インテリア、こだわっていますか? いつかは気合を入れて自分だけの居心地の良い空間を作りたいと思いつつ、なかなか手を出せずにいる人も多いのでは。
本日紹介するのは、椅子が好きすぎてこれまでに70脚以上買ってしまったという古久保拓也さん。中古購入+リノベーションを手がけるリノベる株式会社でインテリア部門を立ち上げ、インテリア提案を行う古久保さんが、プライベートで椅子にかけた総額は数百万円にのぼるといいます。
「ただ座るだけのもの」ではない「椅子」の世界について、インタビューしました。
(執筆/高根千聖、編集/メルカリマガジン編集部、撮影/原田和英)
古久保 拓也
グラフィックデザイナーを経て渡英。アートディレクターとして企画制作を行う傍らアンティークのバイヤーのキャリアスタート。帰国後、リノベる入社。2018年「インテリアからはじまる住まいづくり」をテーマにインテリア事業を立ち上げる。
家具好きが高じて、平日デザイナー、休日には家具販売の手伝いに
メルカリマガジン編集部
家具や椅子を好きになったきっかけを聞かせていただけないでしょうか。
古久保
子供のころ、スタンド・バイ・ミーのツリーハウスを見て秘密基地に憧れたことが原体験として残っています。さらに、ロンドンで働いていたときに、上司に連れられアンティーク家具のマーケット(市場)へ通うようになり、のめり込んでいきました。
メルカリマガジン編集部
ロンドンに移住して初めて買った家具は覚えていますか?
古久保
ハイチェアでした。当時10ポンドくらいで買ったのを覚えています。
いわゆる「インダストリアル」と呼ばれるジャンルの家具です。インダストリアルとは、工場で使われていた備品を家具に流用したもの。今でこそ、備品の製造メーカーやブランド、デザイナーが判明してきましたが、僕がロンドンにいた頃はどこの誰が作ったものかわかりませんでした。当然、適正額がいくらかもわからない。でもデザインは格好いい。感覚だけで値付けする世界に魅了されました。
メルカリマガジン編集部
マーケットに顔を出すところから、どうハマっていったのか気になります。
古久保
インダストリアル界で知る人ぞ知るバイヤーと知り合ったことが転機となりました。彼は日本の有名アンティークショップの社長やバイヤーも直接買い付けにくるほどの人物。とはいえ、当時のインテリア業界はミッドセンチュリーデザインの人気も根強く、北欧デザインの人気に火が付き始めたタイミングで、ブランド志向まっさかりの時代。彼は「そんなゴミ集めて……」といわれながらも、インダストリアルの家具をリペアして売り続けていました。
メルカリマガジン編集部
どのように出会われたんですか
古久保
偶然だったんです。いつものようにマーケットを訪れた際、いい感じの家具を取り扱っている店を発見しました。そこで家具を売っていたのが彼です。僕は当時、そんなに有名な人だと知らなかった。でも、気になってしまって店舗を構えていないか聞いたんです。
彼は「店舗は持ってないが、作業場ならある」と。「行ってみたい」と頼んだ結果、彼の作業場に連れていってもらえました。そこで見たのは、廃教会を再利用した作業場に積み上がるインダストリアルの家具たち。興味ない人から見ればガラクタでしょうが、僕にとっては宝の山でした。
メルカリマガジン編集部
廃教会の作業場。映画みたいですね!
古久保
マーケットに通ううちに何度か顔を合わせていたため、段々と仲良くなっていきました。彼の作業場から僕の家は徒歩圏内。作業場にも時々顔を出すうちに「磨く仕事あるからやってみる?」と誘われて、面白そうだと思い快諾しました。磨いては給与をもらって、その給与で自分の磨いた家具を買う生活を続けていました。
メルカリマガジン編集部
買う買わないの基準は?
古久保
マーケットに顔を出して家具を見続けていると、だんだんと希少なものがわかってくるんです。レアなものが出てたら、つい見過ごせなくなって……。
メルカリマガジン編集部
そうして家具が増えていったわけですね。
古久保
そうですね。広くない部屋に椅子が増える一方だったので、椅子の上に椅子を重ねていました。部屋というより、もはや倉庫のような状態だったと思います。
メルカリマガジン編集部
そこまで荷物が多いと日本に戻ってくるときは大変だったでしょう。
古久保
日本に帰ってきたのは、とあるアパレル系の会社に転職したとき。インテリアの仕入れを任されていたので、買い付けをしながらの帰路でした。その買い付けた家具の荷物に僕の私物を紛れさせておくとで、無事に持ってこれました(笑)。
いま一番のお気に入りは「座れない椅子」
メルカリマガジン編集部
では、古久保さんの最近のお気に入りを教えてください。
古久保
イタリアを代表するデザイナー「カスティリオーニ兄弟」がレディーメードの活動の時代につくったZANOTTA(ザノッタ)というブランドの「SELLA(セラ)」です。世の中で一番座りにくい椅子だと思います。買ったときは妻にめちゃくちゃ怒られました。
メルカリマガジン編集部
これはなかなかエッジの効いた……。座ってます?
古久保
今はオブジェとしてただ立ってます。でも、息子をあやすときには役に立っていたんですよ。息子は座ると泣く子だったので、立ちながらあやす必要がありました。とはいえ、ずっと立っていると疲れます。そんなとき腰掛けるのに丁度いい。ただ、三分も座っているとお尻が痛くなるので、それ以上は座れません……(笑)。
メルカリマガジン編集部
気軽に購入できるような値段ではありませんが、どこに惹かれたのでしょう?
古久保
アート性ですね。見るからに座り心地は悪そうですが、デザインに惹かれます。
セラはデザイン重視なので特例ですが、椅子は、アートと機能が融合したプロダクトだと考えています。座り心地だけを考えるなら、ただウレタンを敷けばいい。でも、素材に頼らず、設計を工夫することで座り心地を追求した椅子もあります。
アートと機能美のバランスが絶妙で、それが椅子の面白さだと考えています。
メルカリマガジン編集部
他に好きな家具はありますか?
古久保
このイームズのチェアです。この椅子は、15年かけて3脚の椅子を集め、それぞれのビキニ(※)・ボディ・脚のパーツを組み合わせて作りました。ポイントは、回転式のドゥエルレッグベース(※)です。無垢材を使用しているのですが、無垢は鉄と合わせると壊れやすいため、状態の良いものは希少なんです。
(※)ドゥエルレッグ……複数の素材を美しく組み合わせたイームズの手法の一つ。
メルカリマガジン編集部
レザーもいい色ですね。
古久保
実は、ビキニに使われているレザーはビニールレザーです。このビニールレザーは「ナウガハイド(「ナウガ地方の皮」の意味)」と呼ばれています。動物保護団体などの運動により毛皮に対して否定的な風潮が出たとき、イームズは「ナウガハイド」を使っていることを知らせるため、「ナウガ」と呼ばれる架空の生き物を作り出したんです。ナウガはぬいぐるみもあるんですよ。
メルカリマガジン編集部
ビニールレザーでもこんなに味が出るんですね。
古久保
座り心地だけではなく、目でも楽しめるのが椅子の良いところです。倉庫にしまっている椅子たちも、ときどき倉庫から出してきて眺め、角度を変えてまた眺める。部屋の真ん中ではなくすみっこに置いて眺めてはときどき撫でてみる。そしてまた倉庫に戻す。夜中にやると音が響くようで、妻には「なんでこんな時間にやるの?」と怒られています。
家具の魅力
メルカリマガジン編集部
インテリアへの愛が深いです。
古久保
インテリアは、人間ならではのものだと考えています。動物も巣作りはします。しかし、ご飯を食べるための道具や家具は置いていません。人間だって、床に座って手掴みでものを食べることはできます。
家具は、贅沢品といえば贅沢品なのでしょう。しかし、ただ生きるのではなく、生活を送るにあたって好きなものと一緒に暮らしたい。それは、人間らしい欲求なのだと思います。
メルカリマガジン編集部
なるほど。どんなものがお気に入りですか?
古久保
デザイナーの手がけたプロダクトも魅力的ですが、僕は「名の無きもの」に惹かれます。どこの誰が作ったかわからない、傍から見れば不必要と思われるものも集めてしまいます。
一時期は「箱」の収集にはまってたんですよ。僕のいたイギリスは紅茶の国。ですから、輸出入のために鉄でできた紅茶を入れるための箱が豊富に出回っていました。同じデザインに見える箱でも刻印してある番号が違うなど、個体差が大きい点が魅力です。
マーケットでは何百個という単位で売られており、つい大量買いしてしまうアイテムですね。何かを入れるために箱を買うのではなく、もはや箱を買ってから入れるものを考えています。
メルカリマガジン編集部
箱から戻りまして、インダストリアルの魅力とは?
古久保
きっと、プロダクトの持つストーリーにハマってるのだと思います。多くのインダストリアル家具は、もともとヨーロッパの産業革命のときに工場で使うために大量生産されたものたちです。作業員が使うことを想定しているため、頑丈に作られています。
現代に生きる僕らの感覚でいえば、もっとシンプルに作ればいいと思うものばかりです。たとえば、会社のロゴを鋳物で刻印されてたり、真鍮のプレートがついてたり。無駄に思える凝りがカッコイイんですよね。
メルカリマガジン編集部
コスト無視ですね。
古久保
おそらく、当時はその作り方しかなかったのでしょう。「頑丈なら鉄製だろ!」や「量産するなら鋳物で型をつくったほうがいい!」と。それだけ無骨に作られていると、現代の一般家庭に置いたときに違和感を覚えるものも多い。しかし、その違和感こそがポイントで、「変わったもの」があるとインテリアのアクセントとして活躍してくれるんです。
メルカリマガジン編集部
工場の備品はどうやって市場に流れてくるものなのでしょう。
古久保
景気が悪くなると工場が潰れます。そこをディーラーが見つけて買い上げる。いわゆる、salvage(サルベージ)です。ただ、彼らにとって、かつての備品や什器は邪魔なだけ。インダストリアル家具を探している人たちに安く売られることになります。
そうしてゴミ同然の扱いを受けてた備品たちも、よく見ると凝っているものが多い。大抵はどこかのデザイナーがきちんと設計したものなんですよ。廃工場から流れてきた時点では分からなくても、ある時「◯◯というデザイナーのプロダクトだね」と判明したりする。きれいに磨けば家具になり、お宝になる。そういった点も魅力のひとつだと考えています。
その他の古久保さんお気に入りの椅子紹介
いま欲しいのは、1脚200万円の名作
メルカリマガジン編集部
いま欲しい椅子はありますか?
古久保
妻に釘を刺されているので、椅子を増やすことはあまり考えていません。
……でも、1点だけ欲しい椅子があります。Jean Prouvé(ジャン・プルーヴェ)の「Standard Chair(スタンダードチェア)」。
リプロダクト(※)も多いですが、オリジナルはいまや一脚200万円くらいの値が付きます。インダストリアル界の王様のような存在です。
実は、この間オークションサイトに出品されていたんですよ。妻には秘密にしながら、思い切って90万円で入札。しかし、すぐに抜かされちゃいました。いつかは手に入れたいと思います。
メルカリマガジン編集部
マーケットに出向いて探すことはありますか?
古久保
昔は海外の倉庫やマーケットに出向くことが多かったのですが、いま熱を注いでいるのは、1歳の息子の英才教育です。いろいろなところに連れていっては、名作の椅子に座らせています。その様子を写真に撮るのが楽しい。「ケツの英才教育」とでも言いましょうか(笑)。
メルカリマガジン編集部
将来が楽しみです……! インタビューありがとうございました。
リノべる株式会社