第1作が公開されたのは2001年。当初はスタジオからあまり期待されてなかった低予算カーアクション映画だったにもかかわらず、北米の(特に有色人種の)観客層に熱狂的に支持されて、やがて21世紀を代表する大ヒット・フランチャイズへと急成長を遂げてきた『ワイルド・スピード』シリーズ。ストリートレースに興じる走り屋たちの物語から、世界中を駆け巡るアウトサイダーたちの「ファミリー」の物語へと作品のスケールが一気に拡大したのは4作目の『ワイルド・スピード MAX』(2009)以降だが、現在公開中の最新作『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』ではさらなるスケールアップだけでなく、このシリーズのルーツにしてアイデンティティであるクルマ文化への回帰も見られる。
『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』の見どころの一つは、シリーズがスケールアップする直前の3作目、『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』(2006)の事故で死んだと思われていたハン(サン・カン)が華々しく復活を遂げていることだ。今作の監督を務めているジャスティン・リンにとって、『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』はシリーズ初登板となった作品、さらにハンは自分と同じアジア系のキャラクターということもあって、特別な思い入れがあるのだろう。ここで事故の真相が15年越し(公開年基準で。時系列的には『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』は3番目ではなく6番目の作品)に明らかにされるのだが、その必然として今作では久々に東京が舞台の一つにもなっている。
そもそも、『ワイルド・スピード』シリーズで活躍するクルマには厳格なルールがある(スピンオフ作品『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』は除く)。それは「1にアメ車、2に日本車、3、4がなくて、5にヨーロッパ車」というもの。厳密に言うと初期作においては「1に日本車、2にアメ車」だったが、いずれにせよBMWやポルシェやマセラッティといったヨーロッパ車も出てくるには出てくるものの基本的には敵役か端役の所有車として。その鉄則は最新作『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』でも不変だ。
というわけで、『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』をよりディープに楽しんでもらうために、あるいは「初期はクルマ映画だったけど最近はただの派手なアクション映画でしょ?」というクルマ好きに久々に映画館に戻ってきてもらうために、今作に登場するクルマーーもちろん重要な役割を担うのはアメ車と日本車ーーを徹底解説します。ちょっとだけネタバレもあるので、気になる方は映画の観賞後に!(イラスト/二階堂ちはる、編集/メルカリマガジン編集部)
ダッジ・チャージャー・ミッドエンジン(1968)
ドム(ヴィン・ディーゼル)といえばブラックのダッジ・チャージャー、ブラックのダッジ・チャーチャーといえばドムといっていいほど、もはや完全に主人公ドムのトレードマークとなっている。実に『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』には、まったく異なる5台のブラックのダッジ・チャージャーが登場する。
中でも垂涎の的と言えるのが、ドムがエジンバラでのマグネット・カーチェイス・シーンで乗る、6.2リッターV8エンジンをフロントからミッドに換装した特製の1968年式ダッジ・チャージャーだろう。製作したのはウィスコンシン州にあるカスタムショップのスピードコア社。そのカスタム費は100万ドル超えとのこと。スピードコア社はシリーズ7作目『ワイルド・スピード SKY MISSION』(2015)から登場車両のカスタムを手がけていて、誕生日のプレゼントとしてディーゼルに1970年式ダッジ・チャージャーのカスタム車を贈ったことがあるという。ん? 癒着?
ダッジ・チャージャーSRTヘルキャット(2016)
現行ダッジ・チャージャーの最速モデル、ダッジ・チャージャーSRTヘルキャットは序盤、中米の架空の国モンテキントでのカーチェイス・シーンに突然登場(ドムがどこでどのようにこのクルマを準備していたのか、劇中からはまったくわからない)。
こちらも市販車ではなくゴリゴリにカスタムされていて、ダッジはダッジでもチャージャーではなくチャレンジャーの方のSRTヘルキャットのパワートレインを移植。ボンネットやホイールも同じくチャレンジャーSRTヘルキャットの仕様。シャリー社の6速マニュアルトランスミッションが換装されていて、マグナフロー社のエキゾーストシステムやインジェクターによって800馬力超までチューンアップされている。
フォード・マスタング GT350(2015)
モンテキントでのダッジ・チャージャーとのカーチェイスの相手となるのが、ドムの弟、ジェイコブ(ジョン・シナ)が乗り込んだフォード・マスタング。ボディはカーボンファイバー製に改造されているという設定だが、激しいオフロードでの撮影ということで、坂を下るシーンなどではオフロード・ビークルのポラリスRZR 1000にマスタングのボディのガワだけを被せた車両が使用されているとのこと(よく見たらわかるかも)。
このシーンでフォード・マスタングが登場するのは他でもない。アメリカ映画の歴史においてダッジ・チャージャーとフォード・マスタングは、スティーブ・マックイーン主演『ブリット』(1968)以来の永遠のライバル(同作でマックイーンが乗っていたのはマスタングの方)。その後、数えきれないほどの映画やテレビシリーズで同車の対決は描かれてきた(実際の自動車マーケットにおいても完全なライバル関係にある)。本作でもそれは徹底していて、モンテキントのオフロードでのバトルだけでなく、90年代の回想シーンでのストリートレースでもドムは1967年式ダッジ・チャージャー、ジェイコブは1992年式フォード・マスタングに乗っている。
ちなみにフォード党のジェイコブを演じているシナ(プロレスラーとしては、本作には出演してないホブス役ドウェイン・ジョンソンとリングで何度も対決している)は、過去(2017年)に転売禁止期間が設けられていた限定500台のフォードGT(約40万ドル)を入手した後すぐに転売したとしてフォード社に訴訟を起こされたことがある(シナが転売で得た売却益をチャリティーに寄付することで解決)。
トヨタ・スープラ(2020) オレンジ&ブラック
『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』での初登場が最も期待されていたクルマは、2019年に17年ぶりに復活した、この5代目(DB型)スープラだろう。スープラといえば、2013年に自動車事故で亡くなったポール・ウォーカー演じるブライアンが『ワイルド・スピード』シリーズで乗り継いできた車種。前作『ワイルド・スピード/アイスブレイク』(2017)で登場しなかったのは、待望のニューモデル発表が間近に控えていたというだけでなく、そのブライアンの不在も大きく影響していたはずだ。
そんな『ワイルド・スピード』にとって欠かせないクルマであるスープラの、17年ぶりの復活モデルのステアリングを握るのは、本作で(製作年度順では)『ワイルド・スピード EURO MISSION』(2013)以来8年ぶりに復活を遂げたハン。しかも、そのオレンジとブラックの2トーンのカラーリングは、『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』でハンが事故に遭った時に乗っていたマツダRX-7(FD3S型)とまったく同じ。リン監督の最高に粋な計らいに、思わず涙したのは自分だけじゃないだろう。
トヨタ86(2012)
日本では86、海外ではGT86の名称で親しまれている、2012年発表のFR(後輪駆動)スポーツカー。ちょうど今年は9年ぶりにフルモデルチェンジを果たした新型(新名称はGR86)が発売されるタイミングだけに、もし新型のスクリーンデビューとなれば盛り上がったはずだが、本来『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』の公開は2020年春を予定していた(世界的なパンデミックによって1年延期)。ハリウッド映画では未発売車種のメーカーからの車両提供も珍しくないが、さすがに撮影時期的にも間に合わなかったのだろう。
86が登場するのはエジンバラでのカーチェイス・シーン。ドムと生身でやりあった後、ジェイコブが路駐している一般市民の86(なので、どノーマル仕様)を盗んで走り出す。ジェイコブはハンからもスープラを奪って大立ち回りをすることになるので、短時間で2台のトヨタ車をパクったことになる。本当はフォード党ではなくトヨタ党?
ジープ・グランドチェロキー・トラックホーク(2021)
ドムが妻レティ(ミシェル・ロドリゲス)と息子と静かで穏やかな生活を送っていた郊外の家に、ローマン(タイリース・ギブソン)、テズ(リュダクリス)、ラムジー(ナタリー・エマニュエル)が押しかけた時に乗っていたのは、ジープ・グランドチェロキーのトップモデル、ジープ・グランドチェロキー・トラックホーク。見た目は大人しいが、スーパーチャージャー付きの6.2リッターV8エンジンは710馬力とモンスター級。日本国内での新車価格が1356万円ということからもわかるように、かなりの高級車だ。
アメ車ファン以外にとって一つのハードルとなるのは、アメ車ブランドの識別の難しさだろう。アメ車3大メーカーといえばフォード、GM、クライスラーだが、それぞれのメーカーが伝統的に複数のブランドを展開していて、ジープはクライスラーのブランドということになる(資本関係はさらに複雑なのでここでは割愛)。ちなみにダッジ・チャージャーのダッジもクライスラーのブランド。クライスラー系の(特にハイパワーの)クルマは純正カスタムブランドの名前から「MOPAR」と呼ばれているが、ドムのファミリーは明らかに「MOPAR」派。
ジープ・グラディエーター(2020)
というわけで、テズやラムジーを乗せてモンテキントのオフロードで大活躍するのもクライスラー社のクルマ、ジープ・グラディエーターだ。グラディエーターは2018年にジープ・ブランドが26年ぶりに発表したフルサイズのピックアップトラック。本作に登場するドムのファミリーが乗るクルマとしては、比較的ノーマル仕様に近い(ルーフにマウントされたスペアタイヤやビードロックホイールなど、それなりにカスタムは加えられているが)。
『ワイルド・スピード』がクルマ好きから信頼されている理由の一つは、他の多くのハリウッドのアクション映画のように、特定のメーカーからスポンサードされた、いわゆるプロダクトプレイスメントによって登場車種のメーカーが偏っていないこと。そもそもプロダクトプレイスメントは新車の市販車のプロモーションにつながらなければ意味がないわけで、旧車のカスタムカーがメインのシリーズ初期作がメーカーの協賛と無縁だったのは自明のことだったが、ドム・ファミリー御用達のクライスラー系のクルマに関してだけは、作品を追うごとに劇中での存在感が増しているような……。
ホンダNSX(2018)
海外ではホンダの高級ブランド(トヨタでいうところのレクサス)であるアキュラから販売されているので、アキュラNSXの名前で流通しているホンダNSX。現行モデルは初代モデルの生産終了から11年を経て、2016年にデビューした二代目となる。が! なんと『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』の日本公開直前の2021年8月3日、本作に登場している現行モデルのNSXの生産終了が発表された。初代モデルが16年の寿命だったのに対して、現行モデルは6年。2021年1~6月のNSXの国内販売台数はたったの12台(!)。価格は税込2420万円。数年前にホンダのクルマを新車で購入したことがありますが、もし購入資金があったとしても、確かにあの軽自動車ばかりが並んだディーラーで2420万円の買い物をする気にはなれないかも。
エジンバラまでの移動でローマンとテズが乗っていたNSX。ちなみにテズを演じるリュダクリスはプライベートでもNSXに乗っていて、そのボディカラーも劇中に登場するクルマと同じシルバー。ちなみにリュダクリスはラッパーとして成功する前からずっとアキュラ(ホンダ)・レジェンドに乗っていて、大金持ちになってからもそのレジェンドをカスタムし続けて所有してきた筋金入りのホンダ党。本作で登場した背景にも、新型NSXの販売不振を見かねたリュダクリスからのリクエストがあったのかもしれない(でも生産終了)。
ポンティアック・フィエロ(1984)
飛行機にのせて5万フィートの高さから落下させ、そこからロケットエンジンで宇宙空間まで飛んで衛星の軌道に乗るという、本作で最もデタラメなシーンで活躍するポンティアック・フィエロ。ポンティアックはGMが1926年から2010年まで展開していたブランド。60年代から70年代にかけてはファイヤーバードやトランザムなどのスポーツモデルが人気を博していたが、80年代に入ると失速。つまり、ここでフィエロがチョイスされたのは、「こんな誰からもすっかり忘れられたボロいクルマが宇宙で活躍する」という、デタラメなシーンのデタラメ度をさらに強調するためだろう。
実はその一連のシーンで注目すべきなのは、フィエロに乗ったローマンとテズの宇宙でのバカ・ミッションではなく、このジェットエンジン付きフィエロの改造を手がけているのが、『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』で活躍したショーン(ルーカス・ブラック)とトウィンキー(バウ・ワウ)とアール(ジェイソン・トビン)だということ。『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』がいかに『ワイルド・スピードX3 TOKYO DRIFT』へのオマージュに溢れているかがわかるだろう。ここでさらに、チューンアップのスペシャリストとして彼らの仲間だったレイコ(北川景子)も出てきたら最高だったのに!
シボレー・ノヴァSS(1970)
エディンバラでのマグネット・カーチェイス・シーンで、レティがラムジー(ナタリー・エマニュエル)を従えて運転しているのは1970年式のシボレー・ノヴァSS。その当時、アメリカではコンパクト(当時のアメ車基準なので日本では全然コンパクトじゃないけど)なマッスルカーをポニーカー(仔馬のクルマ)と呼んでいたが、フォード・マスタングやダッジ・チャレンジャーなどの人気ポニーカーに対抗してGMのシボレーが送り出したのがこのノヴァ。もっとも、同じシボレーが1967年に発売した一回り大きいカマロに客を奪われることになって、この3代目のモデルは販売的に苦戦。ちなみに、先代の1966年式シェビーⅡ・ノヴァ(3代目よりも全然こっちの方がカッコいい)は、バイきんぐ小峠さんの愛車。
ジャガーXE SV プロジェクト8(2017)
さて、ここでようやくヨーロッパ車。劇中の随所でその小物ぶりを露呈している某国元首の息子、オットー(トゥエ・アーステッド・ラスムッセン)の逃亡用の車として登場するのが、サーキット走行用にチューンされたジャガーXEの300台限定特別モデル、XE SVプロジェクト8。スーパーチャージャー付きの5.0リッターV型8気筒エンジンの最高出力は592馬力。ニュルブルクリンクを7分18秒36で周回し、中級セグメントの市販車として当時の世界最速記録を打ち立てた。『ワイルド・スピード』のカー・コーディネイター(世界最高の仕事かもしれない)を務める、生粋の走り屋デニス・マッカーシーお気に入りの一台ということでこのクルマが選ばれたとのこと。
ノーブル M600 (2018)
ロータスを筆頭に、イギリスにはバックヤードビルダーのルーツをもつスポーツカー専門の少量生産メーカーがいくつも存在するが、ノーブル・オートモーティブもその一つ。ロンドンのニューボンド・ストリートでデッカードやオーウェンの母マグダレン・ショー(ヘレン・ミレン)が盗むのが、ノーブル社の最新モデルM600。周囲にはブガッティやロールスロイスやベントレーなどの最新モデルも駐車されていたが、一瞬でノーブルのキーをチョイスするところはさすが(最高速はブガッティの方が速いがロンドンの街中を走るにはデカすぎる)。
日産スカイラインGT-R R34(1999)
トヨタ・スープラと並んで、ブライアンの愛車といえばGT-R。今回このクルマがどのシーンで、どのように出てくるかは、映画館で確認してください。こうした粋な計らいがあるから『ワイルド・スピード』ファンはやめられない。
■公開情報
『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』
全国公開中
出演:ヴィン・ディーゼル、ミシェル・ロドリゲス、タイリース・ギブソン、クリス・“リュダクリス”・ブリッジス、ジョン・シナ、ジョーダナ・ブリュースター、ナタリー・エマニュエル、サン・カン、ヘレン・ミレン、シャーリーズ・セロン
監督:ジャスティン・リン
脚本:ダン・ケイシー
配給:東宝東和
(c)2021 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.
公式サイト:wildspeed-official.jp