2007年から日本テレビ系バラエティ「世界の果てまでイッテQ!」のワールドツアーで、世界中を旅してきたイモトアヤコさん。さまざまな土地を訪ね、現地の不思議な生き物や知られざる風習を紹介してきました。その一方で、「イッテQ!登山部」のメンバーとしてエベレスト登頂などにも挑戦。これまで巡った国々は、なんと118ヵ国にものぼります。
何度も旅をするうちに、イモトさんがスーツケースに入れるアイテムは自然と厳選され、いまでは「これを持っていけば間違いない」という旅グッズのスタメンが出来上がったそう。不要になったものは、メルカリで売ったりもしているんだとか。
現在は「ジャパンツアー」を決行しながら、またいつか世界を旅する日々を待ち望むイモトさんに、「旅の必需品」について寄稿していただきました。(文・写真提供/イモトアヤコ、タイトル文字/熊谷菜生、編集/メルカリマガジン編集部)
シャレオツカメラ女子に憧れ、たどりついた「おじさん激推しカメラ」
何年かしてそのことに気づいた私は、ちょうど世間で流行っていた小さい一眼レフカメラ、いわゆるミラーレスを手に入れた。オリンパスの「PEN」という、当時宮﨑あおいさんがコマーシャルをしていたカメラだった。意気揚々と首からぶら下げ、「空、雲、カプチーノ」といったシャレオツカメラ女子の三種の神器をパシャっていたのだ。もちろん海外ロケにも持って行き、撮影の合間などに風景や出会った人などを撮っていた。
そんなある日旅先で、カメラのことならのプロ中のプロ、(ロケに帯同していた)山本啓太カメラマンに「写真好きならやっぱフルサイズだよな。今ならキヤノン5D Mark IIにカールツァイスのレンズだな」と聞いたこともない呪文のようなワードを、矢継ぎ早に言われた。ちんぷんかんぷんだった。しかし相手はプロのカメラマン。カメラの知識に関しては、おそらく宮崎あおいさんより豊富なはず(たぶん)。すぐに「詳しく教えてもらっていいですか?!」と言われたものをメモり、帰国後すぐに家電量販店のカメラコーナーに向かった。
店頭で「キヤノン5D Mark IIにカールツァイスのレンズをつけたい」というと、店員さんは「かなりお詳しいのですね、渋いチョイスですね」と言った。そりゃそうだ、ほぼ50歳にもなるおじさんカメラマンの受け売りなのだから。だがその事実は隠しつつ、誇らしげに「宮﨑あおいさんおすすめ」の3、4倍の値段はする「おじさんカメラマンおすすめ」のカメラを手に入れた。それは、絶対に片手では撮れない重さの無骨な相棒だった。
そして年月も経ち、SDカードが使えないなど、時代の流れの中でさすがに少し不便を感じてきたころ。またまた例のおじさんカメラマンとロケで一緒になり、禁断の扉をあけてしまった。うっかり「最新のおすすめカメラないですかね〜」と聞いてしまったのだ。すると「やっぱ今はSONYのα7R。動画もきれいだしプロも結構使っている」と還暦を迎えた山本カメラマンは、またもや淀みなく言った。しかし今回はちゃんと聞き取れたし、実はすこし気になっていた商品でもあったのだ。山本カメラマンのお墨付きをもらってしまい、これまた帰国後すぐに家電量販店へ。とてつもなくカメラに詳しい中国からきたという店員さんにも「このカメラは本当に良い」と第二のお墨付きをもらい、もはや迷う余地はなかった。
撮った写真はたまにインスタグラムにあげるくらいなのだが、とても楽しい。スマートフォンで手軽に撮れる写真も好きだし便利だけど、撮るぞ!って気合いを入れて気持ちを込めてシャッターを押す儀式も大好きで、「なんかぽくない? 私、“やってる”っぽくない?」とにやにやしてしまう。憧れのシャレオツカメラ女子とはちょっと違うけど、おじさんカメラマンの渋すぎるアドバイスのおかげで旅がまた一つ楽しくなりました。
山も海も。どこまでも行ける、ホカオネオネの「ボンダイ6」
今では気に入りすぎてレザータイプやワイドタイプなど3足ほど履きまわしている。結果、物欲まみれの私が究極のミニマリストになることは難しいが、いつかそんな日がくるのであればどこまでもボンダイと共に、である。
イモト流時差ぼけ対策
しかし直行便一本で到着すればよいのだが、場所によってはそうはいかない。ブラジルや南アフリカなどに行く際は、まずアメリカまで12時間、そこで5~6時間のトランジットをしてからの10時間飛行――みたいなことがざらである。寝ても寝ても着かない。そうなってくるとさすがに先ほどの作戦だと身体がついてこなくなり、完全に時差ぼけ地獄におちいる。しかも年を重ねれば重ねるほど、時差ぼけはひどくなる一方だ。現地に着くと夜なのに飛行機で寝過ぎて眠れないのだ。
僻地のロケでは必須アイテム、お手軽防ダニシート
私が初めてダニにやられたのは、10年ほど前にグアテマラのティカル遺跡に行った時のこと。遺跡近くのロッジに宿泊したのだが、見るからになんとなくジメジメしているベッドだった。そして翌朝。私は凄まじい痒みに起こされ、悶えた。脚を見ると、数えきれない赤いブツブツ。明らかに蚊とは違う二重にかまれたような痕。すぐさま現地のコーディネ ーターさんに報告すると 「あーダニですね。半年くらいは痕残りますよ」という回答。最悪である。半年間もこの痒みとブツブツに支配されるなんて。だが、もう後の祭りである。私だけでなく、スタッフさんたちも同じようにダニにかまれ、ブツブツができていた。なぜか不思議と、結束力は高まった。ダニのいやらしいのは、皮膚の柔らかそうな部分を狙ってくるところ。 内ももや二の腕の裏、指の間といった「よりにもよってそこ!」といった場所を噛むのだ。
白飯に恋い焦がれ。アルファ米と塩昆布という救世主
ただアフリカはフランス領だった国も多いため、たまにとんでもなく美味いフランスパンに巡り会うこともある。以前アフリカ・ベナンの水上マーケットで、私の上半身ほどの大きさはある巨大フランスパンに出会った。その大きさも驚きだったが、あまりの美味しさに何も挟まず、ただただ巨大フランスパンをむさぼっものだ。
もちろん、旅ではその国のものを食べるのも素晴らしい経験になる。ただやはり自分の安心する味を携帯しておくというのも、長期で旅をするには大切なことだと、118カ国行ってみて思ったのであった。
どこでも「家」になる、無印の爆睡パジャマ
しかもそれを海外ロケにまで持って行くなんて、もってのほかだった。20歳から30歳くらいまでは、次の日の衣装を着てギリギリまで寝る、そしてそのままロケをするーーというのが私の睡眠スタイルだった。効率がいいのか、ただのズボラなのか。とにかくパジャマとは縁もゆかりもない人だった。
パジャマから着替える朝の3分間は、衣装のまま寝ていた頃と比べると、効率的には少々悪いかもしれない。だが結果、もっと価値のある深い眠りとスイッチの切り替えをもたらしてくれることを、10年前の自分に言ってやりたい。
いまはこれらの旅の愛用品を持って、119ヵ国目のどこかへ行ける日を楽しみにしている。またいつかまだ見知らぬ誰かに、世界の果てで出会えることを願って。
イモトアヤコ
1986年1月12日生まれ。鳥取県出身。
2007年より日本テレビ系バラエティ「世界の果てまでイッテQ!」、TBS—ラジオ「イモトアヤコのすっぴんしゃん」、NHK・Eテレ「テレビで中国語」に出演。その他ドラマ・舞台などの俳優業やエッセイ「棚からつぶ貝」(文藝春秋)など執筆活動も行っている。