音楽2022.09.09

音楽プロデューサーがおすすめする「モジュラー・シンセサイザー」まず最初に揃えたい機材10選

電圧制御であらゆる音を生み出すことができるシンセサイザー。なかでも、シンセサイザーのモジュール部分をパッチケーブルで繋いで自由に音を作ることができる「モジュラー・シンセ」は、既存にはない「新しい音」を作ることができます。興味がある人は、まずここでおすすめするアイテムを揃えてみて、さらなる音楽表現の可能性を探ってみるのはいかがでしょうか。音楽プロデューサーの香川光彦さんが解説します。

(執筆・香川光彦、編集/株式会社モジラフ、メルカリマガジン編集部)

そもそもシンセサイザーとは

シンセサイザーとは、アメリカの電子楽器ベンチャー、ボブ・モーグ博士と音楽大学のハーブ・ドイチ教授によって開発された音声合成システムのこと。オシレーターと呼ばれる発振器、音色を変化させるフィルター、音量を変化させるアンプなどを電圧制御でコントロールすることにより、あらゆる音を生み出すことができます。

日本では1970年の大阪万国博覧会で初めてお披露目がされ、それに魅了された作曲家の冨田勲氏が自身の音楽制作に導入、独自の音像をつくって発表しました。冨田氏の作品はグラミー賞を受賞し、シンセサイザーという楽器は広く一般に知られるようになりました。

その後、現在に至るまでポピュラーミュージックの世界でも電子音によるさまざまな実験が重ねられてきました。既存にはない「新しい音」を作りたいというミュージシャンの夢を叶えてくれるのが、これからご紹介するモジュラー・シンセです。

モジュラー・シンセとはどんなものか

モジュラー・シンセ・アーティスト・よんまさん所有の機材群

電子楽器・シンセサイザーというと、いわゆる鍵盤楽器を想像する人がほとんどかと思います。

現代のキーボードにはさまざまなスイッチが付いていて、そこにはピアノ・オルガン・トランペット・バイオリン・ドラムといった楽器の音が設定されており、スイッチを押しさえすればすぐに演奏することができます。しかし、もしもオリジナルの音を創造したい、完全に何もない状態から音色を作りたいという探究心がある場合、それに応えてくれるものがモジュラー・シンセだと言えるでしょう。

今回の記事ではおすすめのモジュラー・シンセを10点選びましたが、もちろんこれ以外にもオリジナリティを持った製品がたくさん存在しています。ここでセレクトした10選にとらわれず、どんどん自分のやってみたい音作りにトライしてみましょう。そこに「決まり」はありません。

まずは共通規格「ユーロラック」について知っておこう

テルミン奏者、井伊英理さんのユーロラック。デジタルオシレーターとアナログオシレーターとVCAのみというシンプルな構成で、外部からテルミンを使ってメロディーと音量制御を行います

ユーロラックとは、ドイプファー社が提唱するモジュラー・シンセサイザーの規格の名称のこと。もともとは電子楽器のための規格ではなく、ドイツの工業規格のひとつである「EIAラック」「サブラック」と呼ばれているものでした。この規格に沿ったものであれば、異なるメーカーのモジュールでも混在して一つのラックに収めることができます。

またモジュラー・シンセサイザーを動作させるための電源については、ドイツのDoepfer氏によって規格が定められました。+12V、-12V、+5Vという3種類の電圧が使われ、電源ユニットとモジュール本体をケーブルでつないで使用します。

モジュラー・シンセ「まず最初に揃えたい基本の機材」

オシレーター(アナログ VCO)/ MakeNoise ST0

まずは最初の音の発振元になる部分、VCO(Voltage Controlled Oscillator=電圧制御の発振器)からです。

発振回路であるオシレーター・モジュールには多くの種類があり、アナログ回路を利用しているためにそれぞれに音の個性があります。一般的にオシレーターは、
  • バイオリンなどの弦楽器を奏でるために「のこぎり波形」
  • フルートなどの管楽器の音を奏でるための「方形波系」
  • 風の音や波の音のための「ノイズ波形」
など、発振できる波形があらかじめ決められているものが多いのですが、このMake Noise STO(エス・ティー・オー)はすべての音の源になっている「サイン波」のみが搭載されており、その形を捻じ曲げて別の音の素に変えてゆくオシレーターです。

詳しくは動画サイト等で確認して、どういう音が発生するかチェックしてみてください。音を合成する基本となる元の波形作りから始められるオシレーターなので、ある程度決められた波形を出力するタイプのオシレーターと違い、最初から自分の創造したい音に向かって音色を作るのに向いているモジュールです。

オシレーター(デジタル)/ 4ms ENSEMBLE OSC

4msはデジタル技術に優れた電子楽器メーカーです。デジタル技術を駆使した音源モジュールを数多くリリースしています。デジタルのオシレーターのため、アナログ音源とは違った新しい機能や安定した音を提供するのに向いています。

ENSEMBLE OSCILLATORという名前のとおり、アンサンブルを奏でることが可能。つまり和音を発音します。もちろん、ただの和音ではありません。

先に紹介したST0はひとつのサイン波オシレーターを発振するだけですが、こちらは16個のサイン波オシレーターを持っています。

その波形を、
  • それぞれ独立した周波数や音程を与えてオルガンのように鳴らす

  • ピッチ、音程を少しずつずらして新たな音色を作る

  • オシレーターにオシレーターを変調させて新しい倍音を与える

  • 波形そのものを捻じ曲げる
といったユニークな機能が特徴です。

フィルター(VCF)/Dave Smith DSM01 Curtis Filter

世界における現代の電子楽器の立役者で、シンセサイザーの演奏規格・MIDIを立案したデイブ・スミス氏の作ったフィルター/アンプがDSM01です。
デイブ・スミス氏によって築き上げられたこのサウンドは、日本ではYMOや小田和正氏などによって取り入れられ、現代のポピュラー音楽には欠かせないものとなりました。惜しくもスミス氏は2022年5月31日に他界されましたが、彼の発表した数少ないユーロラック規格のモジュールがこちらです。
一般的にVCF(Voltage Control Filter=電圧制御フィルター)は、高音域の倍音成分を減らしてゆくために利用されるモジュールです。電子楽器で提供される音はどうしても倍音成分が非常に多く、キンキンとしたやかましい音になりがちです。それに対して生の楽器音は、より柔らかい音といえます。

このフィルターによって、オシレーターの音から倍音を取り除き、より聴きやすい音に変化させることができます。また逆にフィルターを発振させて、耳をつんざくようなサウンドを作ることも可能です。

アンプ(VCA)/Doepfer A-132-1

音量を調節したり、電圧信号の量を調節するために使用するのがVCA(Voltage Controlled Amplifier=電圧制御アンプ)装置です。それぞれ1系統の信号レベルを2系統のCV(Control Voltage:制御電圧)でコントロール。CVだけでなく、もちろんオーディオ信号のレベルコントロールも外からの入力を使って制御します。

このA-132-1は、2つのVCAが内蔵しています。「A-132」というシリーズには後にいくつかの系列機があり、それぞれ規模や性能が違います。例えばA-132-8はVCAのペアで4チャンネル搭載されており、時間的に変化する音量や、タッチの速度で音の強さを変えるなど、高度な機能を備えています。

ローパス・ゲート(LPG)/MakeNoise Optomix

シンセサイザーの機能のなか、あまり聞きなれない機能がこのLPG(ローパス・ゲート)です。このローパス・ゲートこそが現代のモジュラー・シンセの醍醐味であり、多くのミュージシャンが魅了されたモジュールです。

オーディオ信号の周波数特性と音量を変化させるモジュールで、後で紹介するファンクション・ジェネレーターと対で利用します。

コントロール信号の電圧が高いと、オシレーターが奏でる周波数は可聴域の上限を超えてすべて通過します。コントロール信号の電圧が下がると、可聴帯域の周波数が下がり、加えて通過するオーディオ信号の音量も小さくなっていきます。そしてコントロール信号の電圧が0になると、オーディオ信号も止まり音が出なくなります。

少し説明が難しくなりましたが、要するにローパス・ゲートとは、音量の大きなアタック時には高調波成分を多くし、音が小さくなるにつれ高調波成分を少なくするというものです。つまり、弦楽器や打楽器などの周波数特性の音の時間変化を模倣することに適していて、とても自然な減衰音が得られます。テイラー・スウィフトのサウンドデザイナーであるアーロン・デスナーがこのOptomixマニアであり、彼の関わったアルバムの中でその独特なサウンドを聴くことができます。

エンベロープ(EG)/ G-StormElectro 2xADSR r1-1

実際のところ、ユーロラック・モジュールのなかではあまり使用されないもののひとつがエンベロープ・ジェネレーターです。おそらく、音が絶え間なく鳴り響く「ドローン」といわれる表現方法や、この後に紹介するローパス・ゲートとアタックとディケイだけで構成されているファンクション・ジェネレーターの組み合わせなどの「打楽器音的なボンゴ・サウンド」のほうが好まれるという理由があるのでしょう。

とはいえ、エンベロープ・ジェネレーターは通常のシンセサイザー・サウンドを演奏するためにはやはり必要なモジュールです。A・D・S・Rの4つのコントロール信号を、鍵盤やスイッチのトリガーを受けてフィルターやアンプに送ります。ちなみにA=アタックタイム、D=ディケイタイム、S=サスティンレベル、R=リリースタイムですが、こちらも最近では、かなり複雑に複数のレベルを設定し、そこに到達する時間まで細かく設定できるデジタル制御の製品もあります。

LFO and OSC /Synthesis Technology E350

LFOは、耳に聴こえない帯域を発信するオシレーターです。耳に聴こえるオシレーターの信号で入力し、この装置で変調をすると、音に揺らぎが起こりビブラートが生まれます。

また、フィルターやアンプに変調をかけるとそれぞれ音色や音量が揺らぎます。こちらで紹介するSynthesis Technology E350は、耳に聴こえない信号だけでなく、音源にも使用可能なデジタル・オシレーターです。

通常はサイン波形の揺らぐものが多いのですが、こちらは非常に複雑な波形を持っています。そのため、単純にゆらゆらするのだけではなく、揺らぎ方も大きくなったり小さくなったり、速度なども一定ではないユニークなものがプリセットされています。

アッテネーター/Doepfer A-183-1

モジュラー・シンセには、音を出すためのモジュールだけでなく、出された音を制御するためにたくさんのオプションが必要になってきます。ここで非常に地味なユーティリティー・モジュールの代表を紹介しておきましょう。地味な存在とはいえ、このアッテネーターがないと音作りがなかなかうまく行かず、出てくる音がぐちゃぐちゃになってしまうので、実は重要な位置を占めるモジュールのひとつです。

モジュラー・シンセサイザーは、信号や音量をそれぞれつないでいくだけだと、その量が100パーセントの状態で次のモジュールに流れてゆきます(簡単に言うと、オーディオアンプから100%のフル音量でヘッドホンやスピーカーに流してしまうようなものだと思ってください)。また、本体にあるボリュームを下げると全体の信号がまとめて小さくなってしまいます。
そこで、A-138-1は2つの信号または音量をそれぞれ分けて下げてくれます。たくさんモジュールが増えると、当然必要な数だけ準備する必要があります。これも巨大なものまで揃っていますのでステップアップを重ねて準備するといいでしょう。

ミキサー・スプリッター/MI Links

いわゆるオーディオ・ミキサー的な役割をはたすためのモジュールがこのミキサー・スプリッターです。複数のオシレーターをフィルターに通す際に、ミックスしたり最終の音声出力をまとめるために必要なミキサーです。

とはいえ、モジュラー・シンセサイザーの世界においては、ミキサー・スプリッターは音声だけをミックスするものではありません。なんと、電気信号もミックスできてしまうのです。

このMI Linksは3つの信号を1つにする、1つの信号を3つに分岐する、2つの信号をミックスと分岐させるための系統を持っています。こういったものも各メーカーから発売されていますので自分にあったものを見つけてください。例えば鍵盤の信号と、ビブラートを行う信号と効果音的なピッチベンドの信号を1つにするためには、このミキサー・スプリッターが必要になります。

電源とケース /Tiptop Audio Happy Ending Kit

Happy Ending Kit はモジュラー・シンセサイザーの最初の第一歩を踏み出すためにはとても理解しやすく、扱いやすいラック・ケースです。いくつかのモジュールがセッティング可能で、比較的ポピュラーな機種です。

多くの初心者はこのラックケースと電源からこのモジュラー・シンセサイザーの世界に飛びこみます。より大きなシステムになってゆくと、電源ユニットもどんどん大きなものになってゆきます。大きなシステムに移行して、必要がなくなるという人もいますので、メルカリなどフリマアプリで比較的手ごろな価格で入手するのがおすすめです。

【買う】メルカリで中古モジュラー・シンセの掘り出し物を探す方法

モジュラー・シンセの魅力にハマると、メルカリなどのフリマアプリを思わず毎日チェックするようになってしまう人も多いかと思います。名機とされるもの、ヴィンテージ品に素晴らしいものが多い世界でもあるからです。

ただ、、昨今の世界情勢の関係で部品や原材料の調達が困難になり、メーカーの生産数が減っていたり、円安傾向も相まって相場以上の高価格で取引されているものもあるようなので、注意して購入しましょう。

【売りたい】メルカリでモジュラー・シンセを売る場合に注意すること

もし、いつかは誰かに売ることを前提にモジュラー・シンセを購入するのであれば、日頃から丁寧に扱うこと、乱暴に扱ったりしない、たばこや水をこぼすといったダメージを与えないように注意したいところ。もちろん売る際にこういった事故や傷などがないことを記載しておくと、欲しい人も安心して購入できると思います。また写真は細部まで撮っておくと印象が良いでしょう。

モジュラー・シンセの「沼」へようこそ

30min Modular Synth Improvisation | Jan.06.2022

DaisukeYoshinO)))/30min Modular Synth Improvisation | Jan.06.2022

出典: YouTube

今回は、モジュラー・シンセサイザーの歴史において象徴となるようなモジュール類を10個だけ選んで紹介しました。

もちろん、市場で販売されているものはこれだけではありません。毎日のように新しいモジュールが発表され、発売されています。まだ、誰も聴いたことのない新しい音への探求心は無限です。

インターネット上には、モジュラー・シンセのコミュニティーが多数あります。facebook、Instagram、Line、Twitter、そしてYouTubeと、初心者から上級者まで多くの人が情報発信と収集を楽しんでいます。さまざまな記事を読んで、画像を眺めているだけでも楽しいですが、有益な情報を集め、自分の表現したいもののためにどんどん活用することをおすすめします。
制作協力:村スタジオ  井伊英理

香川光彦(かがわ・みつひこ)

音楽プロデューサー/ネット配信プランナー。『孤独のグルメ』『ハムラアキラ』『連続テレビ小説』他ドラマ・ドキュメンタリー。モーグ・ミュージックでテルミンをサポートしています。“2022年レコード・ストア・デイ”参加。最近のシティポップ・ブームによりビクターエンターテイメントからポップロックバンド「Shore Break」のサポートでアナログ・レコードが全世界で発売。“2014年ミュージシャンズハッカソン”にてGIZMODO賞受賞。Twitch、ツイキャス、facebook他で電子楽器音楽を不定期生配信中。 blog【https://kagawastudio.com/

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