ハンドメイド2020.02.02

YouTuber圧倒的不審者の極み!がハマる“素材“の沼

包丁といえば鉄でできているが、硬くてしなやかであれば鉄でなくてもいい。ゼリー、豆腐、牛乳、発泡スチロール、海藻、パンツ、Amazonのダンボール…、YouTuberの圧倒的不審者の極みさん(以下、極みさん)は、刃物の材料として常人では思いつかない素材を乾かしたり、粉にしたり、混ぜたり、熱したりして硬い物体に変え、それを研いで包丁にしている。そんな彼のYouTube動画は、モノはすべて“素材”でできていることに気づかせてくれるのだ。

「素材って本当に面白いんですよ。僕は包丁を通して、その世界に興味を持ってもらえたらと思って動画を作っています」

極みさんはいかにして「素材の沼」にハマっていったのか。285万人を超えるチャンネル登録者を惹きつける、奥深くもぶっ飛んだ素材愛を聞いた。
(編集/メルカリマガジン、撮影/飯田協平)

素材への愛がないと続けられない

ゼリーは包丁になりますか?

出典: YouTube

YouTubeで顔出ししていない極みさん。大阪の待ち合わせ場所に行くと、差し入れのお茶のペットボトルを持った爽やかな青年が現れた。

「普段はサラリーマンをしています。仕事以外は毎日ずっと包丁作りです。撮影も編集もひとりでやって、ギリギリ1か月に1本というペースで動画を更新しています」

どの材料を包丁にするのか、それをどう加工するのか、これらもすべて独学だという。

「インターネットにも載っていない、前例のないことをやっているので、いつも手探りです。まず包丁本体を作る前に、必ず10円玉くらいの大きさのサンプルを何個も何個も作ります。それで刃物になりうる素材なのかをまず調べるんです」

サンプルごとに素材の濃度、混ぜる時間、煮詰める時間などを変えてみて、刃物として最適なバランスを見つけ出す。このサンプル作りだけで1週間以上を費やすそうだ。

「包丁作りは、素材の特徴を生かすことが重要です。素材の性質とあまり喧嘩しないこと。そのためにサンプリングは必要なんです」

▲炭素繊維を何枚も積層させて作った包丁。切刃の部分が層になっている

しかしサンプリングがうまくいったとしても、本番で包丁ができるかどうかはまた別の話になる。

「包丁として研ぐ前の“原型”は、10円玉サイズのサンプルよりも大きいし、厚みもあるので、気泡が入ってしまうとか、中身が乾かないとか、サンプルのときに起きなかったトラブルが起きてしまうんです」

さらに包丁のデザインも重要だ。極みさんいわく「YouTubeの再生数は見た目の影響が大きい」らしい。

「だから包丁のデザインやサムネイルはこだわってます。切れ味や使い勝手といった包丁としての機能は視聴者が体感できないので、コメント欄でも見た目のことについて書かれることが多いんです。とはいえチャンネルを成長させるには、見た目に見合った内容にしないといけません。見た目だけの釣りっぽいサムネイルやタイトルは一時的なアクセスが増えても、長期的にチャンネル登録者は増えにくいのでお勧めしません」

▲牛乳からカゼインを抽出して作られた包丁。柄の部分が牛の頭になっている

こういった過程を経て、極みさんは毎月新作包丁を作成し、動画内で発表している。「基本的に誰でもできることだと思ってやってます。どこまでイライラせずに辛抱強くできるかだけなんです」と言うが、なかなかできることではない。その”カメラに映っていない”作業工程もなかなかハードだ。

「動画ではあまり伝わってないかもしれませんが、包丁作りをしているキッチンは、毎回本当に汚くなります。悪臭も漂って、掃除がめちゃくちゃ大変なんです。とにかく劣悪な環境です」

さらに包丁に使った素材の後始末も大変だ。

「豆腐で包丁を作ったときはずーっと豆腐を食べてましたし、オレンジの皮からリモネンを抽出して発泡スチロール包丁を作ったときは、ずーっとオレンジばっかり食べる生活が続きました。その素材を好きにならないとできないですね。もう自分をマインドコントロールして、好きになるしかないんです」

貧乏だったから、素材をよく見て買うしかなかった

それにしても極みさんは、なぜいろんな素材で包丁を作り続けているのだろうか?

「僕は生物資源から取れるバイオプラスチックとか、新しい素材に興味があるんです。今、普通にプラスチックでできているものは、近い将来、ほとんどがそれに切り替わっていくと思います。この分野に関して日本はあまり関心が高くないので、もっとみんなに関心を持ってもらえたらいいなと…」

しかし、バイオプラスチックをそのまま紹介してもきっと誰も見てくれない。

「そこで包丁というわかりやすい形にすることで、素材の面白さを皆さんに見てもらいたいんです。僕の中で包丁とはあくまで目を引くキャッチであって、本質はそこじゃないんです」

そう言うと極みさんは、小さな白い包丁を見せてくれた。

「これは100%セルロースナノファイバーなんですけど、もともとは紙なんですよ。紙を2週間擦り続けて、ナノサイズにしたものなんです。非常に強度があって、これがカーボンの次になると言われています。その辺の紙くずとかココナッツの外皮とか、普段捨てているものからできるので低コストなんですよ」

1万回以上も紙を混ぜ続けていたら、紙のミニチュア包丁になりました

出典: YouTube

この動画の冒頭に登場する掃除機は、筐体がセルロースナノファイバー+樹脂でできている。

「別に掃除機が欲しかったわけじゃないんですけど、素材が面白くて買ってしまいました。塊としてのセルロースナノファイバーでできた製品を見たのは、これが初めてだったので。買い物に行っても目新しい素材を見つけたら、つい触ったり、叩いたりしてしまいますね」

そんな素材オタクである彼が、その世界に興味を持ったのは小学校の頃だ。

「うちは貧乏だったので、僕のランドセルは5000円もしない激安品で速攻でぶっ壊れてたんですよ。それで素材の違いにすごく興味を持ったんです。僕は買い物をするときに、安くていいものを買わなきゃいけない。だから品質の本質を見極めないといけなかったんです」

こうしてモノを素材で見る目が自然と培われていった。

「プラスチックを見ることは結構ハマりましたね。触った感じで『あ、これ割れるやつだ』とか、電気屋さんや家具屋さんを覗いては『こんな構造にしたらすぐ壊れるのに』とか思ったり」

▲左から人工卵、真珠貝、紙、ドリルの刃を材料にして作られたミニチュア包丁。下敷きになっているのは、豆腐から作られた包丁

やがて素材少年は大人になってYouTubeと出会い、こんなことを耳にする。

「『YouTubeは子どもしかいない』『1再生で0.1円もらえる』って聞いたんです。それで、『子どもしかいないのは本当なのかな?』『その金額はちょっと多すぎないかな?』って思ったんですね。でもやってみないとわからないから、とりあえずやってみようと…」

時は2016年10月。会社勤めをしながらベンチャーもやっていたが、ちょうど軌道に乗ってきた頃だった。そこで3つ目の仕事としてYouTubeに専念してみることにした。

「まずは子ども向けの動画を作りました。”中二心”をくすぐるような不気味キャラが、100均のものを使って特殊警棒やモーニングスターといった武器を作る内容です。すると、アナリティクスというYouTubeの動画視聴データによって、『YouTubeは子どもしかいない』というわけではなく、大人の視聴者も多いことがわかりました」

チャンネル登録者数は2万人ほどになり、再生単価もなんとなく把握できた。そして「再生数を稼ぐのは難しいな」と思った極みさんは、一旦投稿をやめた。

「それで半年くらい放置したんですけど、久しぶりにアナリティクスを見てみたら、興味深い発見があったんです。子ども向けに作った武器動画のほとんどはまったく見られてなかったんですけど、なぜか刃物系の武器動画だけはずっと見られ続けていたんです」

刃物とYouTubeの親和性

刃物系の動画は長期的に見られる。その理由を極みさんはこう分析する。

「おそらく刃物っていうのは、いろんなジャンルの人たちからの興味が集中しているものなんです。コンバット系の人や料理系の人、ゲーマーや小学生だって『モンハンでこんなのがあった』『かっこいい』と関心を持ちやすいんじゃないかと…」

確かに刃物は、人類が最初期に手にした道具のひとつだ。人類普遍の興味を引いて当然と言えるだろう。

▲男性用の下着を熱して作ったパンツ下着。天然繊維と化学繊維の特徴を利用

そこで自分のチャンネルを刃物に絞ることにしたという。折しも当時、海外YouTuberの間では、錆びた包丁を研ぐ動画が流行っていた。独学ではあるが、極みさんも包丁研ぎは小学校の頃からやっている。

「包丁研ぎを始めたのは、小学校1年か2年の頃ですね。母が、唯一僕に教えてくれたのが包丁研ぎだったんです。それで僕も錆び包丁研ぎに挑戦して、18時間かけて研いだ動画を投稿してみたんです」

骨董品店で買った錆包丁を18時間手作業で研いだ結果

出典: YouTube

結果、その動画は現在2800万回以上も再生されている。

「でも、他の包丁系YouTuberを覗いてみると、一度、数百万再生行ったとしても、研ぐ動画だけでは、回を重ねるごとに再生数が沈下していたんです。そこで『面白い素材で刃物を作ったほうがいいのかな?』と、まずは鰹節でナイフを作ることにしてみたんです」

極みさんが、もともと強く興味を抱いていた素材の世界。そのエッセンスを加えて、現在の動画のコンセプト「異素材×包丁」にたどり着いたというわけだ。動画の構成も、包丁を作る過程の説明を言葉ではなく、基本的にすべて画でするようにした。そのため世界的に注目されるようになった。

「コメント欄に英語で『キッチン加冶屋』って結構書かれて、『キッチンの中でなんでこいつは工具を使っているんだ?』とか、『キッチンで得体の知れない包丁を作ってる日本のイカれたやつがいる』って面白がられたみたいです」

新作動画を出して1か月以内の視聴者の内訳は、日本人が7割、外国人が3割ほどだが、これが半年くらいの長期スパンになると、日本人が2割、外国人が8割に逆転するそうだ。

「でも自分の技術なんて、職人さんからしたら全然たいしたことないんですよ。ただ、あまりに専門的だと人は見てくれないし、かといってライトなバラエティ路線ではコンテンツとして物足りなくなる。その間を出している人がYouTubeにあまりいなかった。そこを攻めたのが自分だと思っています」

“誰もやってない”の前に、まずは“みんながやっている”ことを

今や285万人を超えるまでに成長したチャンネル登録者数。もはや彼が住む大阪市の人口よりも多い。それと同時に極みさんは「投稿者としての責任も感じるようになった」という。彼の元には、全国の子どもたちから相談のメールが多数寄せられて来ているのだ。

「『将来YouTube一本でやりたいと思ってるけど、どういう動画を出していけばいい?』といった相談が来るんです。僕はそれに対し、いつも『社会に出てください。あなたの社会での経験がすべてを解決してくれますよ』と答えています」

▲オレンジの皮から抽出したリモネンで、発泡スチロールを溶かして作った包丁

そんなときにいつも引き合いに出すのは、コンビニのたとえ話だ。

「もともとコンビニはオリジナル商品を売ってなくて、既存の人気ブランドを売っていました。動画もそれと同じで、まずはみんなが好きなコンテンツを出せってことなんです。で、信用を勝ち取ってから、自分の好きな利率の高いオリジナル商品を出す。あなたもいきなり無名のオリジナル商品を買ったりしませんよね?」

そしてこう続ける。

「こういったことは、すべて社会に出て得られる経験が教えてくれるんですよ。僕も一応、まだ誰もやっていない”オリジナル”をやりたいっていうのが根本にあるんですが、錆び包丁を研いだことによって、まずは流行やニーズに答えることが大事だと身をもって痛感しました」

この回答は定型文として作ってあり、いつも返信メールにコピペして悩める子どもたちに返しているそうだ。「本当に同じ質問ばっかり来るので…」と苦笑い。だが、そんな子どもたちの憧れのYouTuberにも悩みはあるという。

「刃物ではない動画を連発すると、再生数が下がるんです。『あなたはもう刃物を作らないんですか?』みたいなメールが殺到したり、登録者数もガクッと減ってしまったり…。やっぱり僕は刃物を求められているんです」

まるでライブで定番曲をやるか、それとも従来とは違う新曲を推すかで苦悩するミュージシャンのようだ。

▲元が豆腐とは思えない鋭利さを持つ、豆腐包丁

「いつか変わるといいんですけどね。そうすると動画の幅が広がって、もっと面白くなる。例えば、僕はこの豆腐の素材で、本当は自転車のパーツを作ろうと思ったんですよ。それで実際に乗ってみたら面白いですよね。でも僕は1回でも視聴者の求めているものを外してしまったら致命的なんです。すぐに作れるものを作っていないので…」

自由に動画を作らせてもらえる立場に、まだ自分はたどり着いていない。そのためには、しばらく刃物を作り続けてファンを増やしてくしかない。謙虚に極みさんはそう語る。

「見たことないものを、動画を通して見てもらってシェアしてもらうというのが、僕の理想なんです。実際に少しずつ叶えられてきていて、大学の論文に僕の動画が使われたこともありますし、毎回動画を投稿すると本当にいろんな国のニュースサイトから『動画を紹介させてくれ』という問い合わせがたくさん来ます」

とある大学からは「ケラチンのプラスチックを世の中に広めてほしい」、またタイの企業からは「食べられるお皿を作りたいから、配合を教えてほしい」という依頼も来ているそうだ。極みさんが見せる素材の世界は、地球規模で面白い広がり方をしている。

▲動画にたびたび登場する、砥石を濡らすための牛の水差し。100均のCan Doで購入

最後に今、欲しいモノを聞いてみた。

「手に入らないモノでもいいなら、人工ダイヤモンドですね。それで包丁を作ってみたい。ちょっと動画を見たんですけど、こんな豆粒みたいなダイヤでもものすごく大きな設備で作っていたので、その大きさの人工ダイヤを作るのは技術的に難しいかもしれません」

「これができたら僕はYouTubeやめます」と笑う極みさん。

「それに多分、研ぐだけで2年か3年以上はかかると思います。とにかくまずは勉強からですね。科学が進歩すればひょっとしたら可能かもしれません、僕が死ぬ前に」

読者の皆さんがこの記事を読んでいる今この時も、彼はきっと包丁を作っている。撮影もひとり、編集もひとり。インターネットの向こう側で待っている世界中の人たちのために、まだ誰も試したことがない素材で包丁を作り続けている。

圧倒的不審者の極み!(あっとうてきふしんしゃのきわみ!)

会社員として働きながら、様々な素材から包丁を作るYouTuber。動画のコメントに「圧倒的不審者」と書かれて笑ってしまった極みさんは、もともと名乗っていた「極み」にこれを付け加える形でこの名前に。チャンネル登録者数は285万人超。しかし親戚ひとりを除いて、まだ誰にも気づかれていない。いつも撮影を行っている場所は、物置代わりになっていた賃貸マンション。解約を考えていたが、そこの掃除のおじさんの手を一切抜かない働きざまに感動した極みさんは「僕も人間的にそうなりたいなって思いました。もしおじさんがいなかったら、そのマンションも解約して、あのキッチンもなかったわけですし、僕は多分YouTubeやってなかったかもしれないです」と語る。

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WRITTEN BY

木下拓海

(きのした・たくみ) わけがわからないうちにたどり着いた職業が、編集・ライター。守備範囲は子育てから防衛技術まで。好きなものはハリネズミ。お腹を撫でられて伸びきっている姿を見ると悶え死にそうになる。

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