趣味2021.05.25

「いやげ物ハンターとして。」 人生を変えた買い物#01 みうらじゅん

誰にでも、人生を変えた買い物がある――さまざまな書き手の方に、記憶に残り、運命を狂わせた「お買い物」体験を綴っていただく、新連載シリーズです。(文・写真:みうらじゅん、イラスト:くぼあやこ、編集:カツセマサヒコ/メルカリマガジン編集部)


 それらを目にした時、先ず僕の心に訴えてくるのは、“買わなくていいのか?”という、強迫観念である。
 無視を決め込んでいると今度は、
「お前が買わなくてどうする!?」
 と、セリフになって頭の中で聞えてくる。
 本当に欲しいものであればそんな問い掛けはいらない。しかし、困ったことにそれらは今、本当に欲しいものなのか判断がつきかねる、いわゆる『いやげ物』の一種であるからだ。
 いやげ物とは、僕が勝手に名付けたものなのだが、一般にいう土産物品の中に混在している“一体、こんなもの誰が買うんだろう?”と疑問に思う、貰ってもあまり嬉しくないし、買っても大層、置き場に困るものの意である。
 昭和は、その多くがいやげ物だった。高度成長期の副産物と言ってもいいだろう。浮かれた気持ちが製造側にも買う側にもあったのだ。
 顕著な例が修学旅行。
 特に男子学生は、後先を考えないで行動する生き物と相場が決っている。旅先の土産物屋の前で、すぐさま“木刀”が目に飛び込んでくる。
 クラスメイトの手前、それを一本抜き取っては威勢良く振り回している。
 すると、店の人が出て来て「商品なんで」と咎められ、カッコがつかず買ってはみたものの、移動中のバスの中や旅館などでそれはとても厄介な品となる。
 女生徒からの冷ややかな目。「バカじゃないの」とまで罵られ、ようやく木刀を手に帰宅したのはいいけれど、よくよく見てみるとそれには銘がない。
“京都”とか“鎌倉”など、その地の焼印でも押してあれば修学旅行の思い出にもなるのだが、ノンブランド木刀ではただのいやげ物。
 母親からも「そんなものどうするつもり?」と、責め立てられ「ドロボーが入って来たとき、これで戦う」などとその場凌ぎの言い訳するが、大概の場合、それを活用するチャンスは訪れない。
 結局、自室に放置したまま、ある年末の大掃除の際「コレ、もう捨てていいわね」と促され、木刀は粗大ゴミに変わるのだ。

 僕は今から30年ほど前、そんないやげ物が近い将来、この世からすっかり姿を消してしまうのではないかと危惧した。
 バブルも崩壊し、浮かれ気分もすっかり収まり、今では役に立つ、便利なものだけが重宝される世の中。そんなのつまらない! だから、ここは僕がその絶滅危惧種のいやげ物ハンターとなる!と、決意したのである。
 が、しかし、それは並大抵のことではなかった。“こんなもの一体、誰が買うのだろう?”と疑問が湧くと同時に“オレが買う!”と自分を洗脳するまでには長い修行を要したし、それらの置き場に困り、とうとう倉庫まで借りるという散財ぶりが待っていた。人生を変える買い物とは正しくこの状態ではなかろうか?

 僕はその日も、ある地方の土産物屋でいやげ物を見つけた。
 薄暗い店の奥。それは棚の少し上の方にあって、かなり埃を被っているのが見て取れた。

 像高40cmほどの木彫り作品。女性の裸像だが、白木の木目が体の至る所にあり、とても不細工だ。でも、僕はこんなことぐらいじゃへこたれない。敢えて、
 “そこがいいんじゃない!”
 と、思った。
 もはや躊躇している場合ではない。どうせ買うんだからそんなシンキング・タイムは無駄というもの。僕は修学旅行先の男子のように、レジに向かうことにした。
 若い店員は、ドン!とレジ前の机に置かれた像に驚いた様子で、「コレ、どこにありました?」と、逆に質問をしてきた。「あの棚の上ですが」と、告げると「ちょっと待ってて下さいね」と言って一旦、店の奥に引っ込んだ。
“店主に聞いているのだろうか?”
 僕はレジ前で、じっくりその裸像を見た。本当にコレが欲しいんだろうか?
“マズイ!”
 少し、冷静さを取り戻しつつあるのだ。だから早く、僕にこれを買わせてほしい!
 しばらくして店主らしきオヤジも出て来た。そして「コレ、先代が仕入れたもんで値札すらおませんのや」と、言った。
 それは、売りものではないということだろうか? ここで引き下がっては絶滅危惧種いやげ物ハンターとして面目丸潰れである。
「どうしても買いたいんですが」
 と、思わずそんなセリフが口を突いた。
 すると、オヤジは
「実はこれ、奈良彫りでしてな」
 と、何だかウンチクめいたことを言った。
 僕にはその価値がよく分からず、黙っていたら、
「ま、当時いくらくらいで売っていたのかよう分かりませんが、大体、三万円くらいするでしょうね」
“さ、三万円……”
「ま、随分汚れてますし、二万八千円にしますけど」
“おまけしても二万八千円もすんの……”
 そこはハンターの意地。もう、引き下がれなくなって渋々お金を出した。
「そんなことで入れる箱もおまへんのやわ。紙袋で良ろしい?」
「はい……」
 僕は旅の一日目にして木目がやたら浮き出たビーナス像(この名称は勝手に付けた)を紙袋から飛び出させたまま、次の目的地に移動するのであった――。

P.S. 今年、7月に開催予定の『みうらじゅんフェス! マイブームの全貌展』(盛岡市民文化ホール)。数あるいやげ物ブースの中で、コレを見つけて下さいね❤︎

みうらじゅん
1958(昭和33)年京都府生れ。イラストレーターなど。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。1997(平成9)年「マイブーム」で新語・流行語大賞、2004年度日本映画批評家大賞功労賞を受賞。著書に『アイデン&ティティ』『青春ノイローゼ』『色即ぜねれいしょん』『いやげ物』『マイ仏教』『「ない仕事」の作り方』『キャラ立ち民俗学』『マイ遺品セレクション』など多数。7月上旬に新刊『メランコリック・サマー』が発売。

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メルカリマガジン編集部

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