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私の名品 #02 菓子研究家 福田里香「キッチンの必需品」

あの人が選ぶ「私の名品」は?

人が選んで使うものは、その人を物語ります。ほかの誰かが決めた基準ではなく、「私」が好きなものを身の回りに置く楽しさ、贅沢があります。何気ないものでも、できれば自分が「名品」と感動したものたちと、毎日を一緒に過ごせたら素敵ですよね。このシリーズではさまざまな方に、ちょっと心を動かされ、生活の中で定番となった3つのものご紹介いただきます。(執筆・写真/福田里香、編集/メルカリマガジン編集部)

「照宝の蒸籠」の湯気はごちそう

店頭には、山積みにされた大小の蒸籠。
横浜中華街を訪れるたびに、ついつい覗いてしまうお店が蒸籠専門店「照宝」です。
以前、料理研究家の長尾智子さんと共著で『スチームフード』という蒸し料理の本を出版したほど、昔から蒸しものが好きでした。
そんなわけで、すでにいくつか蒸籠を所持しているのですが、やっぱりお店に目が吸い寄せられてしまうのは、たぶん「蒸籠」の構造自体が好きなんだと思う。
竹や木を曲げたり、編んだりして籠を作るわけですが、それが調理器具なんて、かわいすぎます。

「照宝」の蒸籠の魅力は丈夫で長年使ってもゆがみがなく長持ちするところ。
自宅で使うくらいの頻度なら一生ものです。
素材も杉、竹、白木、桧(ひのき)などから選べ、サイズも各種あるのがいい。
長年使っている直径24cmの桧製の蒸籠は、1~2人分の野菜や焼売、肉饅、魚、肉などを蒸すには使いやすいサイズ。
直径15~18cmくらいの蒸籠も人気です。
パンや冷やご飯を蒸し直してもおいしいですよ。
さらに数年前、陶製のバットごと蒸したくて直径33cmの桧製の蒸籠を購入しましたが、こちらも重宝しています。

蒸籠の加熱温度は、水の沸点である100℃。
100℃は素材に熱は通るけれど、焦げないという絶妙な温度。
ふたをして沸騰を絶やさないかぎり、蒸籠の中は均一に100℃でキープされ、素材に均等に熱がまわるのが最大の利点です。
詰め込んでも、ちゃんと熱が回るので、ふたを開けてかき混ぜる必要はありません。
スライスした野菜は蒸気がまわりやすいように縦に入れるのがコツです。
蒸しものは100℃の料理法。
これを頭の隅に置いておくとおいしく仕上がります。

さて、蒸し始めたあなたは、ここでちょっと想像してください。
18世紀、英国で起こった産業革命が水蒸気の力で幕を開けた場面を。
霧の倫敦と称された当時のロンドンは、街中に水蒸気が充満し、いまよりもっと湿度が高かったはず。
巨大工場も動力はスチームで、あのアイアンホースとよばれた鉄の塊、蒸気機関車も駆動は水蒸気です。
蒸し料理を作るということは、そんな巨大な力をもつ水蒸気を自分の家の小さなキッチンで飼い馴らすにも等しい。
あの小さな籠の中に、熱された水が水蒸気となって入り込み、つねに対流してやがて冷えては水滴になっていく……熱で水分が循環するって、これはミクロ規模にぎゅっと凝縮した地球の営みでもあります。
大きく捉えれば、地球上の生物はみな、ゆるやかに蒸されながら生きているのだから。

ストレスフリー!「microplaneクラシックグレーター」

長年、チーズ削り器で痛い目に合ってきました。
比喩ではなく物理的に、です。
正確にいうと、マイクロプレイン社のグレーターに出会う前は、チーズを削ろうとするたびに結構な頻度で「右手の人差し指の第1関節に裂傷を負ってきた」のでした。
イタリアやフランスあたりからの輸入品の、いわゆる昔ながらのチーズ削り器って、ちょっと油断するとすぐ指が切れるんですよね。
それも結構な深さでささくれ状態に切れるから、痛いったらない。


わたしは、パルミジャーノやペコリーノなどの削って食べるハードタイプのナチュラルチーズが大好きなんです。
だからトマトスパゲッティにサラダ、スープとか、本当はいろんなものにふりかけたいのに、指が切れるのが嫌すぎて、チーズをなるべくおろさない方向で生きてきました。
あるときから、気の利いたリストランテやトラットリア、バル、あるいは海外の料理雑誌なんかで料理にかかっているチーズの質感が変わったのに気がつきました。
粉雪のようにフワフワなんです。
よく観察してみると、チーズをヤスリで研ぐような棒状の見慣れない形状の削り器ですりおろしています。
それがマイクロプレイン社のグレーターでした。

ネットで検索したところによると、マイクロプレイン社はアメリカで1990年に創立した大工用品の専門メーカーで、1994年にある女性が作業場にあった木工用のヤスリでオレンジの皮をすりおろすのを試したところ、見事にすりおろせたと評判を呼び、キッチンツールの開発へとつながっていったそう。
開発秘話がまるで映画みたいだ。
このグレーターを使うようになってから、鋭い切れ味に反してまったく指を切らなくなりました。
チーズはもちろん、レモンの皮やチョコレート、石のように固いナツメグなんかもサラサラに削れます。
しかも洗うのも簡単。
心からストレスフリー。

現在はエストラマー製のグリップがついた「プレミアムシリーズ」が主流で、プロはこちらを使っています。
わたしはデザインがシンプルな「クラシック」のほうが好き。
自宅で使うならグリップなしでも充分使い勝手はいいですよ。
たぶんフックに引っ掛けるためだと思うのですが、グレーターの両端に穴が合計3カ所開いているのも気に入っています。

「SONYのラジオ」はキッチンの必需品

あなたはSONYという会社をどんな製品で知りましたか?
SONYはもともと高音質なトランジスターラジオを開発して発展した会社ですから、昭和時代の戦前、戦中派のひとなら、きっとラジオで知ったはず。
昭和60年代生まれの、わたしの世代ならテレビですかね。
「カラーがきれいで、デザインがかっこよくて、音もいい」という評判だったと覚えています。
オーディオ機器の何か、というひともいると思います。
SONYは、いわゆる家電メーカーですが、洗濯機や冷蔵庫などの白物家電を作っているというイメージがあんまりなくて、映像と音響に特化してる家電会社という印象でした。

わたしよりちょっと下の世代なら、ビデオカメラやデッキ、ラジカセ、CDデッキあたりがマイファーストSONYでしょうか。
そして何と言っても「ステレオが部屋を出た」のキャッチフレーズで登場した「Walkman」。
カセットテープを携帯して――のちにCDを携帯して――ヘッドフォンで歩きながら音楽を聴ける「Walkman」は画期的で、世界的な大ヒットになりました。
そう、最初に音楽を街に連れ出したのは、APPLEじゃなくSONYだよ。
その後も映画製作に乗り出したり、ペットロボット「AIBO」を発売したり……事業は多岐に渡り、いまやSONYは家庭用ゲーム機「PlayStation」のメーカーとして認知されていますよね。

紆余曲折を経て変貌を遂げ、世界企業に成長したSONYですが、いまでも感じのいいラジオを作り続けているのをご存知ですか?
うちのラジオは代々SONY。
現在は「FM/AMポータブルラジオ ワイドFM対応 ブラック」を使用中です。
SONYのDNAなのかな、歴代デザインがいいんですよね。
数字のフォントもいいし、目盛りに赤いラインも素敵だ。
災害時の情報源を複数確保しておきたいから、そのツールの1つとしてラジオがあると安心です。
また菓子研究家という仕事柄、調理中は手を止められないから耳からのみの情報は気持ちをリラックスさせてくれるし、ありがたい。
ちなみにわたしはAMラジオ派。

ラジオ番組だっていまや、PCや携帯でも聴けるけど、やっぱりラジオで聴くのが好きだ。
「番組を流しますよ」という意味で「番組をオンエア」なんてフレーズを普段何気なく耳にするけど、英語で書けば「on air」。
空気に乗って耳に届く溶け込むような音の振動って、とても心地いいんです。

福田里香(ふくだ・りか)
1962年福岡生まれ。著書に「新しいサラダ」「いちじく好き
のためのレシピ」「民芸お菓子」「R先生のおやつ」など。
福岡県糸島のゲストハウス「bbb haus」のレモンサブレなどオリジナル食品のプロデュースも手がける。
Instagram: www.instagram.com/riccafukuda
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メルカリマガジン編集部

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