天才時計師が生んだプロダクトー200年続く「ブレゲ針」の歴史を追うー

もしも今、腕時計を身に着けているのなら、文字盤をあらためて確認してみてほしい。ノーブランドの時計であっても、約200年前に生きた天才時計師アブラアン=ルイ・ブレゲ(1747-1823年)のDNAがしっかりと刻まれているかもしれないからだ。
 
思いがけず訪れた自粛生活の中で、誰もが多かれ少なかれ再考したはずの時間との向き合い方。モノのルーツを紐解くシリーズ「モノヒストリー」。第1回は個々の人生に親密に寄り添う、アナログ腕時計の歴史を探ってみたい。

天才時計師の誕生と軌跡

スイス・ニューシャテル生まれのルイ・ブレゲは、わずか11歳で父親を亡くし、母親の再婚相手が時計師だった縁から、14歳で時計造りの世界に入った。ヴェルサイユで研鑽を積み、1775年にパリのシテ島で時計店「ブレゲ」を創業。顧客に多くの王侯貴族を抱える。当時の携帯用時計は庶民には高嶺の花。腕時計はまだ存在せず、主流は懐中時計で、大ぶりなほど精度が高いとされていた。王妃マリー・アントワネットが生前、彼に複雑機構の粋を集めた最高の懐中時計「No.160」を注文したという逸話は、時計愛好家の間でつとに有名だ。
約250年の時を経て世界屈指の時計ブランドとなった「ブレゲ」だが、現在はヴァンドーム広場(※)に移転した本店内アーカイブには、今なお彼の端整な筆跡で綴られた顧客台帳が大切に保存されている。台帳の29ページ。そこに女性用ブレスレット型ジュエリーウオッチの注文記録が残る。日付は1810年6月8日。依頼主はナポレオンの3番目の妹、ナポリ王妃となったカロリーヌだ。「ブレゲ」が公式HPで世界初の腕時計と明言しているこの時計。残念ながら、現在所在は不明、スケッチも残されていないというが、同ブランドではわずかな情報を頼りに2002年からナポリ王妃の時計をイメージした「クイーン・オブ・ネイプルズ(Queen of Naples)」コレクションを発表し続けてきた。
 
(※)ルイ14世の栄光を讃えて敷設されたパリの広場。

2020年に発売された「クイーン・オブ・ネイプルズ」コレクション最新作「8918」。オーバルシェイプの文字盤には「ブレゲ針」と「ブレゲ数字」が大胆にあしらわれている

興味深いのは、今では男性の最たるファッションアイテムの一つともいえる男性用腕時計に先んじて、腕時計のルーツが女性用から派生していた、という点だ。紳士たる彼らの必需品は、チョッキの胸ポケットからもったいぶって出される懐中時計。当時の男性諸氏は腕時計に格別に関心を持っていなかったようだ。男性たちは、装飾性際立つ腕時計をあくまで女性が好む豪華な「動くアクセサリー」としか見なしていなかった。
 
ではなぜ、男性が腕時計を身に着けるようになったのか。
 
これは、女性用腕時計の装飾重視という理由とは裏腹に非常に現実的な背景に起因していた。産業革命以後、武器や戦術が近代化され、“1分1秒”が勝敗の鍵を握るようになった戦場で、作戦に応じて大勢の兵を動かすには、正確な時計が不可欠となった。ひとつの史実として、1880年、ドイツ皇帝ヴィルヘルム一世がスイス時計の名門「ジラール・ぺルゴ」(1791年創業)に2,000本の腕時計を発注したという記録が残っている。つまり男性たちは、懐中時計に比べより利便性の高い腕時計の必要性を感じ始めたわけだ。ただし、この時点では、戦場での利用を念頭に置いた堅牢さ最優先の仕様に過ぎなかった。

実際に兵士用にオーダーされた「ジラール・ペルゴー」初の量産腕時計。時計のフェイスを守るため格子状の金属製カバーをかぶせ、皮ベルトで腕に巻きつけた実用重視仕様

ルイ・カルティエの「サントス」

そんな中、男性用腕時計史上に一人の男が登場する。エッフェル塔がお目見えし、パリ万国博覧会(1900年)が開催され、新世紀の幕開けに沸いた20世紀初頭のパリ。世界中から多くの社交家が群がった花の都で、自ら設計・製作した飛行船ドゥモワゼル号でレースに臨む日々を送っていたのが、アルベルト・サントス=デュモン。ブラジルの大富豪の御曹司だ。パリ社交界きっての伊達男もまた、懐中時計に不満を覚え始めていた。「愛機の操縦時に、腕に巻き付けた時計で、素早く正確に時間を確認できないものか」。そんな彼の要望に応えたのが、老舗ジュエラー「カルティエ」(1847年創業)の3代目当主ルイ・カルティエだった。

審美眼鋭いルイ・カルティエは、1904年、機能性を兼ね備えながらもデザインの洗練度を高めた男性用腕時計「サントス」を開発。兵士用モデルとは一線を画すそのデザイン性の高さゆえ、「サントス」は日常生活においても紳士が身に纏うにふさわしい男性用腕時計として認知されるようになった。さらに1915年には、第一次世界大戦に赴くパイロット向けにブライトリング社が、ストップウオッチ機能を搭載した腕時計「クロノグラフ」を開発。空を飛ぶだけではなく、自動車でも陸を駆け巡るようになった男性たちの間には、平均時速などのドライビングデータも確認できる便利なアイテムとして、腕時計が普及していく。

1916年発売の「サントス」初期型モデル。初代「サントス」も一点ものだったためか、オリジナルは現存せず。ケースはスクエア(角型)タイプでレザーストラップ仕様。リューズにはカボションカット(丸い山形)のブルーサファイア

「定番スペック」となったブレゲ針

ここで前述したブレゲの「クイーン・オブ・ネイプルズ」コレクションを思い出してほしい。2020年に発表された最新作「8918」と1916年発売のカルティエ「サントス」初期型モデル。ふたつの時計には文字盤に明らかな共通点がある。ルイ・ブレゲが1783年に考案した「ブレゲ針」である。針の中心もしくは先端に、糸を通せそうな丸いリングが施されているのが特徴だ。この時代の針の多くは短く、太く、文字盤の読み取りも容易ではなかった。ブレゲによって美しいデザインで表現されたこの針は、またたく間に世間に広がっていく。
 
彼はアラビア数字に斜体をかけた独特の書体「ブレゲ数字」も生み出しているが、共に今や腕時計業界では定番スペックとして、様々なメーカーに採用されている。
デザイン性だけではない。科学や天文学の素養・知識もあったルイ・ブレゲは、“時計の進化を2世紀早めた男”とも評される。機械式時計の仕組みの約70%を発明したとも言われ、中でも腕時計にかかる重力負荷の最小限化を図ったメカニズム「トゥールビヨン」機構(1801)は、彼が時計業界に残した大きな遺産と言えるだろう。
 
腕時計における「美」と「実用」。「美」は女性用腕時計の出発点であり、「実用」は男性用腕時計の源泉であった。その双方の面で、類まれなる才能を発揮し、「時計界のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ばれた男。それがルイ・ブレゲだったのかもしれない。
 
「モノヒストリー」第1回は、「直径3センチ」の小宇宙と表現される神秘的なアイテム、腕時計を取り上げた。なお、女性用腕時計については、宝飾職人マリ=エティエンヌ・ニト(1780年「ショーメ」を創業)が1806年にナポレオンにより注文を受け、皇妃ジョセフィーヌのためにジュエリーウォッチを造らせたという史実も残る。また「セイコー」のクオーツ(水晶)腕時計「アストロン」(1969年)こそ、機械式時計の100倍の時間精度を実現し、時計史に新時代を切り拓いた一品と評価する向きもある。世界初の腕時計については懐中時計を兵士が腕に巻き付けた改造ヴァージョン、時計師による1点もの、もしくは量産品の範疇等、切り取る視点によって諸説存在することを最後に記しておきたい。
(執筆/岸上雅由子、イラスト/東海林巨樹、監修/織田一朗、編集/メルカリマガジン編集部)
  
(参考文献)
「時計の科学 人と時間の5000年の歴史」織田一朗 著
「腕時計のこだわり」 並木浩一 著
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メルカリマガジン編集部

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