1999年7の月、人類は滅亡する──今では想像できないかもしれないけれど、こんな予言が本当に信じられていた時代があった。それが1990年代だ。
「あの時代は、景気も悪かったけど妙に浮かれていて、変な自意識がファッションに表れてたんですよ」
そう語るのは、アイドルプロデューサーのもふくちゃん(福嶋麻衣子)だ。彼女が手掛けるアイドル「でんぱ組.inc」は、2019年から90年代をモチーフにしたアートワークを展開している。特に昨年発表した「子丑寅卯辰巳」のアーティスト写真は、90年代のスナップを忠実に再現して話題になった。スタイリングの際には、”あの頃”のアイテムの多くをメルカリで揃えたという。
そういえば、90年代に流行したスニーカーが復刻しては完売している。なぜ今、この時代のファッションに心惹かれてしまうのだろう?
もふくちゃんと、でんぱ組.incディレクターのYGQさんに話を聞いた。(編集/メルカリマガジン編集部、撮影/黒羽政士、写真提供/田口まき)
もふくちゃん(福嶋麻衣子)
1983年、東京都出身。音楽プロデューサー/クリエイティブディレクター。 東京藝術大学音楽学部卒業後、ライブ&バー「秋葉原ディアステージ」、アニソンDJバー「秋葉原MOGRA」の立ち上げに携わり、でんぱ組.incやわーすた、虹のコンキスタドールなどのアイドルや、PUFFYをはじめとして多くのアーティストのクリエイティブ及び楽曲プロデュースを手掛ける。青春時代は原宿で過ごした。
YGQ
1980年生まれ。クリエイティブカンパニーTOTONOY代表。音楽ディレクターとしてでんぱ組.incや様々なアーティストを手がける他、映像監督、フォトグラファーとしても活動中。サウナー文化人をゲストに迎えるサウナトークイベント「サウナイト」主宰。 90年代当時ファッションのお手本はいしだ壱成とコーネリアス。
90年代はみんな変な格好をしていた
もふくちゃん:いや! 全然不安でしたよ。というか常に「これ伝わる? ダサくない? 普通に」っていう心配はありますね。
YGQ:うん。90年代だから特に。ネットもデジカメも一般的じゃなかったから、街のリアルな生活感がネットにあんまり残ってない。だから、ネット上に90年代のものをふわっと置くのが新しいというか、チャレンジでしたね。
もふくちゃん:でも、伝わらなくても自分たちは満足だからまあいっか、みたいな(笑)。私たちは90年代当時のことを知ってるから妙な愛着があるけど、それから20年ぐらいたった今見ると「これはNGだろ」って思うもん。ぺろりん(鹿目凛)の衣装とか、不安で心がザワつくもん(笑)。
YGQ:ピンキー(藤咲彩音)の結局使わなかった衣装ですが、あのクリスチャンなんとかって書いてある、ドクロの厨二病パーカーとかやばかったね。すっげぇダサかった(笑)。
YGQ:でんぱ組.incも活動して10年近くなって、ちょっと落ち着いた部分が良くも悪くもあり。そこを壊したいって気持ちから、今までの流れじゃない、ザワザワするものを作っていこうとしたんです。
もふくちゃん:90年代は、私たちがリアルタイムで青春を送っていた時代だから、もう何もかもわかる! 絶対勝てる!って思ったんですよね。
──実際、90年代の街の風景ってどんな感じだったんですか?
もふくちゃん:まず、渋谷と原宿に分かれていて。お互いが見下しあって喧嘩してたんですよ(笑)。個性派の原宿っ子と別の我が道を行くギャル。カテゴリ同士の戦争があった。
──戦争!
もふくちゃん:そうそう。私は原宿にいることが多かったんですけど、個性が大事な原宿の人たちは「渋谷のギャルはみんな同じ格好してる」みたいな感じでバカにしてた。そういう戦争があったのは覚えてます。
──でも、原宿っぽい人ってわかりませんか? ヴィヴィアン(Vivienne Westwood)着て……みたいな。
もふくちゃん:そうそう。客観的に見ると、原宿っ子もみんな同じ格好してる(笑)。
当時の原宿って、いろいろエリアが細かく決まってたんですよ。ストリートっぽい人はここにいて、ロリータの子は原宿駅前の橋にいて、「GAPの前に行くと、スナップ隊がいる」とか。みんなスナップ目的で原宿に行く、集う、みたいな。
「職業:自由人」「趣味:人間観察」に見る”90年代しぐさ”
もふくちゃん:原宿ではちょっとロリータっぽい「MILK」とか「ヴィヴィアン」がすごく流行っていて。でもお金ないから自分は買えない、みたいな。「ロッキンホース履いてるお姉さんたちカッコいいなー!」って。「ヴィヴィ子」に憧れつつ、安い服を買ったり、テンガロンハットとか買ってましたね……。今考えるとダサすぎますけど、当時は流行ってたんです!
……あと、路上で「謎の針金の指輪」とかが売ってて。
YGQ:はいはいはい。
──路上でアクセサリーを売ってる人たち、いましたよね。
もふくちゃん:いたいた。針金の中にビー玉がワンポイントで入ってるデザインで。竹下通りとか明治通りとか、路上で1000円ぐらいで売ってた。アーマーリングは買えないから、そういうので。
YGQ:でも勢いはあったよね。
もふくちゃん:原宿の人は個性重視派だから、そういう謎の露店とかで買うのが流行ったんだよ! スナップで、洋服とかアクセのブランドを書く欄に、ブランド名は書かずに「妹の」とか「自分で作った」とか……。
YGQ:「友達からもらった」とか。
もふくちゃん:ブランド名を書かないで、「手作り」とか「もらいもの」っていう言葉を選んだ理由って、渋谷との差を見せつけたかったからだと思うんだよね。「既製品じゃねーし」っていう。
もふくちゃん:「家にあった」っていう、あのしぐさがおしゃれだったよね。
──「90年代しぐさ」みたいな。
もふくちゃん:そうそう! 最高ですよ! 完コピできますよ! ファッションじゃないけど、肩書に「自由人」って書くのが流行った。自由じゃないだろ、フリーターだよ! バイトしてるだけだろって今は思うんですけどね(笑)。
YGQ:あと「趣味:人間観察」。
もふくちゃん:流行ってたね、あれは90年代しぐさの鉄板。
YGQ:今思えばヤバかったですね……。当時ってインターネットもないから、情報源が雑誌とかテレビしかなくて。いしだ壱成さんとか武田真治さんが憧れの象徴だったから、お2人がテレビに出るたび、「昨日アレ見た?」って教室で話してました。「あの『SUPER LOVERS』のジャケットよくない?」みたいな。
もふくちゃん:出た! スーラヴァ(「SUPER LOVERS」の略称)。
YGQ:「MILKBOY」とか「SUPER LOVERS」のピタッとした格好に、パンクっぽいアクセをつけて。中学生の時はそういう服を着てましたね……。
もふくちゃん:わかる、チビT流行ってたもんね。
YGQ:いしだ壱成信者として、チビTにシドのチェーンして、ボンデージパンツ履いてた……当時の写真はちょっと……もう見れない(笑)。
「egg」は最強
YGQ:あったあった! 「AIR MAX'95」が大ブレイクしたんですよ。当時10万円以上のプレ値がついて。僕も高校生の時「'95」のブルーグラデを履いてて学校で盗まれましたからね。普通に下駄箱にいれておくと確実に盗まれるから、わざわざ教室の自分のロッカーに入れておいたのに、それでも盗まれて。
──治安が悪い。
もふくちゃん:90年代は治安悪かったと思いますね。荒んでた。渋谷のセンター街で、普通にドラッグが売られてたりするんだけど、ギャルたちはその中で路上で寝泊まりしてたんですよ(笑)。マジかっけぇって思ってた。
YGQ:仲間想いなんだよね。
もふくちゃん:そうそう。人情があるの。「仲間、大事」なヴァイブスで「サークル命!」で。90年代は「egg(雑誌)」が一番面白かった時代。
もふくちゃん:周りにギャルもいたからかな。自分はギャル服は着ないけど憧れてた部分はある。「egg」と「Zipper」と「CUTiE」と……その辺の雑誌は読んでましたね。毎号、全部読んでたから。雑誌が生きてた、息をしてた。
YGQ:そういえば「egg」って、初期はギャルじゃなくて原宿系の子もちょいちょい出てたよね?
もふくちゃん:いた! ストリートの面白い奴ら全員集合! みたいな。「egg」はもともとスナップが中心だったから。それが、スナップされる人たちの顔がどんどんどんどん黒くなって、派手になっていって。その進化を毎号毎号「おー! ここまでやる?」って感動しながら見てた。
YGQ:最初は「ギャル男」もいなかったもんね?
もふくちゃん:いなかった。ギャル男をやっぱりリスペクトするよ、私は。センターGUY、カッコいいと思う。
YGQ:精神性がすごい良かったよね。
もふくちゃん:どういう精神性だよっていう感じですけど、今思うと(笑)。
YGQ:みんな自意識が強かったんですよ。
ノストラダムスの大予言 1999年地球は滅亡する
もふくちゃん:そうですね。お互いめちゃくちゃ尖ってた。あまり異性を意識しないっていうのかな……「自分がいるコミュニティの中でテッペンとったんで!」みたいな意識が面白い進化を生んだ時代なんだと思います。ギャルはマンバまでいっちゃうみたいな。90年代はSNSがなかったから、自分の手の届く範囲の周りの超小さいコミュニティの中での張り合いが強かった。
YGQ:インターネットがないからとにかく情報が狭かった。だから「目の前にある好きなことをとにかくやる! 」って感じだったんだと思います。はたから見ると、頭おかしい感じだったりもするんですけど。
もふくちゃん:私は90年代のバカっぽさって世紀末にあると思ってて。1999年に地球は滅びるっていうノストラダムスの大予言をみんな信じてたから(笑)。「どうせ世界が終わるから、今を楽しもう」みたいな。
あの当時は「今」っていうキーワードが一番熱かったし、すごく刹那的だった。
ファッションも「今日とりあえず着られればいい、明日壊れてもいい」って思ってたし、「路上で寝ちゃお」とか「日サロで焼こう」とか、将来のこと考えてなかった。
──シミになっちゃいますからね。
YGQ:未来とか考えてなかったもんなぁ……。
もふくちゃん:ノーフューチャーですよ。
YGQ:ノストラダムスもそうだし、オウムの事件もそうだし、すごく暗かったんですよ。阪神大震災もあったし。
もふくちゃん:社会が暗いから逆に今を楽しもう、刹那を生きようっていうのがファッションにも表れてた。
もふくちゃん:原宿と渋谷の「普通化」は、2000年代ぐらいから始まった気がしてます。ラフォーレ原宿と109に入ってるお店のほとんどが一緒なんですよ! 「量産型」と言われるような服が多くなった。
いま心がザワつく服って街にあんまり売ってないんですよ。だから「でんぱ組.inc」の衣装はメルカリをめちゃくちゃ使った。
──心がザワつく服?
もふくちゃん:私のテンガロンハットじゃないけど、黒歴史に近いようなものなんだけど、懐かしさと哀愁と、ラブみたいな……。「あの時のあのアイテム! 切なー!」みたいな感じの。
YGQ:流行って「一周まわってまた流行る」っていうのがあるじゃないですか。一周しきってないアイテム。90年代後半とかはむずがゆいですね。
──世紀末は、特に自意識が溢れ出ちゃってた時代ですし。
もふくちゃん:そうそう! そういう、自己表現のための服が街では売ってなくて、メルカリで売ってるんですよ。阪神タイガースのテンガロンハットが出てきて買っちゃいましたもん。最近は「20471120」のピタT買った。
YGQ:ヒョーマ君の。
もふくちゃん:今一番イケてると思ったんだけどな! メルカリにしか売ってなかった(笑)。今の子に言っても通じないだろうな〜。ギャルブランドは結構たくさんあるんだよね。「COCOLULU」とか「ALBA ROSA」とか。
YGQ:原宿で流行ったインディーブランドとか結構なくなっちゃってたりするんだよね。逆に原宿から引き上げて世界展開してたり。
もふくちゃん:卓矢エンジェルとか! でんぱ組のアー写をTwitterにあげたら、けっこう反応があってアガりました。今は、海外の方々にもファンがいて。
もふくちゃん:いま、「MILKBOY」は、ホストの制服になっているらしいからね。
──そうなんですか?
もふくちゃん:「MILKBOY」と「ヴィヴィアン」が、ホストの間で流行ってるんですよ。たぶん。
YGQ:この2つは歌舞伎町ファッションってイメージが強くなりましたね。あとジャスティン・デイビスのアクセとか、「MCM」のリュックとか。
もふくちゃん:歌舞伎町のランドセルでしょ(笑)。MCMのピンクのランドセルにマイメロ。
YGQ:それかシナモン。サンリオ系だよね。
もふくちゃん:あの組み合わせは絶対良い。ファッションカルチャーが残ってるとしたら歌舞伎町じゃない? 多分、ある意味荒れてるからだよ。荒れてる地域にファッションが生まれる。
「MILKBOY」が歌舞伎町の制服になってるのは、ヴィジュアル系の流れがあると思うんですよね。90年代の文脈とか知らずに着てると思う。
YGQ:街で「KISS」のバンドTシャツを着てても、曲を聴いたことがない人がいっぱいいるのと一緒だよね。文脈関係なく。
もふくちゃん:デザインだと思ってるよね、多分。
そういう形で謎の組み合わせのファッションが生まれるっていうのはあるんじゃないかな。
YGQ:「MILKBOY」がいつの間にか歌舞伎町にきてたり、変化をしながら生き残っていくのは面白いよね。