ファッション2021.06.24

パンクと映画、演劇衣装。名バイプレイヤー・松重豊のファッション遍歴

好きなものと生きていく#42

映画、ドラマ、舞台、CMと幅広く活躍する俳優の松重豊さん。ラジオ番組『深夜の音楽食堂』(FMヨコハマ)ではゲストを招いてディープなトークを繰り広げるなど音楽への造詣も深い松重さんですが、その原点には高校生時代にリアルタイムで経験したパンク・ムーブメントがあります。
イギリス・ロンドンで生まれたパンクが、松重さんのファッションや生き方に与えた影響とは? スタイルの遍歴や今挑戦してみたいファッションについても伺いました。
(執筆/小川智宏、撮影/西田香織、スタイリスト/増井芳江、ヘアメイク/林裕子、編集/メルカリマガジン編集部)

「面白い服」が欲しかった

――松重さんが最初にファッションに興味を持たれたのはいつ頃でしたか?

中学高校の頃、僕らの時代はみんな制服のズボンは太いのを履く時代だったんですね。ボンタンっていう。それがものすごく自分の中で嫌だったんです。
田舎は福岡だったんですけど、当時『POPEYE』という雑誌が出始めたりして、やっぱり若い子もファッションとかをちょっと気にした方がいいだろう、みんながみんなボンタン穿くからボンタン穿けばいいってもんじゃないだろうと思って、ちょっとデザインを変えて穿いてたんですよ。ペグトップっていう形にしてもらって。

――ペグトップ、いわゆる裾に向かってテーパードしている形ですよね。

そう。それをボンタン作るところに行ってセミオーダーしてたんですよ。「タックは嫌いだから」とかって言って(笑)。それが始まりでしたよね。その高校時代に、やっぱりいろんなもの、面白い服が欲しいなと思って。でも福岡には当時なかったんです。だから本当に興味を持ち出したのは東京に来てからですね。東京に着いてすぐ行ったのが「HOLLYWOOD RANCH MARKET(ハリウッドランチマーケット)」。田舎の高校生にとってすごく憧れだったんです。ハリランって1972年にできているんですよね。だからちょうどその頃。
――当時、みんなボンタン穿いてる中でズボンをペグトップにしている人って周りに他にいましたか?

クラスに何人かはいましたけどね。多数派じゃないです。ボンタンでリーゼントしてるのが多かったんで。それだとみんなと同じでつまらないなと思ってました(笑)。多数派にはならない、絶対少数派でいようっていうひねくれ者ではありましたね。

――当時はどんなものから影響を受けていました?

やっぱり僕らってパンク世代だったので、ミュージシャンのファッションから影響を受けるっていうのはありました。黒のスリムジーンズをクタクタにするまで痛めつけて、それに安全ピン刺すみたいなのは、手っ取り早い、僕らのできるファッションとしてありましたね。

でも僕、柔道部で髪を伸ばせなかったんで、ああいうツンツンとした頭、シド・ヴィシャスみたいな髪型にはできなくて。で、いざ伸ばし始めたら今度はすさまじいくせ毛で立たないんですよ(笑)

当時デップローション(整髪料)っていうのが流行って、それでとにかく固めて立たせることはできるんですけど、うねりがグジュグジュってなるだけで、全然ロンドン風にならない。これは困ったなと思って。その頃にはもう(甲本)ヒロトくんとかとも友達で、彼らはそのままパンクだったんですけど、僕はたぶん違うなって、迷走してましたね(笑)
――なるほど(笑)

その後、20前半でニナガワ・スタジオ(蜷川幸雄主宰の演劇集団)でお芝居を本格的に始めたんですけども、運よく蜷川さんがイギリス公演に行くときに連れていってもらえてたんですね。蜷川さんも日本に僕に合うサイズの服がないっていうことをよくわかっていたから、「お前、ギャラ全部使って服買え」って言われていたんですよ。それでカムデン・ロックの古着市に行くと、吊るしが俺のサイズ。靴も自分のサイズを言うと「これは一番売れちゃうサイズだからないよ」って言われるぐらいの、もう天国ですよ。

だからイギリス公演のときには革のコートやら何やら、とにかくギャラは全部古着を買って。蜷川さんも「今日何買った、見せろ」って言って、「これいいな、これ使えるな」とか。そういう感じでしたね。その当時最先端のロンドンファッションですよ。「ドクターマーチン」のブーツとかも買いましたね。今考えると、その頃のロンドンの古着で20代はほぼ過ごしてましたね。

「若い衝動」とパンクの波長

――松重さんはパンクのどういうところに共鳴したんですか?

「今のままだと多分いかんのじゃないかな」っていうのは、社会的な焦燥感として当時はありましたし、日本でも、大人が敷いたレールでやっていてもいつか終わりが来るぞっていう閉塞感みたいなものもあって。それを何か突き抜けていく、打ち破るアイコンとしてパンクムーブメントっていうのがあったと思うんですよね。日本の演劇だとアングラ演劇っていうのがあって、それよりもちょっと進んだ形でパンクっていうのがあって。だから、そういう若い衝動ですよね。それが自分と波長が合ったんだと思います。
 
音楽としても、パンクを聴くと、そのルーツにブルースの3コードみたいなのがあって、それからロックンロールがあって、黒人音楽があってジャズがあって……先祖をたどっていくと、音楽ってものすごく根っこが深いし、そこからいろんな枝分かれして今の人たちが選んでるっていうのがわかって。そういうのを知っていくうちに、いろんな音楽を聴くようになった。パンクっていうのはその取っ掛かりでしたね。
――映画とか演劇の世界に興味を持たれたのも、石井聰亙(現・石井岳龍)監督の映画がきっかけだったそうですね。石井監督の映画もロックンロールやパンクと強く結びついていますね。

そうですね。『狂い咲きサンダーロード』っていう映画は衝撃的でした。音楽、パンクムーブメントと、かつそれを福岡の監督がやってるっていう。この道筋をたどれば僕もやりたいことが見つかるかもしれないと思って、いろんなことを始めたような気がしますね。
――音楽もそうですけど、映画もファッションアイコンとしていろいろな影響を与えてきましたよね。ファッションという意味で記憶に残っている映画っていうと何になりますか?

やっぱり『さらば青春の光』かなあ。モッズファッションがかっこよくて。モッズコートって日本だと『踊る大捜査線』のイメージですけど(笑)、でもあれはやっぱり『さらば青春の光』だよね。ベスパに乗ってモッズコート着て、「We Are The MODS, We Are The MODS, We are the, We are the, We are the MODS!」って、あれなんですよね。

――モッズもロッカーズもかっこいいですよねえ。

あと、やっぱりバイクものもいいですよね。バイク乗ってる映画ってやっぱりかっこいいのがあるじゃないですか。それで「バイク欲しいな」っていろんな人に言っちゃうんですけど、女房に「ダメだ」って言われて(笑)。本当に季節がいいとバイク乗りたいなと思うんですけどね。それに合わせてライダースジャケットとブーツとジーンズ、揃えたいなと思うんですけど、バイク持ってないんじゃしょうがないですよね。諦めます(笑)

演劇と衣装と松重豊

――松重さん、今まで俳優としていろいろな役を演じてこられましたけど、どんな役でも衣装を着るわけじゃないですか。着るものや身につけるものが役に影響を受けることもありますか?

僕、基本的に役作りってそんなにしないんですよ。役をいただいて「あ、医者だ」とか「刑事だ」とかって思って、とりあえず入るんです。だから衣装合わせのときも正直そんなに役のイメージがはっきりしてるわけじゃないんですね。ただ、役によっては「こんなにたくさん着るもんなんだ」とか「こんな質感の作務衣なんだ」とかっていうのがあって、なんとなくそれで覚悟をするというのはあります。

役によってはいちからあつらえることもありますしね。この役はこのカラー(襟)の高さが必要なんですよって言われて、なんでなのかよくわからないけども、実際そのコスチュームになって、机に座って物を書いたりした瞬間に「あのとき言ってたことはこういうことか」みたいな絵が見えたりするんです。衣装は僕らにとって非常に心強い、役の背中を押してくれる武器でもありますし、そういうものでやっぱりこっちも気持ち良くなって演じてるっていうのはもう間違いないことです。
――でも、『バイプレイヤーズ』みたいな作品だと、そこはもうちょっと複雑ですよね。松重豊を演じているわけで。

あれは特殊ですよ。自分っていう役で、自分がプライベートで着てるであろう衣装を着るわけです。それで結構もめたんですよ。「プライベートでこんな色の服着ないんだけど」って(笑)
でもまあ、とはいえ世間的に「この人のプライベートはこうだろう」っていうイメージもあるわけですから。それはそれで仕方がないことだし、「いや、そんな服絶対着ないんだけど」っていうのはあるかもしれないけど、こうやって顔出して仕事してる職業の宿命だなと思って。それを逆に楽しんだ方がいいんだなとは思います。

――共演された俳優さんと服の話をしたりすることもありますか?

背の高い役者さんには「どこで買った?」っていうのは昔よく訊いてましたけど(笑)。あとは、おしゃれな光石研さんにはいろいろ情報を聞いたりしますね。
でも僕の場合、ファッションの情報源はずっと僕のスタイリングをやってくれているスタイリストの増井芳江さんがほぼ9割。「どこの服なの?」っていちいち確認してそれを買いに行くみたいなことがよくありますね。
――その好奇心がすばらしいですよね。

好奇心っていうか、必要に迫られてですよ(笑)。「こんな服あるんだ」っていう。今までは「とりあえず長さが合うから着ちゃえ。買っちゃえ」ってフィット感とは程遠いようなものを着てましたけど、「そうじゃないものもあるんだ」っていうことですよね。自分のサイズにあった物があるっていうこと、そしてそれを探せばなんとか手に入る世の中だっていうことがやっぱり大事なんじゃないですかね。

――最後に、これからファッションをどういうふうに楽しんでいきたいですか?

白髪になってくせ毛が治まってきたんですよ、昔より(笑)。だから過去に諦めた服をまた着れるチャンスかもしれないなって思っていて。ジジイだと思って諦めないで、いろんな服、あと色も。白髪なんで黒髪だと絶対選ばなかった色もわりと着れたりするので。還暦に向けて赤いものをっていうのもありますけど(笑)、そういうのは挑戦してみたいですね。ちょっと変わった偏屈ジジイになっていきたいですね。

松重豊(まつしげ・ゆたか)
1963年生まれ、福岡県出身。蜷川スタジオを経て、映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍。 昨年には、初の著書「空洞のなかみ」を上梓する。7月9日からドラマ「孤独のグルメ season9」がテレビ東京系にて放送開始。映画では、10月30日「老後の資金がありません!」が公開される。

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メルカリマガジン編集部

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