健康2019.08.02

【実録】自堕落30代男、ファスティングで「すべての欲」を失った1週間

32歳になった。かつて経済記者として昼も夜もなく戦ってきた20代、体の調子など振り返ることもなかった。社会人10年目、今まさにツケを払わされている。年に1度やってきて、ウシジマくんより無慈悲にツケを取り立てる。そう。「健康診断」である。

内臓脂肪の値に血液検査の結果など「目に見えぬもの」もさることながら、日々悩むのは外見の変化だ。どうやっても太るのである。思春期に肉体が大人の男に近づいたのとは逆に、日々丸みを帯びていく。ムダ毛がなければ赤ちゃんに戻っているのか、と錯覚するほどだ。

その上、毎日カラダが重く、1年のうち半分以上、「なんかダルい」とこぼして過ごしている。確実に、かつての体力もなくなりつつある。そう言えば20代の頃、「30代になれば徹夜が辛くなるぞ。酒も飲めなくなるぞ」という先輩たちの言葉を鼻で笑っていた。その結果、遅くまで仕事をして、深酒などしようものなら、所構わず寝る体たらくだ。どこでも寝れる、というのは大事な才能だが、沖縄民謡が爆音で流れる居酒屋で寝ることができるのも、やはり赤ちゃんに近づいている証拠なのかもしれない。結果、まるで答え合わせをするかのように、先輩たちの言葉の通りになっている。

そんな先輩たちは30代に差し掛かった僕にこう語りかける。「40代の一番の投資は健康だよ」。グサグサ突き刺さる。きっと「正解」なんだろう。今は鼻で笑ってるけど、近い将来、健康診断の結果にオロオロし、ひたひたと忍び寄る老眼と白髪に悩み、老いていく。ありがたい先人たちの言葉は当事者になってようやく沁みる。そしていつも後悔するのだ。

ならば今やってみよう。すべてを“リセット”できると周囲のスタートアップCEOたちがこぞって実践するファスティングを。家庭や職場の人間関係、住宅ローンに生命保険、そう簡単にリセットできぬものばかりを抱え始めた30代。ベテランというには若すぎる、若手と言うには老けすぎている。おじさんでも子どもでもない「こじさん」にとって、“リセット”は甘美な誘いだ。

無論、リスクもついて回る。今回はインストラクターの指導の下、安全なファスティングに挑んだ。

1本9500円の酵素ドリンクだけで4日間完全断食

「ファスティング=断食」と思われがちだが、厳密には違う。酵素ドリンクを水で割りながら飲む。酵素ドリンクはフルーツジュースみたいな味で、糖質が入っているから、食べ物を摂取しなくてもフラついたりすることはない。どうしてもフラつく場合は梅干し1個やりんごの欠片を食べることは許されている。

ただ、メインとなる酵素ドリンクがなかなか高い。500mlで9500円。高級ワインボトル以上のお値段だ。これを4日かけて2本飲むから合計2万円。だが逆に4日間、3食すべてこれで済むと思えば「1食あたり約1600円」。うん、やっぱりちょっと高い。

ファスティングはいきなり始まるわけではない。初日は準備の日で、少量の白米に漬物、お味噌汁と豆腐で終わりだ。普段ならレモンサワーに唐揚げでよろしくやってるはずの金曜日の夜、独りリビングで粗食と向き合うのはなんとも落ち着かない。

ファスティング経験者が「しんどい」と口をそろえるのが、2日目。つまり、最初の何も食べない日だ。

朝起きて、漫然と過ごしていると、強烈な空腹が襲ってくる。朝食も昼食も抜く日はたまにあるが、これから4日間何も食べられない、と思うと普段より一層腹が減る気がする。なんとなくテレビを付けるとグルメ番組の多さに驚かされる。芸能人のイチ押しイタリアンやインスタ映えする韓国料理…。次から次へとメシが映し出される。腹が鳴る。家にいても仕方ない。

だが、外で時間を潰そうにも、町には食の看板だらけだ。黄色の「餃子の王将」の看板は燦然と輝いているし、「ロイヤルホスト」の控えめに光る赤に吸い寄せられそうになる。食の看板は暖色系が多いのだ。暖色から目を背けた途端飛び込んでくる「ゆで太郎」の青も眩しい。排気口から漂う揚げ物の油の匂いが胃袋に突き刺さる。空腹から目を背けると、コーヒー・紅茶のカフェイン摂取欲が顔を出す。しかしファスティング中はカフェインもNG。どこに行っても食食食…。ほうほうの体で家に帰って酵素ドリンク水割りを飲む。初日、体重は1kg落ちていた。体組成計に乗ることが唯一の楽しみだ。

口に「マグマソルト」を入れてしのぐ

そんな調子で3日目も過ごす。相も変わらず腹が減っている。梅干しやりんごの欠片を食べた途端、一気に我慢が決壊しそうで「固形物食べたい」という欲望を気合いでねじ伏せる。僕が唯一摂取する固形物はヒマラヤ山脈で生まれたと触れ込みの「マグマソルト」のみ。ファスティング中は低ナトリウム状態になり、頭痛が起きることがある。それを防ぐために塩分を摂取するのは許されている。飲食店の看板を恨めしそうに見つめながら赤茶色の塩を手に乗せてペロペロと舐めている絵面は「アウト」だ。これで職務質問しなければ警察の職務怠慢だろう。

異変が起きたのが4日目だった。会社の同僚にも「顔がスッキリした」と言われるようになった。さらに、性欲が急激に減退しているのを感じる。なんというか「興味ない」のだ。それに感情の波がほとんどなくなった。元来、感情の波が激しく、どちらかというと喧嘩っ早い人間だったはずなのに、仕事でもプライベートでもほとんど言い争うことがなくなった。それどころか仕事のトラブルの後には「先ほどは感情的になってしまって、すみません。許してほしい」とペッコリ45度、頭を下げるようになったのは我ながら驚いた。

ファスティング最終日、ついに飢餓感がまったくなくなった。それどころか気持ちがいい。インストラクターいわく、脳内にアルファ波が出ているらしく、穏やかな気持ちで静かに仕事と向き合える。まるでロボットになったかのように仕事が捗る。ランチタイムにジョナサンの前を通る。スーツ姿の男たちが黙々と飯を口に運んでいる。そんな姿を見て「仕事しているみたいだな」と思う。1日3食の時間がぽっかり空くと1日が本当に長く感じる。そして退屈だ。食事がいかに日常生活で多くの割合を占め、豊かな時間だったかを痛感させられた。

唯一の楽しみ体重測定の結果…

すべてを終え、体組成計に乗る。体重は5kg落ちていた。内臓脂肪の値も大きく減少した。顎のラインがスッキリし、ベルトの上に乗っていた“浮き輪”のような脂肪はエネルギータンクとしての役割を終え、文字通り燃え尽きてなくなった。

食欲も、性欲も、感情の波も無くなった――。5日間のファスティングを通して目の当たりにしたのは「欲のスイッチ」がオフに切り替わっていく様子だ。勝手な推測だが、エネルギーがなくなり、体が緩やかに死に向かっていく中で、様々な機能をオフにしているのかもしれない。ならば、ファスティングは日常生活で最も身近な臨死体験と言ってもいいだろう。大げさに言えば、修行僧が解脱と呼んだ境地の入り口を垣間見たのかもしれない。

あれほど重く、ダルかった体もスッキリし、僕はここ1年で一番スッキリと目覚められるようになった。そして断食を終え、初めて食べたお粥の味だけは忘れないだろう。

貴重な断食経験から1週間、「ファスティングは最も身近な臨死体験」と勢いそのままにこの原稿を仕上げた。もちろんデスクの上にはコーラとチキンナゲットが並んでいる。

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WRITTEN BY

武田鼎

(たけだ・かなえ)経済記者だったはずが、気づけば”なんでも屋”の編集者に。好きなものはアメコミとコーギー犬。

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