懐かしい部屋にあったもの

懐かしい部屋にあったもの

又吉直樹

格闘ゲームのキャラクターを選択する画面が表示される。
 わたしは「ゴリラ」を一旦選びかけたが、結局、「市役所の課長」を選択することにした。市役所の課長の使い方を確認してみる。
 
 ●市役所の課長
 Aボタン 「パンチ」
 Bボタン 「キック」
 Cボタン 「クレームを一切受け付けない事務的な手続き」
 Dボタン 「勝手に住民票書き換え」 
 想像していたより、姑息なキャラクターのようだ。まったく感情移入できないので、ほかのキャラクターを選びなおすことにした。今度は、「天才子役」を選択してみる。天才子役はどう戦うのだろう。

 ●天才子役
 Aボタン 「隠れる」
 Bボタン 「逃げる」
 Cボタン 「両親が金の話を始めたら寝たふりをする」
 Dボタン 「『ママが笑顔だったら、わたしは幸せだよ』と言う」
 
 なるほど、「教育ママ」との対戦があればDボタンで倒せそうだが、「天才子役」が戦うところを個人的には見たくなかった。ほかのキャラクターを選ぶことにしよう。

 いとこのお兄さんが行方不明になったと連絡を受けた。
 子供の頃、お兄さんの部屋にはありとあらゆるものがあった。はじめて週刊少年ジャンプを読んだのも、はじめてファミコンでスーパーマリオを体験したのも、お兄さんの部屋だった。その部屋には何百冊と漫画があったし、複数のゲーム機が揃い、その近くにはソフトが山のように積まれ、ラジカセの隣にはカセットテープが大量に並べられていた。ほかにも、見たことのない遊び道具が沢山あって退屈することがなかった。
 ある日、「雑誌の付録を組み立てたから遊ぼう」と、お兄さんに言われたことがある。わたしは紙とセロハンで作られた、右目が赤色で左目が青色の3D眼鏡を掛けた。お兄さんが部屋の電気を消して、小さな箱のハンドルをグルグルまわすと、壁にティラノサウルスが映り、こちらに牙を見せて吠えた。ティラノサウルスは首を上下に激しく動かしながら、足音を立ててこちらに近づいてきた。わたしは自分が食われる寸前に3D眼鏡をはずして一命を取りとめた。幼かったわたしはその部屋をたずねるたびに、冒険といっても差し支えがないほど刺激的な遊びを朝までつづけた。
 
 お兄さんがいなくなったと聞いて、わたしは三十年振りにお兄さんの部屋をたずねた。
 叔母から借りた合鍵で入ったお兄さんの部屋は場所が変わっても、やはりお兄さんの部屋でしかなかった。見たことのあるものがいくつもあったが、当時よりもさらにものが増えていた。お兄さんは大人になっても遊ぶことをやめなかったようだ。その遊びが仕事に繋がっていたかどうかわたしは知らない。わたしは叔母に頼まれて、部屋の様子を見にきただけだったから。
 お兄さんの足取りを掴むためにパソコンの電源を入れてみる。メールボックスをひらいてみたが、お兄さんの消息に繋がりそうな情報は得られなかった。
 それよりも、わたしの眼を奪ったのはパソコンのフォルダーに並んだお兄さん自作のゲームだった。かつて、わたしたちがそうしたように、そのなかにあった一つの格闘ゲームを起動させてみる。キャラクターの選択画面に移ると、そこには数え切れないほどのオリジナルキャラクターが用意されていて、それぞれの動かし方が丁寧に記されてあった。

 ●面倒臭いタイプの先輩
 Aボタン 「肩パンチ」
 Bボタン 「『なんか、おまえ妹(弟)みたいやわぁ』と言う」
 Cボタン 「学生時代のヤンチャ自慢」
 Dボタン 「本気のカラオケ」
 
 ●老舗旅館の女将
 Aボタン 「利き手のビンタ」
 Bボタン 「120℃のお茶」
 Cボタン 「敷布団を湿らせる」
 Dボタン 「大浴場に続く暗すぎる廊下」
 
 ●フェス好きの若者
 Aボタン 「ダイブ」
 Bボタン 「関係者パスでバックステージ侵入」
 Cボタン 「レスポンス&コール」
 Dボタン 「『あのバンドは二枚目のアルバムまでだったな』という嫌味」
 
 ●怪しげな不動産屋
 Aボタン 「駅から徒歩25分」
 Bボタン 「カビ臭い和室」
 Cボタン 「大切なものに西日」
 Dボタン 「『隣に大家さんが住んでいる物件になります』という情報」
 
 ●多数派
 Aボタン 「多数決を取る」
 Bボタン 「『俺だけじゃなくて、みんな言ってるぞ』という呪い」
 Cボタン 「仲間達と顔を見合わせて、バカにするように少し笑う」
 Dボタン 「『奇をてらう奴っているよね』と個性をネガティブに変換する」
 
 このゲームを始めるとプレーをやめることができなかった。わたしは「老舗旅館の女将」を使いこなし、七人までは簡単に倒すことができたが、八人目で対戦した「フェス好きの若者」が驚くほど強かった。Aボタン「利き手のビンタ」は若者特有のハイタッチで対応され、Cボタン「敷布団を湿らせる」は、「フェスの会場にひろげた朝のテントの方が濡れてんだけど」と受け流された。必殺技の「大浴場に続く暗すぎる廊下」は、「フェス好きの若者」のBボタン「関係者パスでバックステージ侵入」によって、旅館の調理場に逃げ込まれた。そして間髪いれず、Cボタン「レスポンス&コール」を食らわされた。「フェス好きの若者」が女将をあおるように「バイキング!」と叫ぶと、「老舗旅館の女将」は自然と「朝食は?」と叫んでしまう。
 いつのまにか、女将「朝食は?」、若者「バイキング!」という掛け合いを繰り返すことになる。老舗旅館の朝食はバイキングではない。この屈辱的な攻撃によって女将のパワーは減少し、「フェス好きの若者」の必殺技であるDボタンのアレンジ、Aボタン+Dボタン同時押しの『あんたの旅館人気だったの昭和の終わりまでだったな』と嫌味を言われ、無残に倒されてしまった。
 
 わたしはキーボードのボタンを押す指が疲弊して動かなくなると、懐かしい漫画を一巻から読み耽り、指が回復するとまたゲームに戻った。身体は疲れているのに心が満たされていく。いとこのお兄さんと遊んでいた、あの頃とおなじような不思議な感覚だった。この部屋はお兄さんそのものだった。

 何時間も掛けて、ほとんどのキャラクターを自分で使ったり、あるいは対戦することでその特性に触れた。それぞれがどのような個性を持っているのかも、おおよそ理解できた。ほかに使っていないキャラクターがないか順番に一つずつ確認していく。
 「あっ」と、おもわず声をだしてしまった。
 なぜ、いままで見逃していたのだろう。わたしは、眼鏡を掛けた平凡な中年男性のキャラクターに目を奪われた。そのキャラクターには「つかさ」という名前がつけられていた。
 それは、いとこのお兄さんの名前だった。お兄さんは自分のキャラクターを作成していたのだ。ほかのキャラクターの技はA、B、C、Dと四種類なのに対して、「つかさ」はA〜Yまで二十五もの技を持っていた。
 
 ●つかさ
 Aボタン 「マンガの最終回バラシ」
 Bボタン 「高橋名人にファンレターを書く」
 Cボタン 「『5巻くらいから面白くなるから、今は耐えて』と声を掛 ける」
 Dボタン 「音を小さくして『酔拳』を従兄弟と観る」
 
 すべての技が懐かしい。すべてが必殺技だった。
 
 Eボタン 「『この眼鏡掛けてみろよ、目が大きくなるぞ』と言って笑う」
 Fボタン 「塾をサボっていたことが親にばれて叱られる」
 Gボタン 「空手の型の部で上位入賞」
 Hボタン 「受験失敗」
 
 お兄さんは、なんて自分の歴史に忠実なのだろう。わたしは、「つかさ」
を使用して次々と強敵を倒していった。
 
 Iボタン 「初めての失恋」
 Jボタン 「水木しげる先生にファンレターを書く」
 Kボタン 「意味もなく寝袋で眠ってみる」
 Lボタン 「家庭用プラネタリウム」
 
 Lボタンを押すと、パソコンのモニターだけではなく、実際に部屋の天井に綺麗な星が浮かびあがった。「すごいだろ?」という、お兄さんの声が耳元で聞こえたような気がした。対戦相手の「詩人」は家庭用プラネタリウムの簡易的なロマンチシズムにやられてしまったようだった。プレーしているわたし自身も懐かしくて死にそうになった。
 Mボタン 「バイト代でエレキギターを買う」
 Nボタン 「ドストエフスキーに耽 溺する」
 Oボタン 「プロポーズ失敗」
 Pボタン 「突然の訪問」
 
 Pボタンの「突然の訪問」とは、どんな攻撃だろう? まさか、お兄さんが帰ってくるのではないかと緊張しながらPボタンを押すと、ドアをノックする音が聞こえる。ゲームをそのままにして、玄関のドアをあけると、そこに一人の男が立っていた。だが、その人物はどう見てもお兄さんではなかった。
 「どちら様ですか?」
 「昔、つかささんに助けてもらった間接照明です」と男は言った。
 「はい?」
 「バザーで売れ残っているところを買っていただいて」
 「ああ、お兄さんに」
 「そうです。何度目かの引越しの時に後輩さんに譲られました。つかささんとお別れするのは寂しかったのですが、まだ現役でやってます。だから恩返しがしたくて今夜まいりました」
 「そうでしたか、申し上げにくいのですが、実はお兄さんは行方不明でして」
 「そうですか、でも折角なので少しだけ照らしてもいいですか?」
 「ああ、お兄さんのいない部屋でよろしければ」
 間接照明と名乗る男は部屋にあがると、「雰囲気は変わりませんね、懐かしいなぁ」などと言いながら、部屋を眺めていたが、「では」とつぶやいたかと思うと、実際に間接照明に姿を変えて、部屋を優しく照らした。その灯りは部屋に常設されていた照明と交わって、わたしの隣に人型のシルエットを浮かびあがらせた。それは、お兄さんのシルエットのように見えた。いつのまにか懐かしさに包まれながら、わたしは眠ってしまっていた。
 目覚めたとき、どれくらい時間が経っているのかわからなかった。ここまでは漠然とプレーしていたが、お兄さんが作ったゲームをクリアするのが自分の使命だとおもった。
 
 Qボタン 「面接失敗」
 Rボタン 「バンド解散」
 Sボタン 「実家を離れる」
 Tボタン 「目的を見失う」
 Uボタン 「公園で少年サッカーをジッと見る」
 
 Uボタンは最強だった。
 公園で少年サッカーを優しく見守る中年男性に攻撃を仕掛けられる残酷な敵はいなかった。平和的なお兄さんらしい構成だった。つかさは次々と強敵を倒していった。
 
 Vボタン 「植物に水をやる」
 Wボタン 「自分を見つめる」
 Xボタン 「自分を見失う」
 Yボタン 「気づく」
 
 Yボタンを押すと、モニターのなかのお兄さんが「そっかぁ」と声をあげる。相手は自分の弱点がばれたのかと不安になり実力を発揮できない。このゲームの最強の敵におもえた、「自暴自棄に陥った副担任」、「全盛期のペレ」、「店長不在の飲食店バイトリーダー」さえも倒した。モニターに最後のボスが表示される。不協和音が鳴り響く暗闇の山道だった。すべての攻撃が闇に飲み込まれて通用しなかった。
その時、試しにZボタンを押してみた。攻撃はYボタンまでしかないはずだから、無駄な行為だとはわかっていた。
 しかし、Zボタンを押すとモニターが一瞬強い光を放ち、「帰省!」という文字が大きく映し出された。そしてモニターの暗闇のなかに、この部屋のドアが映しだされた。ドアがあくと同時に連動して部屋のドアがあいた。そこには少年時代の面影を残した、お兄さんが立っていた。
 お兄さんは笑顔で「めっちゃ、おもしろい遊び思いついた」とわたしに言った。

又吉直樹

又吉直樹 ( またよし・なおき )

1980年大阪府寝屋川市生まれ。吉本興業所属の芸人。お笑いコンビ「ピース」として活動中。
2015年に本格的な小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。同作は累計発行部数300万部以上のベストセラー。
2017年には初の恋愛小説となる『劇場』を発表。
最新刊に、初めての新聞連載作『人間』がある。
他の著書に『東京百景』『第2図書係補佐』などがある。

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