3月から都市再開を目標に我慢を強いられてきたにもかかわらず、当初予定されていた再開計画は、予想を超える感染拡大に巻き戻しをせざるを得なくなってしまった。しかしそんな制約の多い暮らしの中でも、新しい取り組みやトレンドが次々と生まれている。
子どもも大人もオンライン
サンフランシスコ、シリコンバレー周辺に本社、オフィスを構えるGAFAをはじめとするIT企業の多くは、ロックダウンに先駆けて在宅勤務を導入していた。その多くが来年夏までの継続を奨励しているほか、IT以外も「エッセンシャル」な業種を除いては正式なオフィスのオープンはいまだ認められていない。
子どもも同じく、ロックダウン以降、学校は再開せず、秋から始まる新学期もオンラインでのクラスになるそうだ。在宅教育になることによる教育格差をなくすために、低所得家庭向けにクロームブックが配布されたり、市が通信会社と協業して無料のWiFiを設置するなどの取り組みが行われている。なかでも驚いたのは、オンライン教育コンテンツの充実度だ。もともと、学校が合わないのであれば無理に行かず、自宅で教育を施すという「ホームスクール」という考え方が浸透していることもあり、オンライン上での教育コンテンツが豊富だった。そこに加え、デバイスの配布や通信環境の整備によって、遠隔授業が標準的に可能になってきたということだ。友人の子どもは4歳でプリスクール(日本の保育園)に通っているが、毎日Zoomで先生や友達とオンラインクラスがあるという。恐るべしデジタルネイティブである。
エンターテインメントは「アウトドア」にあり
従来の生活では、仕事帰りにはレストランやスポーツバー、ジムやヨガに通ったり、週末はコンサートや観劇のほか、自分磨きにミートアップ(交流会・勉強会)やワークショップに参加する、なんていう都市型のエンタメで溢れていたサンフランシスコだが、コロナによってそのすべてが中止、または閉鎖になってしまい早5か月。今までのエンタメの大部分がなくなってしまったサンフランシスコの人々は、最近めっきりアウトドアスポーツやアクティビティにハマっているようだ。立地的に海も山も近いので、ハイキングなどはもともと人気があるが、今年はこれまで屋外アクティビティに興味がなかったという人たちも、こぞって始めている。
中でも人気なのが、サイクリングとマリンアクティビティ。サイクリングは人と接触しにくい、筋トレ効果もある、とロックダウン直後から大人気になった。マリンアクティビティでは、カヤックやスタンドアップパドル(SUP)に加え、家族で楽しめるからとの理由でエンジン付きのゴムボートなんかもよく見かけるようになった。「海の上は穏やかだし静かだし、ソーシャルディスタンスやマスクを気にする必要もなくて気楽。平日はボートの上から仕事してる」なんて友人もいる。ちなみにカヤックやSUPも空気で膨らませるものが多く、たたむと女性でも背負えるサイズになる。値段も70ドル〜と手頃。想像より手軽に楽しむことができるのも人気となっている秘訣だ。他には、ドライブイン・シアターや、ドライブイン・フェスも行われているが、かなり人気でチケットが取りづらい状況だ。
ストリートシート、ホームメイドキット...進化するレストラン事業
実は全米で一番家賃が高いサンフランシスコ。3月のロックダウン以降、店内での飲食提供、バー営業は依然として認められていない。そこでテイクアウトだけで店を運営していくために様々な工夫がこらされたメニューが登場した。星付きのレストランからはコースがセットになってテイクアウトできるようになったり、ラーメンやパスタ、ピザなど、テイクアウトに一見向いていない料理は、レストランが「ホームメイドキット」として生麺やレトルトキットを販売。持ち帰って自宅で調理してもレストランの味が再現できるように考えられており、価格も安いため様々なレストランで大ヒットしている。
「テイクアウト」アフタヌーンティーセット
料理だけでなく「体験」までテイクアウトできる「テイクアウトアフタヌーンティー」セットも誕生した。スコーンやケーキなどはもちろん、ケーキスタンドや食用にもなる装花などプロップスまでがセット。ボックスのままテイクアウトして公園でアフタヌーンティー、なんてことが可能になった。
7月に入ると、屋外席に限りレストランの営業許可がでた。そこでスペース確保のために行政は道路を通行止、またはストリートパーキングエリアを封鎖し、レストランは申請の上、公共の道路上に座席を設けられることになった。パーキングメーターを真横にワイングラスで乾杯するのは、なんとも不思議な気分になる。
また、店員との接触を極力なくした非接触注文システムも登場した。座席についたら、置いてあるQRコードを各自のスマホで読み込み、そこからメニュー閲覧、注文、クレジットカード入力による会計、チップ記入まで、それぞれで行うのである。かなり合理的だが、店員との会話がほぼ不必要となるため、少し物寂しい。
「ソーシャルバブル」という考え方
「バブル」という新しい概念も生まれた。日本語でバブルといえば「バブル経済」とか「バブルバス」など、自分が泡を「見ている」ような感覚の言葉が連想されるが、アメリカでは自分がその泡の中に入りこんだようなイメージで「バリア」のような意味で従来使われることがあった。「Living in a bubble」とは、周りから隔離されて自分の世界の中だけで生きる、といったような意味で、良いニュアンスで使われることは多くなかった。しかし今回のパンデミック下において、この「バブル」の考え方が大活躍。基本的に同じ家の居住者以外と集ってはいけないとされていたが、少なくとも3週間の間、お互いのみと付き合うことに同意した10〜12人以下の人々のグループ=「social bubble」での集まりはOKとなった。
3月から中断していたプロバスケットボールのNBAは、選手、コーチ、スタッフなどがフロリダのディズニー・ワールドの一角に集結し、その敷地内からシーズン終了まで、そこから出ない、誰も入れない、という鉄壁の「バブル」システムを導入し、シーズンを再開した。ちなみにそこから派生して、リアルな「バブル」も登場している。連日混み合う市民の憩いの場ミッション・ドロレスパークには、ソーシャルディスタンスを視覚化するサークルが描かれたり、有名レストランのアウトドア席には「バブル」シートが現れた。ただ、端から見るとバブルの中は「密」に見えなくもないので、やっぱり感覚としては「バリア」みたいな感じなのかもしれない。
ファッション化するマスク
3月、4月ごろは誰もマスクをつけておらず、予防のためにマスクを着用していたアジア人が暴行される事件が起きていたほど、マスクが浸透していなかったサンフランシスコ。しかし今や外出時は着用が義務となった。近隣地域では、着用を拒否すると罰金を科される可能性まである。マスクといっても口元を覆っていればよいとされているので、使い捨てのマスクよりも、リユーザブルな布マスクが好まれる傾向が強い。色や柄、肌触りや素材、機能性など、様々なブランド、メーカーから、好みや目的によって選べるマスクが続々と登場している。
サンフランシスコ発のD2Cアパレル「EVERLANE」は、同社が立ち上げた人権運動支援のキャンペーン「100%HUMAN」の一環としてマスクを販売し、売上の10%をACLU(アメリカ自由人権協会)に寄付している。パンデミック下でさらに沸き起こったブラック・ライヴズ・マター運動でも、大声で抗議の声をあげる代わりに、「Black Lives Matter」「I can’t breathe」などのメッセージをプリントしたマスクを着用してメッセージを発信する姿も多く見られた。ニュースレポーターが番組名の入ったマスクをして中継したり、飲食店の人が「Thank you」とプリントされたマスクで接客したりする姿もあり、もはやマスクは単なる予防装備から、個性やアイデンティティ、フィロソフィを表現するファッションアイテムの一つとして進化している。
街中がメッセージアートに
人と会えず、街に人がいない分、看板や壁、バリケードなんかにも思いや主張、メッセージをアートにして発信するムーブメントが盛り上がっている。閉店中の小売店がホームレスや強盗から店を守るために築いていたバリケードは、キャンパスに。医療従事者への感謝や、BLMへの思いが様々に描かれ、街中はちょっとしたギャラリーのようになっている。「みんなで一緒に乗り越えよう、医療従事者への感謝を」との思いから、アパートの窓、ホテルやビルの電灯、企業の看板などにハートをあしらう「サンフランシスコハート」や、サンフランシスコ在住のストリートアーティストによるマスク啓蒙のメッセージなど。こういった呼びかけや運動、働きかけによって、一人じゃない、みんなで一緒に乗り越えていこう、とする街の思いに触れることができる。
全米No.1の「サステナブル・シティ」のいま
マイバッグ、マイボトルに紙ストロー、ペットボトル販売や持ち帰りプラ容器廃止、車も自転車もオフィスもシェア、「環境に配慮している」ことが何よりカッコいいブランド選びの軸だったサンフランシスコの生活はコロナで大きくパラダイムシフト。衛生最優先で多くのものが使い捨てられることになってしまった。しかし、極力プラスチックではなく紙ベースのものを使用していたり、廃棄するくらいなら、と街角に置いてある「Free」と書かれたご近所ギブアウェイを見かけたり、リユーザブルな布マスクにアイデンティティを忍ばせてみたりと、もともと生活に根ざしていた「サステナブル」に暮らす価値観がなくなったわけではない。この街は今、従来とは違った形でのサステナブルな暮らし方を模索している最中なのかもしれない。
休業中のカストロ劇場の前で演奏する音楽家たち
井原由佳(いはら・ゆか)
ウェブサイトディレクター、女性ファッション誌デスクを経て、結婚後に単身渡米。現在はサンフランシスコ・シリコンバレーを中心とした媒体社の編集者。自由な働き方を模索中。とにかく唐揚げが好き。