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夏が来ると恋しくなる。友の笑顔と「とうもろこしのスフォルマート」──メルカリ食堂 桜林直子

クッキー専門店を経営しながらエッセイストとしても活躍中の桜林直子さんは、毎年この季節になると無性に食べたくなるメニューがあると言います。心に残る料理やレシピ、キッチンアイテムを紹介いただく「メルカリ食堂」。第5回は家族やひとり娘との思い出がつまった、「みんなで食べたくなる味」について桜林直子さんに寄稿いただきました。
(文・写真/桜林直子、イラスト/あーちん、編集/メルカリマガジン編集部)

大好きなイタリアンレストランで過ごした、魔法のような時間

西荻窪に「Trattoria29」という大好きなお店があった。
 
あった、と書いたのは、残念ながら2020年3月にビルの建て替えのため西荻窪のお店は閉店していて、現在は群馬県川場村にて別の形でお店を再開すべく準備中だからだ(2022年春に開店予定)。
 
「Trattoria29」は、とにもかくにもお肉を食べるお店で、前菜もパスタもお肉、メインは炭火で焼いたドーンと大きなビステッカ(イタリア語で「ビーフステーキ」)。「お肉を食べたい!」という気分のときに、完全にお腹をすかせ、お肉のパワーに負けぬようコンディションを万全に整えて挑みに行くようなレストランだった。

「Trattoria29」のビステッカ

食べることが好きな友人を何人もここに連れて行っては、そのたびにお腹がはちきれるほど食べ、ワインをたんと飲み、いろんな話をして、なによりたくさん笑った。目の前に次々と出てくる料理の力強さと、おいしさと、店主の食べものへのものすごい愛情で、食べれば食べるほど元気になるのだ。

「Trattoria29」のラザニア

今は、感染症対策のため、みんなで大笑いしながら飲食店で食事をすることができない。そんな日が来るなんて想像したこともなかったけれど、好きなお店で好きな人たちと食事をするのは、ただ栄養を摂取するだけではなく、舌で味わうだけでもなく、どれだけ元気をもらえることだったかと身に沁みて感じている。

お肉を愛するシェフが、目の前のわたしたちのために顔が見える距離でお肉を焼いてくれる。マダムがそれに合うお酒を教えてくれて、完璧なタイミングで「さあお食べ」と熱々で持ってきてくれる。みんなでわー! と歓声をあげ、我先にと取り合ったお肉を頬張る。おいしい! と半ば涙目のわたしたちを見て静かによろこぶシェフ。子どものようにはしゃいで声が大きくなったわたしたちを、しかたないわねと困ったように小さく笑うマダム。

そういう場でしかできない話が、確実にあった。

美味しい料理を挟み、同じものを分かち合いながら食べることで、目に見えるほどに人と人との距離は縮まり、音を立てるほどに心は弾み、肌で感じるほどに安心する。

このお店ではとにかく笑っている記憶しかない

はやくまた、あの魔法のような時間を味わえる日が戻ってきますように。

ひとり娘が何度もイラストを描いたお店

友人夫婦の営むこのレストランは、自宅のすぐ近くにあったこともあり、娘と何度も食事をしたお店でもある。夕方学校帰りの娘が、仕込み中のお店の前を通って、おーいと手を振り店主たちと世間話をすることもあった。
小さな頃から食べることが好きだった娘は、おいしいものを食べると、忘れないように、もう一度食べるかのように思い出しながら、そのメニューの絵を描く。

娘が描いたビステッカの絵

6年前、「Trattoria29」でお正月におせちを作りはじめたときに、当時中学1年生の娘がメニューの説明用にイラストを描かせてもらったのも、いい思い出だ。
おいしいものが好きな彼女は、絵に描くことでその料理への愛情を表現していたが、料理を作って人に食べさせる形で表現することができる大人が身近にいて、とてもよかったと思う。くいしんぼう仲間であり、表現仲間であり、のびのびと好きな仕事をしている先輩がいて、その姿勢を見せてくれるのは、とても貴重な体験だったのではないか。親としてもありがたい。

友人と食べた「とうもろこしのスフォルマート」

「Trattoria29」のメニューを開くと、お肉を魅せるプログラムの中に、季節の食材をつかった料理も並んでいる。春にはホワイトアスパラ、秋にはポルチーニ茸、そして夏にはとうもろこし。お肉だけでなく、それもまた楽しみのひとつだった。

「Trattoria29」のポルチーニのオムレツ

毎年、半袖で過ごせる日が多くなってくると、ああ、「Trattoria29」で、あのとうもろこしをぎゅっと味わえる「とうもろこしのスフォルマート」を食べたいなあと思い出す。そして、いつかの夏に一緒に食べた友人の顔も同時に思い出す。「スフォルマート」とはイタリアの茶碗蒸しのような料理で、すりつぶした素材に卵やチーズを混ぜて蒸し焼きにしたもの。

とうもろこしのスフォルマート

6年ほど前に、友人と一緒にはじめてこの料理をシェアして食べたとき、彼女は「もっと食べたい! ひとり1個食べたい!」と言って、とてもうれしそうに笑った。友人はフランスへ渡って仕事をしており、夏のバカンスの時期に帰国していたので、その後、彼女が帰って来る機会があると「Trattoria29」へ行って「とうもろこしのスフォルマート」を好きなだけ食べるというすばらしい習慣ができた。

こちらもとうもろこしのスフォルマート

それなのに、だ。

お店はビルの老朽化のため建て替えのため閉店し、フランスにいる友人は感染症の影響でもう2年も日本に帰ってきていない。今年ももうすぐ夏がやってくるというのに、とうもろこしのスフォルマートが食べられないのだ。

外出自粛に飲食店での飲酒も自粛、営業時間も短縮となり、ただでさえガマンの多い日々だ。こんな生活が1年以上も続くと、なんでもしかたがないと観念し、すべてを諦めるのも心に悪い気がしてきた。

ガマンして諦め、欲が出てこないようにコントロールしていると、好きなものへの気持ちや好奇心、したいことが湧いてこなくなってしまうからだ。

だから、今年は諦めずにできることをしてみようと奮い立ち、「とうもろこしのスフォルマート」を、自分で作ってみることにした。

冷たいコーンポタージュが口の中でスローモーション再生されているような味

「スフォルマート」とはイタリアの茶碗蒸しのような料理で、すりつぶした素材に卵やチーズを混ぜて蒸し焼きにしたもの。

「Trattoria29」の「とうもろこしのスフォルマート」は、とうもろこしが濃くて、なめらかで口どけが良く、口中がとうもろこしの甘さに占領される。まるで冷たいコーンポタージュが口の中でスローモーション再生されているようだ。無重力の宇宙空間にとうもろこしを持っていくなら、粒でもスープでもなく、これが最適だと思う。

今回、あのメニューを作りたいと「Trattoria29」の竹内悠介シェフに話してみたところ、気前よくレシピを教えてくれた。

豪快にお肉を焼く竹内悠介シェフ

この料理に必要なハンドブレンダーと、蒸し料理を仕込むための蒸し器をメルカリで購入し、さっそく作ってみることにした。

「とうもろこしのスフォルマート」のレシピ

【とうもろこしのスフォルマート 材料(セルクル4個分/1個130g)】

  • とうもろこし 2本
  • 全卵 2個
  • 生クリーム 80g
  • チーズ 適量
  • 塩、胡椒 適量

  • 【作り方】

    1.とうもろこしの身を芯からはずす

    2.1と卵、生クリームを大きめのボウルに入れ、ハンドブレンダーでよく混ぜる

    3.なめらかになったら、チーズ、塩、胡椒を適量入れ、再度軽くブレンダーで混ぜる

    4.セルクルに流し入れ、蒸し器で約30分前後蒸す

    5.冷蔵庫で半日ほど冷やす

    6.型からはずしてお皿に盛りつける

    完成!

    やっぱりみんなで食べた方がおいしい

    なんとかできたので、さっそく食べてみた。

    今年はじめて食べるとうもろこしは甘く、ちゃんとスフォルマートになっていた。おいしかった。複雑な工程も材料もないので、きっとあのお店の味と近いのだろう。でも、ひとりの部屋で食べながら、やっぱりお店でみんなで食べたかったなという気持ちが湧きあがってきた。わいわいシェアして、友達のおいしがる顔を見て、今年も食べられてうれしいよ、おいしいよとシェフに伝えたかった。

    そう思いながら、できあがった料理の写真を、遠くに住む娘に送って見せた。自分で作れるの? すごいねと言い、絵に描いてくれた。
    夏になって東京に帰ってきたら、そのときにまた作るから、一緒に食べようねと言うと、よろこんでいた。

    これを書きはじめるとき、とうもろこしのスフォルマートは「過去の思い出」だったけれど、書いてみたら「未来の楽しみ」になった。

    桜林 直子(さくらばやし・なおこ)

    1978年生まれ。東京都出身。2002年に結婚、出産をし、ほどなく離婚してシングルマザーになる。洋菓子業界で12年の会社員生活を経て2011年に独立、「SAC about cookies」を開店。現在は自店の運営のほか、店舗や企業のアドバイザーなども行なっている。noteやcakesにてコラム、エッセイなどを投稿。著書に『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)。娘のあーちんは大学に通いながらイラストレーターとしても活動中。

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    メルカリマガジン編集部

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