2020年の「顔」となったメガヒット作『愛の不時着』に学ぶ、 韓国ドラマのプロダクト・プレイスメント最前線

あの作品の“モノ”を徹底リサーチ #04

2020年、ストリーミングサービスを通じて、間違いなく「日本で最も多くの人に視聴されたテレビシリーズ」となった『愛の不時着』。「え? 今さら『愛の不時着』?」という声も聞こえてきそうだが、作品の中に登場する“モノ”、とりわけプロダクト・プレイスメント(企業とのタイアップで作中に商品を登場させること)に着目した本連載でこのメガヒット・ドラマを取り上げないわけにはいかない。というのも、長年ハリウッド映画が牽引、及び洗練化させてきたプロダクト・プレイスメントの手法を、現在最も先鋭的に取り入れているのが他でもない韓国ドラマだからだ。記事がこのタイミングになったのは、2020年を代表する作品として1年の最後に取り上げたかったということ。あと、正直に告白すると、韓国ドラマのフォーマット(1話約80分、全15〜20エピソード、途中でやたらと回想シーンが出てくること、各エピソードのオープニングのリプライズとエンディングの予告、そもそも1シーズンがめちゃくちゃ長い、など)に自分が生理的にあまり慣れていなくて、最終エピソードまで到達するのにやたらと時間がかかってしまったからだ。

実際、韓国ドラマはアメリカのテレビシリーズとも、日本の民放のテレビドラマとも異なる、かなり独自の文体を持っている(それはK-POPの世界的ブームと比べて、韓国ドラマのヒットがアジア地区に限定されている一つの理由でもあるだろう)。その文体の基礎となっているのは、韓国のテレビで中間広告(番組の合間に流れる広告)が禁じられていることだ。日本のテレビドラマ同様、アメリカのテレビシリーズでもネットワーク局製作の作品は、CM前にはあからさまなクリフハンガー(次の展開に短期的な期待を持たせるストーリーテリングの手法)が用いられ、約15分を単位にシチュエーションが大きく展開していく作品が少なくないが、番組の最初と最後にしかCMを入れることが許されていない韓国ドラマは作品のリズムそのものが違う。そして、中間広告に頼らずに潤沢な製作費を確保するために、プロダクト・プレイスメントに熱心に取り組まざるを得ないという事情がある。

もっとも、プロダクト・プレイスメントは映画やテレビシリーズにとって必要悪というわけではなく、作中に出てくる特定の商品は作品のディテールやリアリティに寄与することも多いし、ツッコミも含めてネタとしてうまく機能すればその宣伝効果は作品そのものにも返ってくる。韓国国内での初回放送時からプロダクト・プレイスメントにおいても数々の大きな反響を巻き起こした『愛の不時着』は、それが大成功した作品の一つだ。逆に、スポンサーの都合だけでなく具体的な商品名やブランドのマークをとりあえず隠す傾向が強い(それどころか作品の舞台となる地名や大学などの名前まで架空のものにしていることが多い)日本の映画やテレビドラマの制作者は、韓国ドラマの積極的なプロダクト・プレイスメントから学ぶべき点も多いのではないか。
(編集/メルカリマガジン編集部、イラスト/二階堂ちはる)

「あの作品の“モノ”を徹底リサーチ」は映画、ドラマ、小説などに登場する「モノ」から作品をより深く読み解くシリーズです。

ジャガーとランドローバー

プロダクト・プレイスメント界の王様(もっとも大きな広告費が動く)といえば、『007』&アストンマーティンの時代からクルマと決まっている。北朝鮮が主な舞台となる『愛の不時着』の序盤、ジョンヒョクが(政府高官から借りた)最新のジャガーXJを爆走させるシーンでは、その強引な車種セレクトに思わず笑ってしまった。気になって調べてみたところ、金正恩委員長の愛車はメルセデスベンツ・マイバッハS660プルマンガード(もちろん防弾の特別仕様。自分で運転することもあるらしい)やロールスロイス・ファントムで、労働党の幹部のみにメルセデスベンツ(もちろん金正恩よりもグレードの低い車種)が与えられるという。北朝鮮にもロールスロイスが存在するということはイギリス車がNGというわけではなさそうだが、いずれにせよリアルワールドの北朝鮮でジャガーの最新車種が走っている姿は想像しにくい。

セリの愛車として何度も重要な場面に登場するのは、最新型の真っ赤なレンジローバー・イヴォーク。2代目となる現行のレンジローバー・イヴォークが発表されたのは2018年11月。ヨーロッパの市場に出回り始めたのは2019年に入ってから。『愛の不時着』の韓国での初回放送が2019年12月14日であることを考えると、韓国の街中を走る前から撮影のために提供されていたことになるわけで、作品にとってはフレッシュな新車種で画面が華やぎ、スポンサーにとっては直接の販促につながるという、まさにただの「車両提供」ではないプロダクト・プレイスメントの強みが生かされている。

クルマ好きなら知っての通り、ジャガーとランドローバー(レンジローバーはランドローバー社の上級車種の名称)は経営不振のため2008年に共にインドのタタ・モーターズに買収されて、現在はジャガー・ランドローバーという同一のメーカーに。インド資本となってからは新車の開発においてもプロモーション展開においても「攻め」に転じている。『愛の不時着』におけるプロダクト・プレイスメントでは、上記の2車種のほか、ジャガーF-TYPE、ジャガーXF、ジャガーI-PACE、レンジローバー・ヴェラール、レンジローバー・スポーツと、主要キャラクターが乗るすべてのクルマがジャガー・ランドローバーのクルマという徹底ぶり。駐車場のシーンで他社のクルマのエンブレムをすべて隠しているのは、少々やりすぎな気もするが……。

ショパールのアルパイン・イーグル

セリがジョンヒョクへのクリスマス・プレゼントのために購入して、一度は紛失してしまうものの、エピソード12で無事ジョンヒョクの腕に巻かれることとなるショパールのアルパイン・イーグル。文字盤の色はグレー。韓国で同エピソードが初放送されると、ヒョンビン(ジョンヒョクを演じた俳優)時計として大きな話題に。確かにめちゃくちゃ似合っていた。ちなみに日本での定価は税込みで1,617,000円と、なかなか気軽に手を出せる商品ではないが、時計好きの間ではラグスポ(ラグジュアリー・スポーツの略語)系の時計を代表するモデルとして大人気の一品だ。

ところが、ここで一つ問題が。『愛の不時着』でこのショパール・アルパイン・イーグルが初登場したのは、エピソード5。北朝鮮でセリがお金に困って、自分の時計(こちらもメーカーはショパール。ハッピー・スポーツの世界に5本しかない超限定モデル)を質入れするシーンで、その質屋に7年預けられてそのままになっている時計として登場する。後に、その時計を預けたのはジョンヒョクの亡き兄ムヒョクで、それが巡り巡ってジョンヒョクの手に渡るという、まさに運命の時計であることが判明するわけだが、実はショパール・アルパイン・イーグルが発売されたのは2019年。こちらもレンジローバー・イヴォーク同様、発売直後のタイミングでオンエアされるように事前にメーカーから提供されたわけだが、そうなると7年前のムヒョクはまだこの世に存在していない時計を所持していたことになるわけで、ちょっとした物語のバグとなってしまっている。

bb.qオリーブチキンカフェ

韓国ドラマにおいては珍しいことではないが、財閥令嬢のセリは言うまでもなく、朝鮮人民軍総政治局局長の息子であるジョンヒョクをはじめ、南の出身者も北の出身者も主要キャラクターのほぼ全員が特権階級に属している『愛の不時着』。ジャガーやランドローバーのクルマも、ショパールの時計も、一般人には縁遠いもの。そんな中、気軽に『愛の不時着』ワールドの片鱗を味わうことができるのが、作中で何度も出てくる韓国発のフライドチキン・ファストフード・チェーン、bb.qオリーブチキンカフェだ。ちなみにロケがおこなわれた実店舗は、梨大店と牙山テクノバレー店と一山湖公園店の三箇所。

韓国国内最大のチキンフランチャイズ、ジェネシスBBQが運営するbb.qオリーブチキンカフェのチキンは、エキストラバージンオリーブオイルとコレステロールゼロのソイオイルを配合した特製オイルで揚げているので、胃もたれせずに何個でもガツガツいける。コチュジャン・ベースの甘辛ソースも病みつきになる美味しさ。どうしてまるで普段からよく食べているかのように語れるのかというと、実際に普段からよく食べているから。自分の生活圏内に1店あって、『愛の不時着』で知る前から足繁く通っていたのだ。

韓国国内では、『愛の不時着』の放送があった週末には、それまでの週末と比べて売り上げが70%以上伸びたというbb.qオリーブチキンカフェ。自分が通っている日本の店舗も以前から繁盛していたが、『愛の不時着』が広く浸透するに連れて、明らかにこれまでよりも混むように。世界25カ国に約2,500店舗を展開しているbb.qオリーブチキンだが、日本には今のところ東京に3店のみ(しかも大鳥居、笹塚、千住大橋とわりとマニアックな街ばかり)。ファストフード・チェーンとしてもう一つ、『愛の不時着』ではサブウェイも度々登場するが、さすがにアメリカ生まれのサブウェイでは『愛の不時着』気分には浸れない。

メディヒールのバブルトックスセラムマスク

「手軽に『愛の不時着』気分を」という点では、エピソード13でセリがジョンヒョクの第五中隊員たちに初体験させるシートマスクもどうだろう? BTSとのコラボアイテムを発売していることでも知られている、韓国の大人気 シートマスク専門ブランド「メディヒール」。『愛の不時着』に登場する同ブランドのバブルトックスセラムマスクは、肌の上で自然に発泡する成分で作られた美白マスクだ。日本にもシートマスクを使用する男性はいるけれど、韓国の男性の間ではより一般的なのだろうか? まあ、作中でシートマスクをしてるのはジョンヒュクではなく隊員たちだけなんだけど。

というか、真面目なドラマ批評的観点からすると、この一連のシーンはわりとアウト。全然本筋に関係がない上に、無駄に台詞や尺を使っている。さらには、ジョンヒョクはこれ見よがしに商品名が見えるようにパッケージを持ち上げてみせたりして、プロダクト・プレイスメントとしてもあまりにも泥臭すぎるシーンとなってしまっている。実は、ヒョンビンは2019年から「メディヒール」のイメージキャラクターを務めていて、CMにも出演している。ここまであからさまだと、もう笑ってしまうしかないけれど。

スワロフスキーとストーンヘンジ

『愛の不時着』では、ジョンヒョクとセリのラブロマンスの行方だけではなく、婚約者を奪われたセリにライバル心を燃やすダンとの女同士の戦い、いや、戦いとしては最初から結論が出てしまっているわけだけど、そんな負け戦にプライドを投げ捨てて身を投じるダンの健気さにも注目してほしい(実はダン推しなんです)。

そんな二人は普段しているアクセサリーも好対照。セリのお気に入りは、言わずと知れたクリスタルのプレミアムブランド、スワロフスキーのアクセサリー。1895年にオーストリアで創業した老舗中の老舗だ。一方、ダンのお気に入りは韓国のアクセサリー・ブランド、ストーンヘンジ。クラシックでエレガントなデザインという点ではスワロフスキーと同じテイストのブランドだが、まだ2008年に創業したばかりの新興ブランドだ。日本でも人気上昇中の韓国ジュエリー、中でもストーンヘンジはBTSとのコラボアクセサリー(ここでもBTS! 手広い!)などでも話題となっているが、まだ日本には直営店がない。

北朝鮮の調理器具

プロダクト・プレイスメントからは離れるが、序盤の北朝鮮のパートからも印象的な“モノ”を取り上げておこう。自宅に女性が泊まった翌日、朝食を手際良く作ってみせる男性というのは、万国共通お約束のイケメン描写だが、ジョンヒョクが朝食を作る姿はただかっこいいだけでなく、その調理器具がいちいち新鮮。朝からいきなり粉をこねたかと思えば、手動の製麺機で麺を作って茹でる。そして、日本では昭和の頃までしかなかったようなホーローの釜でスープを作って、麺を入れて野菜や錦糸卵を添える。これは、トウモロコシを原料とする麺と味噌仕立てのスープの「カンネンイグクス」という北朝鮮特有の朝食とのこと。驚くことに、北朝鮮では一家に一台このような製麺機があるらしい。

また、セリが「カフェでコーヒーが飲みたい」と言うと、後日、ジョンヒョクは市場で入手したコーヒー豆をなんと自前で焙煎して、留学先のスイスから持ち帰って長らく使ってなかったドリップ器具を取り出し、セリのためだけにコーヒーを入れる。このシーンは、ソウルでセリの家に一人残されたジョンヒョクが、狐につままれたような表情でポッド式のコーヒーマシーンを使うシーンとの対比になっている。『愛の不時着』がドラマとして優れているのは、そういう周到な描写がいたるところに張り巡らされているところだ。

パラグライダー

『愛の不時着』はそのタイトル通り、パラグライダーで始まり、パラグライダーで終わる物語でもある。エピソード1のパラグライダー・シーンの撮影地となった江原道寧越郡の蓬來山頂上にはパラグライダー体験場があって、『愛の不時着』の放送以来、多くの視聴者がセリの追体験をするために訪れているという。しかし、それでもし竜巻に巻き込まれて北朝鮮に不時着しちゃったら……。料金は保険込みで10万~20万ウォン(約9,300~1万8,600円)。『愛の不時着』のようなメガヒット・ドラマは、プロダクト・プレイスメントによる広告効果が絶大なだけでなく、こうして新たなレジャーのブームまで生み出すほど大きな影響力があるのだ。

Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中

パラグライダー事故で北朝鮮に不時着した財閥の娘ユンと彼女を匿い愛してしまう北朝鮮の将校リ・ジョンヒョク。絶対極秘の2人の愛の行方は?禁断の設定が話題のラブストーリー。大人気韓流スターのヒョンビン (「アルハンブラ宮殿の思い出」「シークレット・ガーデン」) とソン・イェジン(「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」「私の頭の中の消しゴム」) 主演。脚本家パク・ジウン。

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WRITTEN BY

宇野維正

(うの・これまさ)映画・音楽ジャーナリスト。好きなものはラップミュージックとホラー映画とクルマ。著書に『1998年の宇多田ヒカル』『くるりのこと』『小沢健二の帰還』『日本代表とMr.Children』『2010s』がある。

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