趣味2021.11.24

商品タイアップ映画の王様『007』 『ノー・タイム・トゥ・ダイ』を「作った」ブランド10選

本連載を開始した時期から比べても、より一般的なワードとして国内の映画関連の記事などでも見かけることが増えてきたプロダクト・プレイスメント(企業とのタイアップで作中に商品を登場させること)。そんな中でも、1962年に第1作が公開されて以来、ここまで全25作品約60年の歴史を重ねてきた『007』は、まさにプロダクト・プレイスメントの歴史とともに歩んできたシリーズとしても広く知られている。

企業やブランドは『007』シリーズに自社の商品を登場させるためにいくら払えばいいのか? その金額は(当然のように)製作サイドから公表されていないが、『スカイフォール』(2012)では製作予算の3分の1以上(約52億円)が企業がパートナーシップを結ぶ際に支払った金額で賄われたと言われている。つまり、最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』は163分あるのでその3分の1の約55分は「広告によって作られている」と言っても過言ではないのだ。

もっとも、『007』シリーズの場合、他のハリウッド大作のようにお金を払えば劇中に無条件で自社の商品を使ってもらえるというわけではない(例えばマーベル映画はシリーズものであるにもかかわらず、作品によってすべての車がアウディになったりBMWになったりレクサスになったりする)。今回は、最新作『ノー・タイム・トゥ・ダイ』に貢献した数ある企業/ブランドの中から10のブランドを例に挙げて、その必然を探っていく。(イラスト/二階堂ちはる、編集/メルカリマガジン編集部)

アストンマーティン

『ノー・タイム・トゥ・ダイ』で使用されているアストンマーティンは全部で4車種。そのうちメインのボンド・カーとなるのは、シリーズ3作目『ゴールドフィンガー』(1965)とシリーズ4作目『サンダーボール作戦』(1965)で数々のギミック装備によって鮮烈な印象を残したボンド・カーの象徴的存在 DB5だ。 DB5はその後、シリーズ17作目『ゴールデンアイ』(1995)で実に30年ぶりに再登場した後、しばしばボンドのプライベート・カーとして劇中に出てきたが、メインのボンド・カーとして活躍するのはシリーズ23作目『スカイフォール』以来2作ぶり(前作『スペクター』ではラストシーンにのみ登場)。しかも、今回はヘッドライトに格納された機関銃だけでなく撒菱や煙幕まで装備した、60年代ボンド・カー顔負けのフル・ギミック仕様だ。

DB5が生産されていたのは1963年7月から1965年9月まで。つまり、販売時期と作品の公開が重なるのは初登場の『ゴールドフィンガー』1作のみ。そもそも総生産台数1023台の超希少車かつ超高額車であることからもわかるように、アストンマーティン社は一般的な意味においてのプロダクト・プレイスメントのクライアントというより、『007』シリーズにとって不可欠なパートナー的存在と言えるだろう(とはいえ、アストンマーティン社が長期の経営難に陥っていた70年代から80年代後半にかけては劇中にアストンマーティンのクルマが登場することもなかった)。

今回登場する4車種のうち、現行のカタログモデルは007のコードネームを引き継いだ、ラシャーナ・リンチ演じるノーミがボンドを助手席に乗せて運転するDBS スーパーレッジェーラ(新車価格 3567万円)1車種だけ。ちなみに、 現在アストンマーティン社は往年の名モデルの再生産プロジェクトをおこなっているが、数年前に限定25台で再販売を受け付けていたDB5の価格は275万ポンド(約4億2000万円)だった。

トライアンフ

どれだけボンドに憧れたとしても、アストンマーティンはあまりにも高嶺の花ーーというわけではないのだろうが、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』でアストンマーティンのクルマと並んで大活躍しているのがトライアンフのバイク、スクランブラー1200とタイガー900だ。特に、序盤のイタリア・マテーラでのアクションシーンでボンドが敵から奪って大立ち回りを演じるスクランブラー1200は、作品のポスターにも登場するなど大フィーチャーされている。

マーロン・ブランドの『乱暴者』(1953)、スティーブ・マックイーンの『大脱走』(1963)。これまでも「映画史におけるトライアンフ」は名作における「名脇役」というだけでなく、主演スターのイメージと分かち難く結びついたカルチャー・アイコンそのものだった。それらの作品に登場したのはトライアンフを象徴してきたスタンダードモデル、ボンネビルだが、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』に登場するスクランブラー1200は、日本では「ビッグオフ」と呼ばれる最近流行りの大排気量オフロードモデル。世界限定250台(日本国内20台)で今年5月に販売された、劇中でボンドが乗ったモデルをモチーフにした「スクランブラー1200 ボンド エディション」は予約で完売。税込259万円と、バイクとしてはやはりなかなかのお値段ですが……。

オメガ

アストンマーティンと並ぶボンドのトレードマークとなっているオメガの腕時計だが、『007』シリーズがオメガとパートナーシップを結んだのはボンド役が4代目ティモシー・ダルトンから5代目ピアース・ブロスナンにバトンタッチした17作目の『ゴールデンアイ』と、シリーズの歴史的には意外にも最近。とは言っても、そこから26年間、9作品連続でオメガのシーマスターがボンドの相棒を務めてきたことになるわけで、今やシーマスターをしていないボンドを想像するのも難しい。

ちなみに初代ショーン・コネリーと2代目ジョージ・レーゼンビーの時代はロレックス、3代目ロジャー・ムーアの時代はロレックスに加えてハミルトンやセイコーのデジタル腕時計、4代目ティモシー・ダルトン時代はロレックスとタグ・ホイヤー。モデル別では、圧倒的にロレックス・サブマリーナーの装着率が高かった。

『ノー・タイム・トゥ・ダイ』で注目すべきは、ボンドのシーマスター ダイバー300M(劇中では強力な電磁パルスを発生してネットワークを遮断させる機能が披露される)だけでなく、ノーミのシーマスター アクアテラ、ナオミ・ハリス演じるマネーペニーのデ・ヴィル プレステージと、女性キャラクターたちをエレガントに彩るアイテムとしてもしっかりとオメガの腕時計が主張しているところ。『007』のプロダクト・プレイスメント=英国紳士のダンディズムという時代はもう過去のものとなった。

トム・フォード

アストンマーティンもオメガもボンドのイメージを形作ってきたが、ダニエル・クレイグ登板以前からの『007』シリーズお馴染みのブランド。一方、クレイグがボンドを演じるようになってからスクリーンに登場したブランドで、ボンドの現在のイメージを決定づけたブランドといえばトム・フォードだろう。

ボンドがトム・フォードの洗練された細身のスーツに身を包むようになったのは クレイグ・ボンドとしては2作目となる『慰めの報酬』(2008)から。プロダクト・プレイスメントというと企業やブランドからのオファーから始まると思われがちだが、『007』シリーズにトム・フォードが参加することになったのは、ダニエル・クレイグ自身のお気に入りのブランドであったことがきっかけだという。前作『スペクター』(2015)ではニットやサングラスを含むワードローブ一式を提供していたトム・フォードだが、今回の『ノー・タイム・トゥ・ダイ』では主にタキシードなどのフォーマルウェアを提供。そして、007のコードネームを持つノーミも、アストンマーティンに乗り、オメガを身に着けるだけでなく、トム・フォードのスーツまで見事に着こなしている。

ライカ

『007』シリーズにおけるカメラといえば、『ロシアより愛をこめて』(1963)に登場するローライフレックスの二眼レフカメラに見せかけた小型オープンリール・テープレコーダー、『サンダーボール作戦』(1965)に登場するニコンの一眼レフカメラに見せかけたガイガーカウンター、『美しき獲物たち』(1985)の指輪内蔵カメラと、奇想天外な仕掛けが施されたスパイアイテムとして存在感を放ってきた。しかし、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、ライカのカメラが「ただのカメラ」として複数のシーンに登場している。

ジェームズ・ボンドが暮らすジャマイカの自宅のデスクの上には置かれているのはライカ M10。35mmフルサイズCMOSセンサーを搭載するデジタルレンジファインダーカメラで、デジタルカメラでありながらフィルムカメラのM型ライカとほとんど変わらないルックスとシンプルな操作性が特徴の高級機。ベン・ウィショー演じるQのロンドンの自宅に置かれているのは一回りコンパクトなライカQ2(Qだけに)。こちらは『ノー・タイム・トゥ・ダイ』公開を記念して世界限定250台のライカQ2 007 Editionも販売されて、『007』所縁の英国スーツケース・ブランド、グローブ・トロッターのケースとのセットでお値段110万円(あっという間に完売とのこと)。

バブアー

さて、ここまで読んできて「わかっちゃいたけど、いくらなんでも高額なものばかり」とため息を吐いている読者も少なくないだろう。大丈夫。いくらボンドだって、常にキメキメなわけではない。今回の『ノー・タイム・トゥ・ダイ』で多くの観客から賞賛を浴びている見どころの一つ、キューバでアナ・デ・アルマス演じるCIAの新人エージェント、パロマと遭遇するシーンでボンドが羽織っているバブアーのワックスドコットン・ジャケットならば、それとほとんど同じものを250ポンド(約4万円)ほどで入手することができる。

『007』で大々的にバウアーのジャケットがフィーチャーされたのは、クレイグ・ボンド3作目の『スカイフォール』クライマックスの、ボンドの生家があるスコットランド・グレンコウの荒野での一連のシーン。コードネーム007のエージェントではなく素に戻った時のボンドを象徴する英国のアウトドア・ブランド、バブアーのジャケットは、ファンにとっては「手が届く」ボンド・アイテムとして貴重なものでもある。

N.ピール

トム・フォードやバブアーと並んで、クレイグ・ボンドになって以降の『007』シリーズで継続的に衣装で協力をしているのが、英国の老舗高級カシミアブランド、N.ピールだ。ボンドがピストルを構える『ノー・タイム・トゥ・ダイ』のメインビジュアルで着用しているネイビーのプルオーバーニットも、この N.ピールのもの。肩や肘についたパッチワーク、ボートネック、ドローストリングクロージャー、リブニットなどのミリタリー風の意匠は、激しいアクションをこなすボンドのために特別にデザインされている。

N.ピールは1936年にロンドンのバーリントン・アケードに最初のショップをオープン。以来、マリリン・モンローやダイアナ妃も愛用してきたイギリス屈指の高級ニットブランドだ。アストンマーティン、トライアンフ、バブアー、N.ピール、本コラムでは個別に取り上げなかったが他にもコノリーやグローブ・トロッターなどなど。やはり『007』シリーズにおけるプロダクト・プレイスメントは、どの企業やブランドでも対価を払えば得られるものではなく、英国の老舗ブランドに優先権があるのだろう。

マイケル・コース

一方で、マイケル・コースのようなアメリカの比較的若い世代をターゲットにしているブランドの『007』プロダクト・プレイスメントへの参入は、『ノー・タイム・トゥ・ダイ』における大きなトピックと言える。マイケル・コースのバッグを持って颯爽とスクリーンに登場するのは、ボンドと密接に連携をする女性エージェントのマネーペニー。主要キャラクターが使用しているアイテムというわけではないものの、マイケル・コースは今作での参入を機に、大々的に作品とコラボしたプロモーション展開をおこなっているブランドの一つだ。

映画界において現在進行形で最も長く続いているだけでなく、今なお世界最大級の人気フランチャイズ作品である『007』の観客は、もちろんボンドと同世代の裕福な男性だけではない。しかし、例えば『ゴールデンアイ』でボンドをアストンマーティンではなく若者向けの比較的安価なスポーティーカーであるBMW Z3に乗せたりすると、ボンドに幻想を抱いてきた観客からの支持を得られないだけでなく、長期的には「ジェームズ・ボンド」というブランドそのものに影響を及ぼしてしまうことになる。その点、今回編み出された若い世代向けのプロダクト・プレイスメントを周辺のキャラクターが担う手法は、今後さらに活用されていくことになるに違いない。

バートンペレイラ

とはいえ、なかなか日本の企業やブランドが参入するには壁が高い『007』シリーズのプロダクト・プレイスメント(今回、舞台設定のリアリティを出すために約20年前のトヨタ・ランドクルーザー・プラドをボンドが運転するシーンもあったが)。しかし、意外なところに日本製のプロダクトが。

クレイグ・ボンドになって以降、「ボンドのサングラスといえばトム・フォード」というイメージがすっかり定着していたが、今回ボンドがオン&オフ問わずメインでかけているのはバートンペレイラのサングラス。バートンペレイラは元オリバーピープルズ(ロサンゼルスの人気アイウェアブランド)のビル・バートンとパティ・ぺレイラが2007年に設立した新しいブランド。同社は、オリバーピープルズ時代に培ってきた関係性とクオリティへの信頼から、プラスチックフレームは岐阜県産、メタルフレームは福井県産と、Made in Japanにこだわった商品を作り続けている。

ノキア

乗り物やファッションに関しては、そのブランドやアイテムのセレクトにおいて比類のない見識と精度の高いリアリティを誇る『007』シリーズだが、デジタル・デバイスに関してはわりとユルい傾向が。というのも、『カジノ・ロワイヤル』(2006)から『スペクター』(2015)までの4作品は製作にソニー傘下のコロンビア・ピクチャーズが入っていて、配給がソニー・ピクチャーズだったので、他のソニー・ピクチャーズ作品と同様に、パソコンに関してはVAIO(別会社としてソニーから独立した2014以降はスクリーンから消滅)、携帯電話に関してはソニーエリクソンという縛りが思いっきり効いていた。

では、晴れて(?)ユニバーサル・ピクチャーズ系へと移った『ノー・タイム・トゥ・ダイ』ではどうだったかというと、パソコンは主にデル、携帯電話&スマートフォンはノキアが独占と、これもまたなかなか不自然なことに。特にノキアのスマートフォンに関しては、世界的なパンデミックによって公開日が約1年半遅れた間に最新モデルが型落ちになってしまったことで、商品をアップにしたシーンを撮り直したという噂も駆け巡っていたが、既にスマートフォン・マーケットからノキアが撤退済みの日本の我々にとっては、いずれにせよあまり関係のないことなのであった……。

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』
ボンドは00エージェントを退き、ジャマイカで静かに暮らしていた。しかし、CIAの旧友フィリックスが助けを求めてきたことで平穏な生活は突如終わってしまう。誘拐された科学者の救出という任務は、想像を遥かに超えた危険なものとなり、やがて、凶悪な最新技術を備えた謎の黒幕を追うことになる。

監督:キャリー・ジョージ・フクナガ
出演:ダニエル・クレイグ、ラミ・マレック、レア・セドゥ、ラシャーナ・リンチ、ベン・ウィショー、ナオミ・ハリス、ジェフリー・ライト、 クリストフ・ヴァルツ、レイフ・ファインズ、アナ・デ・アルマス、 ビリー・マグヌッセン、ロリー・キニア、デヴィッド・デンシック、ダリ・ベンサーラ
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WRITTEN BY

宇野維正

(うの・これまさ)映画・音楽ジャーナリスト。好きなものはラップミュージックとホラー映画とクルマ。著書に『1998年の宇多田ヒカル』『くるりのこと』『小沢健二の帰還』『日本代表とMr.Children』『2010s』がある。

好きなものと生きていく

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