世界を駆け巡る怪魚ハンター・小塚拓矢「ルールは縛られるものではなく、作って遊ぶもの」

好きなことを「好きでい続ける」「楽しみ、実行し続ける」ことは意外と難しい。ライフステージや外部環境の変化、周囲の目を気にして諦めてしまったことはないだろうか。
 
「好きでい続けたい」というモチベーションキープに対して、卓越したこだわりを持った人がいる。人呼んで「怪魚ハンター」、小塚拓矢さんだ。
 
「怪魚」と呼ばれる体長1m、もしくは体重10kgに成長する巨大な淡水魚を釣り続け、それを生業とする彼の生い立ちから、今の暮らし方、好きなことを続けるための考え方について、話を伺った。
(執筆/玉置標本、撮影/オカダタカオ、編集/メルカリマガジン編集部)

「好き」の原点、怪魚との出会い

富山県高岡市に生まれ育った小塚拓矢さんは、世界56カ国、合計1300日以上を釣り歩いてきた怪魚ハンターだ。これまでにいくつもの釣行(ちょうこう)計画を考え、行動して釣果を上げ、今も大好きな釣りと共に生きている。

小塚拓矢
1985年、富山県高岡市生まれ。東北大学理学部でハゼを研究し、同大大学院修士課程を修了。「怪魚ハンター」と呼ばれ、巨大淡水魚を追いかけ世界56カ国・1300日以上を釣り歩く。2010年、大学院在学中にデビュー作『怪物狩り』を出版。2012年、釣り具の企画・販売を行う『株式会社モンスターキス』を起業。富山県高岡市在住。剣道3段。

小さい頃から魚が大好きだった小塚さんにとって、身近な川や海は一番の遊び場であり、釣りを始めたのはごく自然な流れだった。そして近所の溜池で、当時の富山ではレアだった異国出身の魚と出逢う。
 
「ルアーでブラックバスを初めて釣ったのは、小学校6年生の夏休み最後の日。海外にはこんなジャンプして暴れる、怪獣みたいな魚がいるんだって夢中になりました

富山でブラックバスを夢中で追いかけていた頃から20年以上が経ったが、好奇心の原点は変わらない

そのまま中学・高校と竿を振り続けた小塚さんだが、卒業後は釣りをあくまで趣味の一つ程度にと考えていた。しかし、受験勉強の合間にたまたま開いた、とあるサイトがその後に大きな影響を与えることとなる。
 
「高3の夏に武石憲貴さんという方の海外で釣りをする様子をレポートするウェブサイトを見つけて、直感的に“これすげえおもしろいな!”って思ったんですよ。僕も大学に受かったら海外へ行こう、と決めました」
 
無事に大学入学を果たすと、高校生の頃に立てた計画通りにアルバイトでお金を貯めて、長期海外遠征を繰り返すという生活を送った。
 
「最初はタイへ。次は、もっと“ヤバい”場所に行こうと、パプアニューギニアに。『地球の歩き方』も出ていない国だからこそいいぞって。そうして旅にハマり、アフリカ大陸の東側、二度目のパプア、モンゴル、と釣りたい魚を求めて旅を続けました。英語は全然話せなかったんですが、ある時いろんなトラブルが続いて反論するために“ブチ切れた”ら、突然自然に喋れるようになりました(笑)」

アフリカ東部、タンガニーカ湖の釣り旅。大物を釣ると、ギャラリーが集まってくるという。手に持つ魚は、現地名「ニュンビ」。日本に生息するアカメに近い怪魚だ(写真提供:小塚拓矢)

大学卒業後は大学院へ進学し、南米を三ヵ月放浪。学生生活最後の旅はアフリカのコンゴ川に決めた。
 
「コンゴ川で“ムベンガ”という究極のターゲットを釣りたいけれど、旅費が全然足りなかった。そこで、当時僕が書いていたブログに、上半身裸で両手を掲げている写真をアップ。『オラに現金を分けてくれ!』ってドラゴンボールの元気玉ならぬ“現金玉”のポーズをとって、応援を求めました。カンパをしてくれた人へのリターンはムベンガのウロコ。今でいう“クラウドファンディング”ですね。おかげで、日本を出てから61日目にやっと釣れました。ムベンガを手にした瞬間は『勝った!』って思いましたね。それは魚にではなく、出国前に僕の行動について批判をした人にというか、借金までして行くことをためらっていた自分にというか、大げさにいうと“常識”っていうものに対して」

体長142cmのムベンガ。小塚さんの人生のターニングポイントになった怪魚(写真提供:小塚拓矢)

小塚さんはその頃、釣り雑誌の出版社からライターや編集仕事の声がかかり、大学院を休学する。そして、自分で執筆・編集を担当した『怪魚狩り』を出版。以後釣り具の会社を設立、テレビ番組『情熱大陸』『アナザースカイ』への出演など、「好きなことをして生きていく」スタイルを続けている。

生き方も持ち物も、できる限り身軽でありたい

小塚さんは現在、富山県に住んでいる。暮らしの拠点を選んだ理由を伺うと、「長男として、両親が住んでいるから、というくらいでとくに深い意味はないですね」と笑う。
 
「大学院卒業後に海が近く、都心へのアクセスも悪くない神奈川県三浦市に一年半住んでいたんですが、地元の富山で釣り番組に出演するため、月に3回ほど帰省しなきゃいけないことになって。だったらもうUターンしようって富山に帰ってきました」

インタビュー当日に狙ったのは、大きくても10センチ程度のオヤニラミという聞きなれない魚だ。「小さいけどカッコイイ魚なんですよ。狙って釣ろうなんて人はほとんどどいない。だからいい」

「今は北陸新幹線が開通したから3時間あれば都内の打ち合わせに行けるし、テレワークやウェブ会議が当たり前になってきた。日々の暮らしぶりを考えたら釣り場に近い田舎の方が肌に合っていますね。僕はいろんなところに行くから、暮らす場所に深い意味を持たせていない。どこに住んでもいいからこそ、だったら両親の暮らす、生まれ育った土地に。それが今は地元富山なんです。中古の一軒家を買いましたけど、それも引っ越したくなったら売ればいいや、くらいのスタンス。できる限り身軽でいたいんですよ」
常に身軽でありたいと願う生き方は、旅のスタイルや道具へのこだわりにも強く表れている。

身軽でいたいから、旅に持っていく荷物はリュック1つ分が理想。国内なら20リットル、海外でも機内に持ち込める30リットルサイズまで。道具は『失くしても後悔しないもの』という基準があって、その中で最良のものを選びます。限定品を持っちゃうと、失くなったときにテンションが落ちてしまいます。だからバックアップが効かないものはお金を出してまでは買わない。愛用している腕時計もカシオのアラームクロノグラフという手頃なもので、Gショックほどの頑丈さはないけれど、これで必要十分。家に帰れば同じものがストックしてあるから、なんなら海外で出会った人にプレゼントしてもいい」

最低限の荷物だけを持った身軽な姿でオヤニラミを探す。短パンで躊躇なく川へと入る姿は、小学生の頃から変わっていないのだろう 

「道具を増やすとキリがないし、持ち物がシンプルであればあるほど自分で考える領域が増えて旅が“深く”なる。例えばルアーも『これが釣れる』というものではなく『これで釣りたい』という選択基準で。欲しい竿がなかったから、自分で作ったけれど、竿だってなんでもいいと思うんです。バックパックに収まって、10キロ以上の魚とやり合えるコンパクトで高強度の竿が僕が起業した時に市場になかった。だから、『怪魚を釣るために技術的にこだわり抜いた』というよりは、自由に旅をするために作っただけ。そうしたら思いのほか受け入れられて、いろいろな人との出会いのきっかけになり、生産が9年間も続いている、ととらえています」
 
道具を極力持たない身軽なスタイルだからこそ、釣り場の移動も気軽にできる。取材中に使用していた竿は、小塚さん開発によるリール不要の伸縮式の延べ竿だ。一般的な延べ竿とは異なり、「ガイド」と呼ばれる釣り糸の誘導パーツと、シンプルな糸巻きがついていて、必要十分な釣り糸の出し入れができる。大物狙いの竿とは違うが、これもまたより身軽でいるためのアイテムだ。
「これは結果論ですけど、僕が旅をしながら釣りをするとき、荷物が少ない方が釣れています。やることが明確になっているからかな。道具が多いのは迷いがある証拠。もし手持ちの道具で釣りにならなければ、その道具が生きる場所に移動する。川が深すぎたら浅い所を探す。『もっと違うルアーがあればよかった』とは考えない。魚の都合に僕の装備を合わせていく、ということはしないで、僕に合う魚だけを探していきます。もちろんケースバイケースではあるんですけれど、理想は竿の先に垂れ下がっているルアー1個で勝負! みたいな感じでしょうか」
 
小塚さんは自身の釣りスタイルを「カウンターカルチャー」だと言う。

この場所でオヤニラミを狙うのは「13年振り」なのだそう。川の流れも大きく変わり、懐かしの旧友はなかなか見当たらない 

「裕福な人が高級クルーザーに乗ってトローリングで優雅に大物を狙う、みたいな釣りがあるとして、その反対側にある一般人が自分の力で獲物に近づくような泥臭い釣りがしたい。いわばパンクロック。逆張りなのは確信犯な部分も多少あると思います。ただ『これだったら話題になるからやろう』というような、動機と目的が逆転した釣りにならないようには、意識していますね。おもしろそう! ワクワクする! っていう動機ありきで始めないと、結局うまくいかない。今使っているガイド付きの延べ竿も、類似品がなく、発注先の工場からも「それ売れるの?」って心配されたけれど、いざ世に出すとすごい勢いで売り切れた。自分が欲しい竿、『無いから作る』にこだわった結果、多くの人に受け入れられたと思っています。思いを形にして見せると『俺が探していた竿はこれだよ!』って共感してもらえるんじゃないかな」

「自分度」の高さにこだわる

ワクワクする、という原点を忘れない小塚さんが釣りを「楽しみ続ける」ために大切にしていることは何だろうか。
「どんなに『魚を大切にしたい』と願い、キャッチアンドリリースを前提とした釣りでも、魚の口をハリで傷つけたり、魚を疲れさせたり、時には死なせてしまったり…。つまりいじめて楽しんでいる。なので、せめて魚に対して最小限のプレッシャーで最大限の満足度を得たいなと思って。そのために、できるだけ“自分度”を上げたい。例えば全長1メートルの魚を釣ったとして、そのうちの何センチ分が自分の物語だと胸を張って言えるのか? ということ」
「場所も道具もお膳立てされ、“釣らせてもらった”一匹と、自力で苦労して見つけたポイントで試行錯誤の末に“釣った”一匹。写真だけ見れば同じ魚かもしれないけれど、僕の中では自分度が違う。表向きの釣果だけじゃなくて、自分の内面にどれだけの満足があるのかを大切にしたいんです。テレビの収録とかで海外のガイドサービスにでかい魚を釣らせてもらっても、映像にはなっても文章にはできない。自分のストーリーがないから本や雑誌に書いても薄っぺらになっちゃう。釣り竿にしろ、原稿にしろ、釣りをして表現するまでが僕の生業です」

こうした“自分度”にこだわる釣りを、これからも続けていきたいそうだ。

「たぶん同じ魚を釣っても、人の何倍も楽しめているんじゃないかな。逆に言えば、何分の一の釣果でも満足できるので、釣りすぎないですむ。もちろん全部のことで自分度を高めるのは無理ですけど、好きな釣りくらいは、そこにこだわりたい。僕の場合は釣りですが、人それぞれ、ファッションでも仕事でも、なにか一つ“自分度”というキーワードにこだわると、見えてくるものの解像度が上がると思いますよ」

好きで続けるために「ずっと初心者でいたい」

「怪魚ハンター」という呼び名が定着しつつある小塚さんだが、「実は怪魚をできる限り釣りたくない」という。

「怪魚と呼ばれるいわば生態系の頂点にいるような巨大魚をたくさん釣り続けられるほど、自然は無限ではない。だからこそ、できるかぎりインパクトが強い、ストーリー性のある釣りがしたい。1つの物語を1匹の魚で完結させるのが理想です。このスタンスって釣りをビジネスとして捉えるなら不正解だけど、それなら僕は間違っていたい。釣りを仕事と割り切っていないし、釣りが嫌いになるようなことは仕事でもやらない。今後どうなるかわからないけれど、釣りが嫌いになるくらいなら仕事としての釣りはやめる。もちろんライフワークとしての釣りは続けるけれど、そこまでして仕事にし続ける必要は感じないから」

この日は残念ながら“旧友”オヤニラミとの再会ならず。しかし「釣りって釣れない時間を楽しむものですからね」と小塚さん

ちなみにこちらが別の川で釣ったというオヤニラミ。なるほど小さな怪魚である(写真提供:小塚拓矢)

「僕は釣りをうまくなろうと思ったことはなくて、ずっと初心者でいたい。人と数やサイズを比べる一般的な釣りの楽しみもわかるけれど、初めての一匹を釣ることの楽しさ、ワクワクを積み重ねていきたい。地球上には淡水魚だけでも一万種以上いるから、全種類を釣ろうとすれば一生かかっても遊びきれない。誰も見たことがない魚だってまだいるだろうし。既存のルールに縛られるのは嫌だけど、自分でルールを作って遊ぶのって楽しいんですよ。今回、あえて小さなオヤニラミを狙ったというのもそれで、僕はずっと出場者一人の大会を作り続けています。どんなにゆっくりでもゴールしたら優勝です!」
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玉置標本

(たまおき・ひょうほん)アウトドアや料理系の記事が多いフリーライター。好きなものは食材採取全般と家庭用製麺機。

好きなものと生きていく

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