彼の中古愛は、Wikipedia に記載されるほど知られ、バラエティ動画を自主的に制作してYouTubeで公開するほど。ハードオフで掘り当てたレコードをサンプリングして楽曲を制作する番組や、同じくハードオフで購入した楽器で楽曲を制作する番組を見てもらえば、心から楽しんでいることがわかるはず。そういった背景を持ちながら、現在は都内に個人スタジオを構えるほどになった彼に、機材やレコードとの出会いについて話を伺った。(執筆/高岡謙太郎、編集/メルカリマガジン編集部、撮影/菊池良助)
レジャーとしての中古店巡り
「学生の頃は、時間があってもお金がなかったので、楽器やレコードを見に行くことはヒマを潰せることとセットでした。一人で時間が潰せて、触ったことないものにも触れられて、お店に入って何周も回ってダラダラ見ることがレジャーとして成立していました。そして僕らミュージシャンの場合は見るだけでなく、買った機材を家に帰ってから打ち込むこともできるから重層的に楽しめていたんです。最近はお金も権力も多少できていろいろ買いやすくなりましたが(笑)、忙しくてなかなか回れていません」
2000年代中頃、オンラインでも機材を購入できるようになりつつあったが、やはり実際に商品に触れられることもあり、店舗で購入する方が楽しかったそうだ。
「昔はもっぱら現場(店)でしたね。当時、神戸のニュータウンに住んでいたので、三宮などの市街地に行かないと楽器は売っていない。小学校の頃から親に車でハードオフに連れていってもらっていて、中学になってCDがあることに気付いて、週末はお小遣いでCDを探していましたね。高校の頃は、免許を早く取ってハードオフに行きたいという気持ちが高ぶりました。神戸はそこまで車社会というわけではないのですが、車に乗って行きたいところと言ったら、やっぱりハードオフ(笑)。店舗まで電車で行きづらいので」
tofubeatsはいきなりデビューをしたわけではなく、学生時代から音楽に興味があり、リサイクルショップで小遣いをすべて費やすような生活が今につながっている。
「やはりバイトの給料で買えるような安い価格帯の機材が並んでいるから、高校生でも選択肢が増えることが大きいですね。それと、ぼくらはもうインターネットで調べて見つけることに慣れてる世代じゃないですか。そうではなくて、不確実性があって、見て回る欲も満たされる。中古機材を見るのはそういうことが楽しいんですよね。レコードやCDもそうですね」
中古盤からサンプリングして制作を
関東ではディスクユニオンやレコファンなどの中古レコードショップがチェーン展開するが、よく通っていたレコード店は神戸ならではの系列店だった。
「りずむぼっくすっていう神戸だけのチェーン店があるんです。広島や岡山にあるレコード屋のGroovinのようなローカルなレコード屋で。りずむぼっくすも神戸市近郊だけで5店舗ぐらいあって、僕は徒歩でどうにか全店を回っていました。あと今は1店舗しか残っていませんが、ビデオランドミッキーっていう店は中古のCDをとにかく安く売っていて(笑)。
中学が電車通学だったので、三宮のセンター街にあった店に帰宅途中に毎日行ってました。神戸にもセレクトされたレコードショップのジェットセットレコードもありましたが、中学生には少々高かった。自分の小遣いが月に3000円だったので、100円の盤なら30枚も買えるけれど、1000円の盤を買ったらもう無理(笑)。当時はインターネットで色々聴けるようになってきたけれど、フィジカルはまた別でしたね。mp3などの音源が共有できた、ファイル共有ソフトのWinnyやNapsterが全盛期だったり、WINAMPを使って個人が配信をするネットラジオを聴いたり、無料で音楽を聴く方法が増えていました。でも、やっぱり中古屋には通い続けましたね」
当時は、既存の曲を他の曲と掛け合わせて、ひとつの曲にする手法「マッシュアップ」が人気を博していた時期。ポップスとクラブ・ミュージックを掛け合わせた曲をtofubeatsも制作して、注目を浴びるきっかけのひとつになった。
「2006年頃はレアグルーヴとかが流行っていたのに、レンタル落ちになったSoulheadのシングルとか絶妙なラインナップの安い盤を買ってました。やはりCDは、ジャケットがある"もの感"が良いんですが、ヴォーカルのないインストが収録されていることも重要でしたね。その頃は、元の曲にインストの逆相を当てることで、アカペラの音源を自分で作っていました。アカペラを使ってマッシュアップを作っていたので、Jポップのシングルをたくさん買っていました」
音楽への探究心は人一倍あるが、それはコレクションのためではなく、自身の活動のために矛先が向けられている。
「基本的に僕はコレクター気質がなくて。CDは音源データが取れればいいんです。だから機材もそこまで収集癖はないですね。音が出ればいいみたいな感覚です。レコードとCDと機材を買っていていたら、趣味から仕事に格上げになっちゃったんで、他に集めているものがないのも悩みといえば悩みですね。あとは、神戸に居た頃は毎日暇だったんで本をめちゃ読んでいましたが、読み終えたら売るかあげるかして、極力手放すようにしてます」
陳列棚から感じ取る人間味
店巡りはなによりヒマが潰せるのが大きかったが、中古ならではストーリー性も楽しんでいた。地域密着型のリサイクルショップは、地元の住民が売ったものが店頭に並ぶ。地域で循環するというローカリティに面白みを感じていたという。
「中古で買った機材に、以前の所有者が作った曲のデータが残っていて面白かったですね。しかもその曲が結構良くて(笑)。最初、デモソングだと思っていたら、途中から歌が入ってきて『前の持ち主の曲だ!』って気付いて。あと、変なパターンが試しに打ち込んだままだったり。使うんで消しますけど(笑)。知ってるクルーのシールが貼ってある機材が店に並んでいたりとか。買わないですけど(笑)。そういう温もりは中古にあるかもしれませんね」
さらに様々な地域のハードオフに通ううち、店舗によっての違いがわかるほどのめりこんでいた体験談も聞かせてくれた。
「秋葉原や吉祥寺にあるハードオフは、品揃えがきちんとしていて良い機材が置いてあって、普通の楽器屋と変わらない。都心の店舗は面白くないというか、実家のような安心感がないんですよね……。だけど、田舎のハードオフは違うんです。一時期、ハードオフ・ファンの間で話題だったのが、香川県の外れにある店舗。木の板に回路を貼り付けたゲルマニウムラジオみたいな自由研究の工作が1000円で売っていたことで話題になっていて、俺も車で見に行きました(笑)」
もともと神戸在住だったので、四国のさまざまな店舗にも車で通い、その街ならではの空気感も楽しんでいたという。
「あと、徳島や高松も品揃えが面白かったですね。地元でDJを辞めたと思われる方のレコードの大量入荷があったり、SP盤が100枚ぐらい入荷したり、なんか人生が透けてみえるというか。普通のレコード屋では、正規の中古市場の価値がついて、ジャンル分けされた棚に並ぶので、所有者の人柄のようなものが見えなくなりますよね。だけど、ハードオフならではの雑然と並ぶところに魅力を感じます。あと街の人口が少ないほど、在庫の動きがゆっくりなので元の所有者の人柄が明るみに出やすい。東京はサイクルが早いから薄まって見えないのはあるかもしれないですね。自分がハードオフなどにを求めてる面白さがそこにあるなと」
思い入れのある機材を3つ紹介
店から買うだけではなく、他人から譲り受けるものも多い。機材にまつわるエピソードもtofubeatsならでは。
mixiで知り合った造園屋から貰った「KORGのMS-20」
「電子音を鳴らすための機材のアナログのシンセサイザー、KORGのMS-20の初期型です。30年前の製品で自分より年上(笑)。大学時代にmixiで知り合った造園屋さんから貰ったんです。『ウチに来て機材をつないでくれないか』というメールが最初に来て。そこから、通っていた大学の近所にある関西では有名な造園屋さんの家で、楽器のセッティングのバイトを面白いからしていたんです。半分ぐらい茶飲み話でしたが。植木屋さんが結婚を期に、嫁から機材を処分しろと言われたそうで、MS-20を貰いました。貰ってからはけっこう使っていて、良いシンセですね。最近はソフトシンセのプラグインを使えば似た音が出るようになって実機を使わなくなりましたが、手元に置いておきたい機材です」
先輩から譲り受けた「テクニクスのターンテーブル」
「レコードを再生するためのDJ向けの機材、テクニクスのターンテーブル。ぜんぜん壊れないから販売元のテクニクスが販売終了(現在はモデルを変えて復活)したという噂もあるほどで、これは一生動きますよ(笑)。2台とも貰い物で、ひとつが神戸のふーみんさんという先輩から貰ったもの。もうひとつはデザイナーのグラファーズロックのタミオさんから貰ったものなんですよ。結婚した際、奥さんもDJ機材を持っていたので、ターンテーブルが4台になってしまうという理由で貰いました。スリップマットも付いていてめっちゃ気に入ってます。自分はDJをする際、CDJは使わずにパソコンとコントロールバイナルでプレイしているので丁度いいです」
高校時代のメイン機材「MPC1000」
「音をサンプリングして組み合わせて作曲するオールインワンのサンプラー、MPC1000の後期型です。高校の3年間、メインの機材にしていて、この機材からちゃんと曲を作るようになったんです。赤と青の配色の前期型を高校の頃に持っていて、壊れたので買い直しました。これ一台だけで作った音源をまとめたもので結構な金額を売り上げて、それでパソコンを買ったんですよ。今でも昔のデータを読み出すこともできます」
MPC1000に電源を入れるとLEDが点灯し、手慣れた手付きで操作すると、10年前の楽曲が再生された。荒削りなサンプリングによって勢いを感じるフレッシュなクラブトラックが鳴り響き、当時の空気感がそのまま残っていた。
「自分にとってクラブミュージックは、ショボい音を工夫して人々を感動させるところが好きなんです。また、曲がループしている時間が続いてから、ちょっと変わっただけで大きい変化に感じたり。家でひとりでコツコツ作った曲がクラブで大勢を喜ばせるという、落差も面白いですね」
機材が与える制作への影響
機材はコレクションというよりも、実際に使うために購入しているものが大半だという。その中で、意識的に機材を入れ替えることによって作家性を広げているそうだ。
「自分は機材にめちゃくちゃこだわりがあるわけではないんです。好きなものはずっと使うタイプで。ただ、メジャーデビューしてからは楽器の編成を変えるようにしていて。ひとつアルバムを作り終わったら、次のアルバムでは機材を一個は入れ替えています。なので、時期によって機材は変わっていますね。例えば、デスクトップの画面を入れ替えるだけでも気分が変わるのが大きいように、同じ景色ではなく違う景色で制作したい。同じ作業するにしても雰囲気が変わることが自分にとって大事かな。それと、”この機材がないとtofubeatsにならない”ように、機材に頼りすぎないようにしています」
機材に縛られすぎてしまうと活動も狭まってしまう。機材がアイデンティティにはならないようにする。あくまで、自分の耳の感覚を信じるためににハードウェアを使うのだ。
「基本的に多機能すぎない機材を使うことが多いですね。機能をいくつも追加できてしまうソフトウェアよりも、ハードウェアは出来ることが狭まって、操作していて迷わなくなるのがいい。それと例えば、耳で聴くとかっこいいのに、パソコンの画面で見ていて音量などの差がありすぎると、不安になって手を加えてしまうんです。そういう不安を取り除いて、視覚を外すためにハードを使うのもあります。自分の耳の感覚だけでチェックできるんです」
2019年には個人スタジオが完成
若者が手にとりやすい中古品からキャリアを積み上げて、現在は個人スタジオを構えるまでに成長したtofubeats。スタジオ内の機材を見せてもらった。
「お気に入りは、シンセのプロフェット。『Fantasy Club』というアルバムは、本当にこのシンセの音にインスピレーションを受けて作ったと言ってもいいぐらい。ただ、昔はMPC1000一台で作っていたのに、最近は掛けたお金に対して良い曲ができているかは、悩ましいですね。でも、そこが面白さだと思うんですよね。とは言っても、これは今ではないとできないことなので。30歳まで活動して、ようやく音を出してもいい部屋ができたから活用したいですね」
今後のリリースは、お台場にできた『うんこミュージアム TOKYO』の公式テーマソングが予定されている。そのB面は、今年の春に出たシングル「Keep on Lovin' You」を西アフリカにあるコートジボワールのラッパーDEFTYがカバーした楽曲が収録される。なぜか自主的にカバーをネットで公開していたそうで、直接連絡を取ったという。さまざまな逸話の多いtofubeats。どうやら彼の活動は、機材や音源の巡り合わせ含めて不思議な縁に囲まれて成り立ってるようだ。
tofubeats(とーふびーつ)
1990年生まれ神戸出身。中学時代から音楽活動を開始し、高校3年生の時に国内最大のテクノイベントWIREに史上最年少で出演する。
その後、「水星 feat.オノマトペ大臣」がiTunes Storeシングル総合チャートで1位を獲得。
メジャーデビュー以降は、森高千里、の子(神聖かまってちゃん)、藤井隆ら人気アーティストと数々 のコラボをおこない注目を集め、3枚のアルバムをリリース。 2018年は、テレビ東京系ドラマ「電影少女-VIDEO GIRL AI 2018-」や映画『寝ても覚めても』の主 題歌・劇伴を担当するなど活躍の場を広げ、10月には4thアルバム「RUN」を発売。
2019年はデジタルシングル第1弾として1月に竹内まりや「PLASTIC LOVE」のカバー、5月にはデジタルシングル第2弾として「Keep on Lovin' You」をリリース。