「ふつうの毎日」檸檬  #みんなのおうち時間

みんなはいま、どんな時間を過ごしているのだろう。

こんなときだからこそ、普段は人に見せない「おうち時間」を、ちょっとのぞかせてもらえませんか――メルカリマガジンのそんなお願いに、さまざまな書き手の方が〈寄稿〉というかたちで参加してくださいます。

誰かの孤独で密やかな時間が、ほかの誰かを安らげ応援することが、きっとある。「みんなのおうち時間」では、多様な家での過ごし方と、お気に入りのアイテムをご紹介していきます。
(文・写真/檸檬、編集/メルカリマガジン編集部)

歳を重ねるにつれて、日々の過ごし方に顕著な変化が現れてきたように思う。以前の僕にとって充実した日常というものは、居酒屋やバーをはしごして朝まで飲み歩いたり、しゃれた喫茶店を巡ったりと、いかに外に出て遊ぶかが重要だった。もちろん、今でも外で遊ぶことは好きなのだけれど、昔とは比べようもないほど家の中で過ごす時間が格段に増えた。その理由は至極単純で、ただ家の中で過ごす時間が好きになったから、というだけだ。

とはいえ、家の中で誰かの興味を引きつけるようなことは一切していない。まるで壁のように巨大なキャンバスを睨めつけながら抽象画を描いたり、『魔女の宅急便』に登場する少年・トンボよろしく、せっせと人力飛行機の組み立てに明け暮れたりといった、人に自慢できるような趣味があるわけでもない。多くの人がそうするように、本を読んだり、映画を観たり、音楽を聴いたり、ゲームをしたり、あるいはなにも考えずにただひたすらぼーっとしているだけだ。

このようにあまりぱっとしない、味気ないと笑われそうな家での時間であっても、僕にとっては唯一肩の力を抜ける空間であり、自分が自分でいられる時間だ。そんな家で過ごす時間は、かけがえのない財産と言っても良いほど大切なもので、心から愛おしく思っている。

いつからなのか今となってはもう思い出せないけれど、朝目を覚ますと真っ先にお湯を沸かしてコーヒーを淹れることが昔からの日課になっている。夏も冬も関係なく、恐ろしいほどに熱くて濃いコーヒーが好きなので、その日の気分によって選ぶ豆の種類は異なるが、どれも深煎りのものばかりだ。そうして淹れたコーヒーをお気に入りのマグカップになみなみとそそぎ、それを飲みつつテレビのニュース番組を見るともなく見たり、ラジオや音楽を聴きながら、まだ寝ぼけている身体の暖機運転を行う。僕はこの時間がたまらなく好きで、このひとときのために毎朝ベッドから抜け出しているのだと言っても過言ではない。そして本を読むときや映画を観るときにもコーヒーは欠かせない。コーヒーを飲みながら作品に触れることでより深く物語に没入できるのだ。僕にとって毎日の三度の食事が身体を動かすための燃料だとすれば、コーヒーは身体の動きを滑らかにしてくれる潤滑油ということになる。

コーヒーを飲む際は母が作ってくれたマグカップを使っている。どうやら陶芸教室で皿や器を作ることが母の趣味のひとつであるらしく、僕が実家に帰省するたびに新作を自慢げに見せてくる。そんな数々の作品の中で僕がもっとも気に入っているのがこのマグカップだ。世の中にはもっとお洒落でかわいいデザインのマグカップなど無数にあるけれど、自分の手にしっくりと馴染むものは非常に稀である。その点このマグカップは大きさも重さもぴたっと手に馴染むし、コーヒーも心持ち冷めにくいような気がする。この文章を書いている今もそのマグカップでコーヒーを飲んでいる。壊したりしなければ10年後の朝もやはり使っているだろう。

誰もがそうであるように、家の中で過ごすときは可能な限りストレスから解放されて、リラックスできるような服装を選ぶ。暖かい季節なんかはTシャツとパンツといった下着姿でうろうろすることが多いけれど、さすがに寒い季節はそうも言ってはいられない。まだまだ十分若いはずなのに、すっかり寒さに弱い身体になってしまった今では、スウェットシャツやセーターを着て寒さをしのいでいる。こんなことを書いていると、真冬でも半袖半ズボンで平気だった幼い頃がひどく懐かしく想われる。

ここ数年はループウィラーという日本製のスウェットシャツを好んで着ているのだが、とても着心地が良くて心底惚れ惚れしている。一見他のスウェットシャツとなんら変わらないように見えるかもしれないが、着てみればその完成度の高さをはっきりと体感できる。服飾は専門分野ではないのでよくわからないのだけど、あえて手間のかかる吊り編み機で作ることがその着心地の良さに大きく貢献しているらしい。左の袖口につけられた青いタグにカタカナでループウィラーと名前が入っているのもとてもかわいい。スウェットシャツなのでデザインが非常にシンプルであり、とくにループウィラーは他の製品よりもシルエットが洗礼されていて、だらしなく見えないどころか上品さすら漂っている。部屋着としてだけに着用を限定するのはどうももったいない気がするので、この上にコートやジャケットを羽織って出かけることも多い。

周囲の人に話すと驚かれるのだけど、僕は外出する予定がない日でも香水をつけることが多々ある。むしろ外出する日は香水をつけないことが多い。香水をつけて電車やカフェといった密閉空間に入ると「自分の香水の匂いが誰かに不快感を与えていないか」とどうも気になってしまう。気にしすぎだろと思われるかもしれないが、態度も香水の匂いも控えめすぎるくらいがちょうどいいのだ。そもそも香水とは、誰かに自分の印象を与えるためのものというより、自分をリラックスさせるためにつけるものだと思っている。そういう認識を持っていることもあり、自分がもっともくつろげる空間である家で過ごす際に、さらにリラックスするために香水をつけることは、僕にとってとても理にかなっている。

最近はマルジェラの香水を愛用している。数種類ある中でもコーヒーとミルクの香りを再現した「コーヒーブレイク」が一番好きだ。前に書いた理由によって外出する際は、なるべく匂いを抑えるために足首につけるけれど、周囲の人に気をつかう必要のない家の中では、香りを存分に楽しめるよう手首につける。本のページをめくったり、パソコンのキーボードを打ったりするたびに、ほんのりと甘くやさしい匂いが漂い、神経をそっとなだめてくれる。

人生は泥沼の長期戦であり、そしてその戦いの最前哨拠点となる家で、いかに肩の力を抜いて自分が自分でいられる時間をこしらえられるか、自分のお気に入りの過ごし方を見つけ出せるかが、この長期戦を戦い抜くためのコツなのでは、と思っている。とはいっても、その空間と時間のために必ずしも大金をつぎ込む必要はない。もちろん、ここぞというときには自分へご褒美を与えることも大切ではあるけれど、今ある物や空間、条件でも十分楽しくやっていけるはずで、そのために試行錯誤するのがまたおもしろかったりする。思うように外出ができない状況が続く今だからこそ、自分に合った家での過ごし方を改めて振り返ってみれば、また新たな発見があるかもしれない。
愛読書のひとつに『ウォールデン 森の生活』があり、その著者であるH.D.ソローの言葉を僕は座右の銘にしている。「貧しくとも、君の生活を愛したまえ」

檸檬(れもん)
福島生まれ。高校卒業後、航空自衛隊に入隊し、飛行機の操縦を習う。退官した現在は隠居生活を送りながらその日常をSNSに投稿している。最近はお菓子づくりと木彫りに夢中。ビールはサッポロよりアサヒが好き。ジム・ジャームッシュ監督の映画『パターソン』のような生活が理想。
twitter:@lemon___hh
instagram:@mrmehoso11
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メルカリマガジン編集部

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